第28話 懐かしい夢

「ビアンカ、今日の儀式は、緊張するな!」

「えぇ、殿下。私、どんなことがあっても、殿下の婚約者になってみせますわ!」

「ハハハ!可愛いビアンカがこれから先、ずっと一緒にいてくれるなんて、夢のようだ」

「もぅ、殿下ったら!」



 腕を軽く叩く私。その手は、いつも見ている手より小さかった。


 これ、幼いときの夢ね?


 私が子どもの頃、王太子の婚約者になるために儀式に臨む前の夢を見ていた。

 顔は思い出せない『殿下』に胸ときめかせ、手を繋いで儀式が行われる部屋へと向かう。

 大きな扉の前に小さな私たち。


 扉を二人でくぐれば、扉は閉まってしまい真っ暗だった。



「殿下、怖いです!」

「僕がついているから、大丈夫だよ?そうだ、ビアンカ。光の魔法を出しておくれ。真っ暗では歩きづらいから」

「わかりましたわ!」



 指をパチンと鳴らすと、ぽぉーっと白い粒が浮かぶ。その粒から光が反射して、あたりを照らした。



「これなら、怖くないだろ?」

「はい、殿下!」

「しっかり、手を握るんだ!」



 そういって、殿下の手を取った。夢をよくよく見ると、怖かったのは私ではなく、殿下の方だったことがわかる。王太子が引きつった顔をしているのは、当時の私は恋に恋する女の子であったためか、気が付かなかったなと苦笑いした。


 そういえば、全属性の魔法を使える人物は世界広しと多くはなかった。確か、私と兄、それと当時の王妃だけだったと記憶している。

 そして、無詠唱で魔法を使えたのは、他の誰でもない私だけであった。魔力量も豊富な天才と言われた兄ですら、無詠唱で魔法を操ろうとすると不安定であったり、消えてしまったりとろくなものができたことがない。なので、無詠唱は基本的に使わなかった。

 兄に比べ、私は、魔力量が極端に少なかった。何かをするときは、人から魔力を借りることもあった。借りる魔力は、無限に引き出すことができ、魔力量が豊富な兄との実験で立証済みだ。

 兄は魔力量も無尽蔵であったため、すっからかんになるまで拝借したことはなかったなと思い出す。



「ビアンカは、怖くはないか?」

「えぇ、殿下。殿下がこうして手を繋いでくださっていれば、大丈夫です!」



 無邪気に笑う小さな私。この10年後にその繋いだ手の人物から公開死刑を言い渡されるとは露知らず、暢気なものだ。



 突き当りの扉につき、パチンと指を鳴らして魔法をしまう。

 行こうかと扉を開けると、そこには両陛下と侍医、他にも20人くらいの貴族たちが、私たちを見下ろしていた。


 着ていたワンピースを脱ぐよう指示をされ、真ん中にある水槽に入るように言われた。

 ちゃぽんと浸かると、冷たい。


 当時、魔法を使ってもいいとは知らず、氷水のように冷えた聖水の中に入ったことを思い出した。



「ビアンカ!」

「……」

「王子はこちらに」



 促されて、席につく王太子。

 私は、水槽の中でスッと身動きを取らずにいた。息が続く限り。

 すると、うなじが急激に熱くなり、驚いて体に取り込んでいた酸素を全部吐き出してしまった。


 く……苦しい……助けて、殿下。


 必死で腕を伸ばしたが、助けてくれそうにない。

 私は藻掻けるだけ藻掻き続け、もうダメだと思ったとき、走ってきてくれた殿下。


 助かる……?


 そう思ったが、子どもの王太子では、梯子のかかっていない水槽の入り口には届かない。

 最後に手を伸ばして水槽に手をつけたとき、王太子も微笑みながら私の手に合わせてくれた。

 その瞬間、がしゃん!と水槽が崩れ落ち、聖水が流れ出し、ごふぉっごふぉっと咳き込む。



「大丈夫か?ビアンカ!」



 背中を優しく撫でてくれた殿下に感謝をした。



「ビアンカ・レートよ!そなたを王子の婚約者と認めよう。服を着て、今日は帰りなさい」



 その場で両陛下にお辞儀をしてから着てきた服に袖を通す。

 さっきの聖水で水を含む服に嫌悪を感じたが、両陛下やたくさんの貴族の前では、微笑みを絶やさなかった。



「んん……」



 目が覚めた。ぼんやり覚えているのは、前回の儀式でのこと。懐かしい夢を見て、私は嬉しいどころか、憂鬱になる。



「まだ、夜なのね……眠れそうにないわ」



 ボソッと呟き、窓際へと向かう。

 いつものお気に入りのところに腰掛け、外を眺めた。満月の夜で、とても明るい。

 鳥籠から見える月は、大きくとても綺麗だった。



「あんな夢を見るだなんて……あのときは、とにかく殿下の婚約者になることに必死過ぎて、殆ど覚えていなかったわね……見るからに、怖がりは私じゃなくて殿下の方だったのか……」



 私はクスっと笑った。

 今の殿下……セプトは、もっとはっきりしている。王子ということで、顔に出さないようにしていることもあるようだが、この部屋でだけは、気も緩むようで穏やかな時間を過ごせているようだった。



「私、セプトにとって、癒しに……いやいや、癒しって……どっからどう見ても、騒がしいわよ?っていうか、私もセプトといると、自分を偽ってないんだ……言葉遣いにしても、何にしても……実は、私の方が、セプトに心許し……てないない。ないわ!ありえない!

 隣に立つって決めたのは……今後のことを考えてってことよ!生活も含め……本当なら、逃げ出したいのだから!妃という席には、ものすごく大きな責任と義務があるのよ……はぁ、今すぐ私をここから連れ去ってくれないかしら……誰か……」



 呟いたものの、そんなことができるはずもない。

 だって、ここには、魔法が存在しない、ここに囲われていることもごく少数しか知らないのだから。



 ふぅ……とため息をつく。

 明日の儀式を思うと、少しだけ不安でもあった。2回目だということで、いろいろ知っていることもある。



「そうだ!鏡……」



 夢の中でのこと。うなじが急に熱くなったことを思いだした。

 そこに、あるものがあったから……私は鏡に向かって髪の毛を寄せ、チラッと見る。

 あるはずのものが無くなっていた。


 それは、ある意味呪縛のようなものだった。無くなっていることに、少し安堵したが、首を切られたことで、消えたのだろうか?と思うとぞっとした。

 両腕を抱くようにさすると、急に体も冷えたように感じる。



「明日の儀式は、大丈夫。だって、セプトがいるんだから……」



 その言葉を呟き、思わず笑ってしまう。セプトへの信頼がすごいなと。



 願わくば、2度目となる儀式がつつがなく終わってくれ、私の人生も細く長く平和に過ごせることを祈るばかりだ。


 満月の光を浴びた薬草たちを一撫でして、布団に潜り込む。

 キラキラと輝いている窓辺を見ているうちに、再度眠りについたようだった。

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