第44話 枯渇

 目を覚ましたら、セプトの寝室であった。重い体を起こすと、ベッドのヘリにもたれかかって眠っているセプトがいる。ぎゅっと握られた手と、なぜここで眠っていたのか思い出す。



「私、魔力が枯渇したんだ。それで倒れて……」



 今に至るわけだ。

 心配をかけたのだろう。セプトがここで眠っているということは。

 ゴソゴソと動く気配を感じたのか、寝室にそっとニーアが顔を出す。

 私がベッドで座っているのを確認して駆け寄ってきた。



「ビアンカ様っ!よかった……心配したんですよ!目が覚められて本当によかったです!」

「ごめんね、急に倒れたみたいだね?」

「はい、もう何事かと大騒ぎになって……どこも何もないですか?セプト殿下が受け止めてくれましたが……侍医が言うには疲労困憊だというだけで、眠れば目を覚ますとだけ言ってましたが」

「えぇ、もう大丈夫。魔力の枯渇が原因だと思うから」



 ニーアとコソコソ話していたら、話声でセプトが起きたようだった。

 それを確認して、お茶を入れて参りますねとニコリと微笑み、寝室から出て行った。

 1番心配してくれていたであろうセプトに、ニーアは気を遣ったかたちだ。



「……起きたのか?」

「えぇ、起きました」

「よかった……急に倒れて……驚いた」

「ごめんなさい」

「いや、いいんだ。ビアンカが悪いわけではないだろ?それに、俺がいたところで倒れたのだから……」

「ありがとう、セプト。ねぇ、隣に来て」



 そういうと、眠そうな目を擦りながら隣に座ってくれた。

 疲れた顔をしていたセプトを抱きしめる。



「な、何?」

「ん?ずっとついていてくれたのかなって思って、感謝の気持ち」

「感謝のね……今日の政務は、全部すっ飛んだぞ?」

「そうだったの?ごめんね……」



 疲れたとベッドに転がる。抱きついていた私も自然とセプトの横に転がった。

 ゴロゴロとしていると、セプトが口を開く。倒れた原因を知りたいと。



「さっき、ニーアから聞きましたが、侍医がいうに疲労困憊だったそうですね?」

「あぁ、そんなことを言っていたな。その真相は?」

「まさに、疲労困憊です」

「えっ?」

「魔力が枯渇してしまって……体にある魔力を全部持っていってしまったようですね」

「全部って、大丈夫なのか?それに、何故、そうなった?」



 訝しむセプト。私もよくわからなかった。ただ、聖女の宝飾品を触ろうと手を伸ばしただけだったのだから。



「宝物庫に行って、ビアンカの魔力を枯渇させるとは……一体、どういうことだ?」

「推測ですけど……宝物庫の中で、かなりの数の宝物が一斉に光ったのです。それらに私の魔力が吸われて、枯渇したのかと……」

「じゃあ、このブレスレットも効果なし?」

「いえ、それにはあります。今日より前に魔力を注いで、そのエメラルドにすでに貯めてありますから。守護の役割のあるブレスレットが弱まっていたら、それこそ、セプトの守りにならない」

「そうだな。それで、ビアンカは、何をした?」

「聖女の首飾りを触ろうとしたら、エメラルド同士が共鳴したようで……」

「なるほど、それで、これも光ったのか」

「あと、以前の聖女様は、身に着けていた宝飾品にも魔力を込めていたようですね?」

「魔力を?」

「えぇ。迂闊に触ろうとした私がいけなかったんですが、宝飾品に込められた魔力も、長い年月の間に魔法の供給がなかったので底をついていたようですね?」

「共鳴したのは?」

「お腹をすかせた宝飾品たちが、私の魔力に反応した……ってことですか?」

「どのみち、そんな危ないものをビアンカに……」

「いえ、多少は魔力を吸収したので、もう、触っても急に魔力を大量に吸われるようなことはなく、大丈夫だと思います。儀式までに時間があるので、毎日魔力を込めていけば、なんの問題もありません」

「毎日?ビアンカは倒れたり……」

「しませんよ!同じ部屋で供給するから共鳴するのです。違う部屋に宝飾品を一つずつ移して、魔力供給すれば、なんの問題もないかと。宝物庫の前にはもう一部屋ありますから、そこに運んでって感じですかねぇ?」

「なるほど、それなら……なんでもいいが、倒れる程の供給は……」

「わかってます!今回は不意打ちでしたけど、今度はねじ伏せて……」

「ビアンカ?宝飾品だから、大事にな?」

「はい、当たり前じゃないですか?」



 ニコニコと笑うとため息が聞こえた。なんでもいいと呟いたかと思ったら、引き寄せられる。



「無理だけはするなよ?」



 温かい腕の中で、コクンと頷く。心配させてしまったのを申し訳なく思った。



「さて、ニーアが扉の前で待っていてくれるんじゃないか?」

「えぇ、お茶をいれてくれると」

「なら、行こう。待たせてばかりでは、可哀想だ。カインも待っていてくれるだろし」



 ベッドから起きあがり、寝室から出て行くと、心配をかけたのがわかる。

 カインとニーアの視線が優しい。そして、何故か、ミントまで来ていてソワソワと部屋を歩き回っていた。



「ミント?」

「はい、なんでしょう?ビアンカ様」

「そんなに歩き回って、大丈夫?落ち着いたら?」

「えぇ、えぇ、大丈夫ですよ!私は、落ち着いています!それより、鳥籠の魔法が消えたので、驚いて飛んで来ただけですから!」

「素直に心配してきたといえばいいものを」

「殿下っ!」

「はいはい、なんだね?ミントくん」



 からかうセプトに抗議をするミント。さっきまで静かだった部屋が一気に騒がしくなった。



「結局、なんだったんです?」

「魔法を使いすぎて枯渇しただけですよ。みなさんには、ご心配かけました」

「えっ?そんなことって、あるんですか?」

「あるわよ?ゴッソリもっていかれちゃった……」



 パチンと鳴らすと、消えかけの光だけがフワッと浮いて一瞬で消えた。



「どれくらいで戻るんだ?」

「うーん、明日には半分くらい戻るかな?」

「今晩は、ここに泊まって行くように!」

「大丈夫ですよ!鳥籠くらいなら守れるから」

「ダメだ。何があるかわからないから、絶対ダメだ!」



 わかったわとセプトに答えると、ニーアが準備しますと出ていく。

 ちょっと、宝飾品を見に来ただけなのに、大事になってしまったな……と、ため息をついた。

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