第16話 朝食交換
鳥籠での生活もそろそろ3ヶ月になった。
朝晩とまめに通ってくるセプトや専属侍女に格上げされたニーアのおかげで、退屈だった日々が彩られる。
専属になったとはいえ、まだまだ知らないことが多すぎるニーアの侍女としての勉強は続き、午前中は王宮での振る舞いについて教えることになった。
平民から、囚われの婚約者の侍女に格上げとなったのだから、周りからの嫉妬もあるだろう。
鳥籠をでれば辛いことも多いはずだが、ニーアは、私に一切の愚痴をこぼさなかった。誰から見ても嫉妬や執拗ないじめに負けないと自負できる何かをと思い、ニーアには、これからも勉強を続けることを勧めた。
立居振る舞いだけでも、他の侍女たちと違い綺麗な所作を身に着ければ、一目置かれることになる。
礼儀作法が厳しい世界ではあるので、小さなことから積み上げていけば、ニーアの自信にもつながるだろう。
何より堂々としている人に非難はしにくい。
侍女として仕えるにあたり、王宮での過ごし方そのものを考えながら、ニーアの常識を平民から貴族の常識への変換していった。
「ビアンカ様、本日は王室薬草研究所から所望の種や苗、鉢が届けられるようです。どこに設えますか?」
部屋をぐるっと見渡す。ニーアが侍女になったら、好きなように家具を置いても構わないと言ったので、殺風景だったこの部屋にも家具が増えた。華美でなく木目の美しい調度品ばかりなのは、ニーアが私の好みを反映しているからだろう。
見るからに高そうなものもあるが、木目やニスの優しさや光沢が部屋を飾っている。
「そうね、そのあたりはどうかしら?」
「ビアンカ様がいつも座ってらっしゃる出窓の下ですか?」
「えぇ、そこなら、日も当たるし最適なんじゃないかしら?」
この鳥籠には、八方に出窓が作られている。
南側にある真ん中の大きな出窓に座り本を読むのが好きだった。日当たりもよくぽかぽかするので、微睡むにもちょうどいい。
「かしこまりました。届きましたらそちらに設置するようにします。その、土のことなのですが……」
「土ね? 土なら自分で用意できるから要らないって言っておいて!」
「では、そのように薬草研究所へは伝えておきます」
ニーアに頷き、朝食へと手を伸ばそうとした。騒がしい人が入ってくる。
「殿下、おはようございます」
「あぁ、おはよう」
「おはよう!セプト」
「おはよう」
挨拶をしながら向かう先は、私と対面の席であった。もう、自分の部屋の如く、当たり前に座るセプト。
「ニーア、俺にも朝食くれる?」
「はい、ご用意いたしますが……」
「あぁ、そっか。悪かった! 先に言っておかないと朝食って俺の部屋に用意されてるんだっけ?」
「……はい」
そう言って申し訳無さそうにしているニーアに提案することにした。
幸い目の前の朝食は、まだ、手をつけていない。なら、それをセプトに食べてもらい、本来、セプトが食べるものを私が食べればいいだろう。
「いいのか?」
「えぇ、大丈夫。ニーア、そのように手配を」
「あの、冷めて……」
「冷めててもいいわ。美味しいものには変わりないし、もったいないじゃない! 王子が食べないと捨てられてしまうんだから」
私は立ち上がり、セプトの隣に行き、逆にセプトを立たせ私が座っていたところへ座らせる。
普通なら、セプトの前に料理を並べ変えさせるのだが、そんな無駄な手間は必要ないだろう。
「なんでもいいけど、その合理的な考えはなんとかならないのか?」
「無駄なことに時間をかけるほうがもったいないわ! 王子も暇じゃないんだし」
「そうだけど……その……」
「いいじゃない? それより、料理が冷めてしまうから、早く食べてちょうだい。ニーアは、悪いんだけど、セプトの朝食の手配してくれる?」
鳥籠からニーアは出ていき、セプトと二人になる。
モゴモゴと朝食をとっている前で、私はニーアが入れてくれたお茶を楽しむ。最初に比べると格段に腕の上がったニーアのお茶は香りもよく美味しかった。
「そういえば、儀式のことなんだけど?」
「まだ、諦めてないの?」
「あぁ、まぁ、伝統だし……それに、妃になるわけだし……嫌かもしれないけど」
「そんな殊勝な言葉を言ってもらえるとは思ってなかったわ!」
私はセプトの言葉に驚いた。目覚めたとき、最悪だった私たちの関係は、セプトが歩み寄ってきてくるおかげで、友人まで昇格されている。
「それほど、驚くことでもないだろ?」
「そうかしら? それで、儀式のことなんだけど、受けることにするわ。そんな顔されたら、私が悪いみたいじゃない!」
俯き加減であったセプトは、いいのか? とこちらをみて微笑んだ。
よっぽど、嬉しかったのか初めてみたその表情にドキッとしてしまう。
「いいも何も嫌で突っぱねてばかりでもダメでしょ? 意識のないときに、散々晒されていたんだから、今更な気もしてきたし」
「儀式は、最低限の人数でする。両親と俺と侍医とビアンカの5人だ」
「わかったわ! それで、私の衣食住が整うなら仕方ないわね。逃げ出したくても、背に腹は代えられない……もの」
セプトは周りを見ながら、「十分揃っているんじゃ」と呟いたが、聞こえないふりをした。ここに揃っていても、私には他に帰る場所もない。
「そういえば、お昼からやっと種が届くの! どんな種類のものがくるのか、すっごく楽しみだわ!」
「だいぶ、遅くなったな。何を育ててもらうか、吟味してたんだ」
「そんなに? お花とか薬草とかでよかったのに。私は、素朴な花や薬草で十分よ?」
「そうか、研究所には今度からそう言っておく」
「そういえば、この国って魔物とか出るの?」
「なんでだ?」
「魔法が使えないって言ってたから……もし、討伐とかいくなら、大変だねって思って」
「あぁ、すごい大変だ。大変って言葉で片づけられない程、大変だ。年に数回、魔物が出ることがある。そのときには近衛が駆り出されて退治するんだけど、毎回何人もの優秀なものが死ぬ」
そう……と心痛な面持ちで話しているセプトの話を聞いていた。
「せめて、傷の回復が早くなる薬があればいいのだが、魔獣につけられた傷は、普通の薬では治らないんだ」
「……薬ね……時間あったら、挑戦してみようかな?」
ブツブツ言っているのが気になるのか、こちらにフォークを持ったまま視線を止めていた。
「作れるのか? 傷薬とか、解毒薬が」
「昔学校に行ってたとき、演習で薬を作っていたの。ニーアにお願いして、乾燥薬草で最近作ったものを常備してるわよ。それでよかったら、今も、あるけど……」
「見せてくれ!」
食い気味に言われ、乾燥薬草で作ったものを持ちに行く。普通は生のもので作る方が効力は高い。
「傷薬だとこれね。乾燥薬草で作ったから、たいした効果はないかもしれないわね」
薄い緑色をしたものを手渡すと見入っていた。液体なので、振ればちゃぽちゃぽと音がする。
私は、セプトの様子を見ながら、自身の朝食が来るのを待った。
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