第17話 届けられた種子

「これが傷薬?」

「そう、こっちが栄養剤みたいなものね。こっちはセプトにあげるわ! 毒とか気になるなら、先に口をつけるけど、いいかしら?」



 あぁと言うセプトの前で、黄色の液体が入った瓶の蓋を取り、一口飲んだ。最近、読書のしすぎで少々頭が痛かったので、治るかしら? とちょっと期待する。



「はい、なんともないから、どうぞ!」



 そういって、残りの液体を渡す。怪訝そうではあったが、疲れた顔をしているセプトにはちょうどいいのではないだろうか。



「飲みやすいんだな。口当たりもいいし……なんだ? さっきまでの疲れが……なくなった?」

「そう、よかったわ! うまくできていたみたいね!」

「……うまくできて?」

「たまに失敗するのよね! 100回に1回くらい。それに、今回は、乾燥した薬草を使ったから……効果が薄いと思うの!」

「これで、効果が薄い? 嘘だろ?」

「嘘じゃないわよ! 私のお疲れ度は変わってないもの! 1本飲めば、回復するんでしょうけど……今は、手に入る薬草が少ないから……」



 私と空になった瓶とを見比べながら、ため息をついていた。



「それじゃあ、一度、魔獣との戦いで傷を負ったものにこの傷薬を飲ませて見せてもいいか? 魔獣に負わされた傷は、通常の傷薬では効果がないと聞く……直したいヤツがいるんだ」

「えぇ、構わないわ! セプトにあげたものだから、好きに使ってちょうだい」



 わかったといったところで、ワゴンを引いたニーアが入ってくる。



「ニーア、止まって!」

「えっ?」



 すると、ドアのところが赤く輝いている。私は、そちらに行き、ニーアを先に部屋に入れた。



「私が渡したものだけを食卓に並べてくれるかしら?」

「かしこまりました」



 私は、ドアを半分通り抜けられた朝食をニーアに渡し、外にあるものをこちら側に引き寄せる。

 赤く警告を示しているのは、スープのようだ。他の物は、全て通り抜けた。



「ビアンカ様?」

「うん、これに毒が入っているわね! 少量でセプトに気づかれないくらいなのかしら?」

「毒だって?」

「えぇ、ここの入り口は、害なすものを拒絶するのです。食べ物だとこのように赤く結界が灯れば、害なすものを含むということ。セプトは気づいていて?」

「いや、全然だな」

「一応、体調も含めて調べてもらったほうがいいわ! 私は、毒には詳しくないから……お兄様がいてくれたら、すぐに分かったのに。残念ね!」



 これ以上、部屋に入れると爆発させてしまうので、ニーアに薬草研究所まで持って行ってもらうことになった。

 赤くなる様子を見るのが初めてのセプトは驚いている。この鳥籠には、無用な詮索をしないために兵士は扉の前までしか入れないことになっている。今まで、このようなことが起こることがなく、驚くのも無理はない。

 人なら、問答無用に扉の前で跳ね返るのだ。



「どっちを狙ったものなんだろう?」

「私の朝食ではないから、セプトじゃないかしら? 朝から狙われるなんて、モテモテね!」



 茶化してやるとさすがに、不謹慎かと反省する。

 しかし、王子が何故狙われるのだろうか? 王になるための継承権はあるが、噂を聞く限り、セプトが優秀なようには聞こえなかった。能ある鷹は爪を隠すと言うが、そういうことなのだろうか? そうは、見えないなと見つめる。



「何? 見惚れた?」

「寝言は寝てからいうものよ! そろそろ、執務に行かなくていいの?」

「もう、そんな時間? せっかくのひとときが……」

「ほら、行った行った!」

「王子にたいして、その言い草」

「王子だと思えないから、仕方ないじゃない! 今度の儀式のときにでも確認するわ!」

「確認されても……今のままでいてくれ……じゃあ、行ってくる。これも、試させてもらうから!」



 傷薬を持って、部屋から出ていく。私は暢気に持ってきてもらった朝食を口にした。

 冷たくなっていても、王子の朝食は、美味しい。

 量もあるので、お昼にも回すようニーアに言うと、手配してくれそうである。



 それからは、いつものように、ニーアの教育と私の読書時間だ。

 お昼も食べ、のんびりしているとコンコンっとドアがノックされる。この鳥籠に入ることはできるが、悪意あるものは入れない。

 なので、今回は、声をかけてもらうことにしていた。



 どうぞとニーアが中に入るのを許すと、ぞろぞろと男性が5人も入ってくる。1人が研究者っぽく、少々神経質そうだ。あとの4人は荷物持ちについてきたという風である。



「初めまして、王子妃候補様。私、植物研究所の副所長のミントと申します。王子の申出によりで、貴重な種の受け渡しに参りました」



 明らかに小馬鹿にしているような視線が……ちょっと痛い。



「ありがとう。どんな種を譲っていただけるのかしら?」

「一般的な傷薬に使われるものや先日ご所望だった薬草を少々、あとは、女性ですので季節の花をお持ちしました」



 視線は、令嬢に育てられるわけがないだろう? とあざ笑うような挑戦的な目のミントに微笑みかける。



「あら、気が利くのね! 今朝、セプトの食事に毒が混入していたのよ……できれば、解毒剤の薬になるものも入れて欲しいのだけど、後で譲ってくださるかしら?」

「毒ですと?」

「えぇ、植物研究所へ持って行ってくれたのだど、朝は忙しかったのかしら?」

「朝ですか? 王子は陛下の執務の補佐がありますから……」

「よくご存じね? でも、届けたのは侍女のニーアなんだけど?」

「……」



 だんまりを決められてしまい、会話が途切れる。悪意あるわけではなく、こういう人物なのだと私はミントのことを評価した。どれくらい、詳しいのかしら……私より、副所長というだけあって、断然詳しいのだろうけど……とその神経質そうな顔を見つめた。

 鉢植えを指定したところへ置くようニーアが指示を出していた。



「そういえば、土は必要ないと言われたのですが、植物は土があってこそです!」

「そうね! 土は、なんとかするわ! あと、出来れば、トマトなんかの種をいただけると嬉しいわ!」

「ご用意します。それは、置いといて、土をですね?」

「設置が終わったみたいだから、行きましょう! ミントも気になっているのでしょ?」



 私は、設置が終わった鉢植えの前まで行くと、「可愛い鉢植えね!」と運んでくれた人たちに声をかける。

 そして、植木鉢の前までいき、目を塞ぎ集中する。

 久しぶりに使うので、うまくできるだろうか? イメージするのは、腐葉土だ。


 集中が終わり、目をカッと見開いたとき、パチンと指を鳴らす。すると、それぞれの鉢にちょうどいい量の腐葉土が収まる。

 それを間近で見ていたミントと4人の男性たちは口をあんぐり開けて驚いていた。



「ニーア、種をもらったけど、どうする? 前の段に花にしようか?」

「逆の方がいい気がします!」

「わかったわ! じゃあ、そうしましょう! 日当たりは、いいから……どちらでも大丈夫だし」



 そういって、種を蒔き始める。それをぽかんとして見ていたミントが、我を取り返したようで、上ずった声をあげている。



「王子妃候補様、これは……一体?」

「一体って? あぁ、魔法が使えるのよ! たいしたことはできないけど……」

「……魔法ですと? 素晴らしい! これは、腐葉土ですね! なんと、ふかふかなんだ! 種たちもこんなベッドで寝させてもらえるとは思ってもいなかったでしょう!」



 さっきまでの胡乱な視線はどこへやら……キラキラした眼差しを急に向けられると困る。若干、後ろに引きながら、私は、用事は済んだはずよね?とミントを追い出しにかかった。



「そうそう、一般的な傷薬の効能ってどんなものなの?」

「一般的なですか?」



 植物研究所では、傷薬を始めいろいろな薬を作っているところでもあるので、ミントに聞いてみた。



「そうですね、傷の具合にも寄りますが……例えば、指を切ったとかであれば、2日もあれば直ります」

「そんなものなのね! ありがとう!」



「いえ、また来ます」と、出ていくミントの言葉を聞かず、傷薬の効能のことをを考えていた。


 切っても、治るんだ……実は、今のほうが効能が凄いのかしら?


 ニーアに効能の話をして、今の技術ってすごいのね! 私なんて、足元にも及ばないわ! というと、とんでもない! と驚かれてしまった。

 私が勘違いしていたのだが、切るというのは、かすり傷程度のことを想定しているらしく、2日くらいだとミントが答えたのだろうとニーアは言う。

 私のイメージ通りだと、切り落としたってことだと指摘され気付いた。



「ちなみに、切り落とされたものは、2度と元には戻りませんから!」



 ニーアに言われ、驚いたところにバーンと大きな音をたてて扉が開いた。

 立っているのは、セプト。今朝渡した瓶の空を持って、わなわなと震えていたのである。

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