追放されて自暴自棄になったのでカジノに通っていたら、仲良くなった常連が魔王だった〜スロカス魔王と組んで、追放した勇者をやっつけます〜

コータ

俺とスロカス魔王様

「クレイ。お前使えねーからもう追放するわ」


 早朝のことだった。ダンジョンに向かう前の宿屋で、今日もヒーヒー言いながら荷物持ち兼魔法攻撃役を担うことを覚悟していた矢先のこと。リーダーである勇者からの、突然の追放宣言。


「あ、そう。分かった」


 しかし、俺があっさりと承知して宿を去ろうとすると、勇者や聖女、騎士に盗賊といったメンバーが狼狽し始める。


「おい! いいのかお前、これから飯食っていくアテあるのかよ」

「すぐに引き下がるなんて信じられませんわ。見下げ果てた男」

「今からでも許しを乞うべきですぞ」

「盗賊より使えないって言われてるのに、プライドないんか」


 うるせえなと思いつつ、俺は無視してさっさと宿を出る。あいつらの魂胆は分かっていた。俺は魔術師であると同時に、魔具と呼ばれる特別な装備を作ることができる錬成師でもあった。


 でも、俺はただではやらなかった。だって、作る作業にめちゃくちゃ魔力が必要だし、よほど信頼のおける相手でなければ、強力すぎる武器や防具など与えたくなかったから。


 自らが胸を張って信用できる存在にしか魔具を作ってはならない。今は亡き親父の遺言でありただ一つのルール。俺はそのルールに従っているに過ぎない。


 あいつらはつまり、俺を追放すると脅して魔具を作らせようとしたのだろう。前々から何度も頼まれていたが、奴らは品行方正とはとても言えない連中だったので、怒らせないような理由を作っては断っていた。


 しかし、今回のことでようやく俺は解放されると安堵していた。だって今まで、魔法を使っての攻撃役からサポート、挙句には使いっ走りのようなことまでさせられていたんだ。


 毎日毎日、朝から晩までダンジョンという緊張感溢れる世界で、罵声を浴びせられながら戦い続ける。勇者のパーティ以外には、この町にはほとんど冒険者がいない。だからこそ、彼らから離れることが惜しかった。


 それもこれも生活のため、魔物に苦しむ人々のため、とかいろいろと使命感を持って頑張っていたが、もう限界だった。


 だから、勇者に追放宣言を受けて、むしろ体が軽くなるのを感じた。


 ああ、やっと自由になれる。冒険なんてまた少し休んでからすればいい。違う町に移り住んで、そこから活動を再開してもいい。そんな風に気楽に考えながら、俺はゆっくりと休みを満喫することにした。


 それから一週間後のこと。

 俺はしばらく休むことができたので、また働こうと思いはじめていた。やる仕事といったら冒険者が一番いい。既に引っ越しは終えていた。


 しかし、理解し難い現象に俺は見舞われることになる。前日は覚悟を持って眠りについたが、朝になって異変が起こった。


 なぜか俺は、ベッドから降りることができなくなっていた。信じ難いほど体に力が入らず、頭はぼーっとして、水を飲むのもトイレに行くのもしんどい状態になっていた。


 精神的に張り詰めている毎日から解放されて、ようやく楽になってきたはずだった。なのにどうして、こんな風になってしまうのか分からない。次の日も、その次の日も、ずっと体の不調に苦しんだまま、ほとんど身動きが取れない日々が続く。


 それから三日くらいして、ようやく俺は必死になって家から出ることに成功した。だが、やはり体に力が入らないし、頭がぼーっとしてしまうことも変わっていない。もしかしてこれは、あの勇者達との日々で酷使し過ぎてしまった反動なのだろうか。


 こんな状況じゃ、はっきり言って冒険なんかできっこない。現在では魔王が弱体化したと言われているが、凶悪な魔物達は今もって健在だ。もし今の俺が奴らと戦ったら瞬殺されるに決まってる。


 じゃあ別の仕事にするかという話に普通はなるのだが、俺は冒険者だけではなく、他の仕事もやるつもりがなくなっていた。いや、正確にはできなかった。こんな心身の状態で、新しい仕事をやっていける自信はない。でもなぜか家に帰ることも怖く感じた。


 そんな時だ。ふと通りかかったカジノの看板が目についたのは。


 以前聖女や盗賊が、よく大金を食い潰していたのを見た事がある。実は俺のほうがずっと腕には自信があったのだが、ハマってしまうのが怖くて手を出さないようにしていた。


 今は時間があるし、貯金も結構ある。ちょっとだけなら気晴らしに遊んでみるのもいいかな。煌びやかなネオンとバニーガールの看板を眺めつつ、とりあえず入り口の扉を開いた。


 ◇


 初めはただの気分転換のつもりだった。その気持ちに嘘はないけれど、多分もう誰も信じてくれない。


 俺は気がつけば毎日カジノに足を運ぶようになっていた。ルーレットやブラックジャック、競馬といった娯楽に溺れ、とにかく一通り遊び続けている。


 その中でもハマったのがスロットだった。他の遊びはどうしても運要素が強いのだが、スロットは高設定の台さえ掴めれば安定して勝てるからだ。


 スロットには設定と呼ばれる要素が存在しており、同じスロット台でも設定が変われば勝率はグッと変わる。設定は数字で六段階あり、一が最弱で六が最強となる。俺はいつも設定六を求めてホールを彷徨っていた。


 朝から晩までカジノに入り浸る毎日が一ヶ月以上も続き、もはや立派なダメ人間が完成していた。


 そのうち顔見知りの常連仲間ができた。店が開店する前は入り口の前に並んで待つのだが、その時におしゃべりをしたりする。雑談をしているうちはみんな穏やかな雰囲気だけど、営業時間が始まると一気に戦闘開始。誰もが物凄い勢いでホールに駆け込むのだ。


「うおおおおお! 設定六! 設定六! どこだぁ!」


 ドン引きしないでほしいが今のは俺の叫び声である。こうやって叫んでるのは他の常連も同じだということも付け足しておく。


 とにかく一ヶ月通い続け、大体高設定が配置される場所は予想できるようになっていた(と、言いつつ外れることも多いが)

 しかも新台が出るとなると、スロットコーナーの四天王とまで呼ばれるようになった俺には勝負の日である。


 なんだかんだで新台の高設定を射止めることに成功し、俺はちょっとばかり安心していた。

 そして夕方まで打ち込んでいた時のことだ。


 スロットコーナーに見慣れない老人がいることに気がついた。ぱっと見は黒いローブを浅めに被っていて、割れそうなほど傷んでいる杖を片手に歩いている。目が少年みたいに爛々としているのが印象的だった。


 もっと印象的なのは彼の打ち方だ。どうやら相当な初心者らしい。スロットは基本腰を据えて同じ台を撃ち続けないと、優秀な台であるかの判断がつかない。しかし爺さんは、一つの台を数ゲームプレイしては見限り、違う台に移動するという行為を繰り返していた。


 あーあ。店にしてみれば美味しい鴨なんだろうな、なんて最初は思っていたものだ。

 だけど、何日も同じことを繰り返している姿を見て、少し可哀想になってきた。だからある時、俺はその老人の肩を叩き、一つの提案をした。


「爺さん。俺の台多分一番いい奴だから、打ってみたら?」

「え!? よ、良いのか?」


 この日はほぼ間違いなく設定六を掴んでいた。普段なら閉店まで粘るところだが、たまにはこういう真似をしてもいいだろうと老人に台を譲る。彼は瞳を輝かせ、次から次へと降り注ぐ大当たりの波に夢中になっている。大抵スロットコーナーで遊ぶ人は虚ろな目をしているが、彼はまるで正反対だった。


 次の日、同じようにスロットコーナーにいた俺と同じように、あの爺さんもやってきた。昨日のお礼と言って、あり得ない額の金貨を渡そうとしてきたものだから、慌てて手を横に振る。爺さんが昨日いくら勝ったか知らないけど、これじゃ結局大損してるじゃないか。


 でも、どうやら爺さんは勝ち負けで生活が上下するほど貧乏ではないらしい。よく見れば黒いローブは俺が知る限り最上級の生地で作られているし、靴や首飾りだって相当に根が張ることは素人にも分かる。


 爺さんと俺はそれから毎日のようにスロットコーナーで会うようになった。どうやら何の知識もなく遊んでいるようなので、一通り必要なことを教えてあげると、彼はとにかく熱心に聞いてくれた。


 それから数日経って、俺が勝ったり爺さんが勝ったりしている日々が続く。でも、こちらはというと、そろそろ貯金が無くなりかけていた。やっぱり地道に働くのが一番かなと考え始めていた。


 で、閉店になった寒空の下、換金所から出てくる爺さんと一緒に途中まで帰ることにした。まあ、今回でお別れのつもりだったんだよ。


「今日なんて大当たり四五回じゃった! ワシ、初めて万枚を超えたんじゃよ。でも終わる時にはギリギリ九千枚に減っておってのう」

「凄いじゃん! 初めて二ヶ月もしないうちに九千枚かぁ。今度の新台は爆裂機らしいから、きっと上手くいけば二万はいくよ」

「おお、おおお! なんとなんと! 二万もいくとは信じられん。すまんが、また打ち方を教えてくれんかのう?」

「ああ、それなんだけどさ」


 俺は正直に事情を話した。もう貯金が底を尽きていること。そろそろ仕事をしていかないと生きていけそうにないこと。でも冒険は体の都合でできそうになくて、新しい仕事を探すことになりそうだということ。


 爺さんは神妙な面持ちで話を聞き終えると、まるで自分のことみたいに泣きそうな顔をした。


「そうだったのか。クレイ殿は相当苦労しているようじゃなぁ。そうじゃ! 今晩はワシの家に泊まっていくか? お金のことなんぞ気にせんでええわい」

「いや、流石にそれは」

「お主には一度勝ち台を譲ってもらった恩がある。それに、ワシが最近調子がいいのもお主のおかげじゃ。少しは恩返しをさせてほしい」

「う、うーん」


 正直いうと生活費に困っていたので、一度くらい飯にあやかれるならと思い、俺は彼のお家にいくことにした。


「ではこの辺でいいかの。転移魔法で行くぞい」

「そっか。やっぱり爺さん魔法使いなんだな」


 人気のないところに来て、爺さんは杖で地面をぽん、と叩く。すると魔法陣が浮かび上がり、俺達はとある場所へと一瞬で移動した。

 しかし、到着してすぐ、俺は思いっきり悲鳴をあげることになる。


「うひえええええ!?」


 どこかの巨大な王宮としか思えない場所に、巨大な竜や棍棒を持ったトロル、剣を構えるスケルトンの大群が歩いていたのだ。

 いや、こりゃ死ぬわ。殺されるって。爺さん、転移先を間違えやがったな。


 だが、なぜか俺たちは竜の息で焼かれることもなければ、スケルトン達が持つ剣に串刺しになることもなかった。トロルなんて向こうのほうからビックリして腰を抜かしてる。


「せ、先代の魔王様! け、敬礼!」


 どこの魔物が叫んだのか知らないが、奴らはみんな規則正しくこちらに向けて敬礼した。


「お、ご苦労ご苦労! さてクレイ殿。こっちじゃ」

「え、え!?」


 爺さんは何事もなかったように城の中を進むので、よく分からず必死に彼の後についていく。魔物達はみんな急なことに驚いているようだが、同時に老人の背後にいる俺にも「え、誰?」と言わんばかりの顔で狼狽していた。


 ようやく巨大な広間のところまでやってきて、やっと俺は理解した。この爺さんこそが、魔物達の中でもトップにいるらしき魔王であることを。いや、でもやっぱり信じられないと思いつつ、大広間に連れられていくとさらに驚いた。


「まあ! お爺さま。また人間の里に行っていたのですね!」


 長い長ーいテーブルを挟んで、とても美しい青髪を靡かせているお姫様みたいな人がプンスカ怒っている。周囲には鎧をつけた幹部らしき魔物達がいる。こいつらが本気になったら俺はすぐにでもあの世行きになること間違いなしだ。


「セフィリアよ。そう怒らんでくれ。そうそう! ワシの友人が飯に困っておる。料理を用意してくれんか」

「まあ、こちらの方は……人間ですか!?」


 魔族なのに、まるで女神様みたいに綺麗だなぁ……とか感心してる場合じゃなさそう。後ろでギロリと睨む幹部達の視線に、もうビビらずにはいられない。


「うむ! 彼はクレイ殿といってな。人間だが、ワシの恩人じゃぞ。くれぐれも粗相のないようにな」


 いや、別に恩なんてまったくないんだけど。


「は、はい。ではクレイ様。少々お待ちくださいませ」

「はあ……」


 流石は爺さんとはいえ魔王。その発言力は何より強いらしく、幹部達の警戒すら急激に解いてしまうほどだ。そういえば中心に座っている若い男は、ぱっと見セフィリアさんと同じように人間っぽく見える。


「父上。困りますよ。人間の方をお招きされては」

「まあそう固いことを言うな。クレイ殿、この男は孫のジルと申しての。現在の王を務めておる」


 そうか。今は爺さん隠居だったのか。俺は恐る恐る挨拶をすると、若い男はメガネをクイッと上げてこちらを観察し始める。


「ううむ。流石は父上です。私には分かりますよ。彼は相当な高位の魔術師でしょう」

「うむ? クレイ殿は魔術師だったのか? 知らなんだ」


 どうやらジルという現魔王は知識があるらしく、すぐに俺が魔術師であると見抜いてしまった。とはいえ、爺さんに信頼されているということが大きかったようで、それから特に不振がられることもなかったのだ。ただ、俺は一つ気になったことがあった。


「ところで、あの鎧は?」

「やはり気になりますか。昔父上が着こなしていた、最上級の呪われた鎧なのです」

「うお……凄い」


 陳腐な感想しか浮かばなかったが、広間に飾られている漆黒の甲冑は素晴らしいものだった。あの爺さんがねえ。


 しかし、なんてビックリ展開なんだろう。ただの金持ち爺さんとばかり思っていたら、まさか魔王だなんて。人類の敵からご飯をいただくとは、俺はもしかしてかなりの裏切り者枠に入ってしまったんじゃなかろうか。


 飯を食い終わると、今度は寝るための部屋まで貸してくれることになった。それから朝食も。豪華というか、魔王達は生活には困っていないようで、料理は人間界で見たこともないほどボリューム満点な肉料理に野菜、デザートがたっぷりだった。


 誓っていうが、最初は一日で帰るつもりでいた。でも爺さんに連れられてカジノに行って、気がつけば閉店。でまた城に戻って、ということを繰り返しているうちに、俺はすっかり魔王城の一員になってしまう。


 正直な話、ただで寝泊まりの上豪華な食事にありつけるなんて、こんな誘惑を跳ね除けることは普通できない。しかもジルさんやセフィリアさんともだんだん打ち解けてきて、居心地までよくなってきたのだ。


 相変わらずカジノでの爺さんはやりくりが下手だったが、俺は何とか根気よくテクニックを伝授し続けた。こういう演出がボーナス後に出たら設定いくつ以上が確定するとか、ベルやスイカが千ゲーム以上回して何個以上出たら高設定の可能性が高いとか、そういう説明だ。


 でも爺さんはさっぱり理解できないらしい。でもいつも楽しくそうに遊んでいた。そういえば爺さんは転移の魔法が使える。俺は一つ思いついた。


「爺さん。もっと大きなカジノに行ってみないか?」


 どうやら彼は、カジノはここ以外にはないと思っていたらしい。勝率を考えれば、もっと勝ちやすい店、規模の大きい店はいくらでもあった。

 彼はすぐに乗り気になり、俺たちはそれから日帰りで世界中のカジノに遊びに行くようになる。俗にいう、旅打ちのようなものだ。


 一瞬であらゆる町に行けるので、爺さんと同じく俺もはしゃいでいた。噂には聞いていたけど知らない町や、美人のバニーガールが店員をしているところとかはもう最高。ちなみにバニーガールを見たときの爺さんは、まさにエロジジイそのものだった。


 そして俺達は、おそらくは世界一と呼ばれる優良店の存在を知った。明日はその店に行こうということで、いつものように転移して魔王城に帰った時のことだ。

 城中で魔物達が慌ただしく駆け回っていて、普段よりも殺気だっていた。


「おや? どうしたのかの」


 呑気な爺さんを遠くから見つけて、セフィリアさんが駆け寄ってきた。必死なその顔は青ざめている。


「お爺さま! 人間達が、人間達が攻めてきました。それで……お父様が」

「何!? ジルがどうしたのじゃ!」


 俺達はすぐにジルが治療を受けているという部屋に向かった。彼はどうやら意識がないようで、治癒の魔法でも回復するのか分からないとまで言われていた。胸から腹にかけて、見るも無惨な大怪我をしている。


「お父様が城に戻られた時、不意に襲われてしまったようなのです……」

「ぐぬぬ! 何と汚い真似をやりおるか。ゆ、許せぬ。こうなったらワシが出る」

「だ、ダメですお爺さま。お爺さまは、もう戦いなんて出来るお体ではないではありませんか」

「まだまだ負けはせぬ。奴らは今何処におる?」


 頭巾を被った筋骨隆々の魔物が、慌てて魔道具を持って爺さんの側にきた。彼が持っている石板のような物から映像が浮かび上がり、魔王城入り口付近で交戦しているようだが、薄暗くてよく分からない。


「このままでは突破されることでしょう。彼らは皆魔具を装備しているのです」

「な、なんじゃと!? 世界でもほとんどないとされる、あの圧倒的な武具を持っているのか」


 魔具は世界でもほんの僅かしか存在しない。このままでは負けてしまう可能性が高い。気がつけば俺はぼそっと口を出していた。


「魔具だったら、俺も作れる」

「え!? 本当なのですか」

「おおお! まさかクレイ殿。魔具錬成師じゃったのか! クレイ殿。頼めるだろうか?」


 遠慮がちに爺さんは訪ねてきた。彼の言いたいことは分かる。人間でありながら、人間と戦うという行為を頼むこと。それがどれだけ身勝手な頼みかを。しかし頼まずにはいられない状況であることも、また確かだった。


 俺は悩んでいた。ここでどちらを選ぶか。やはり人間として、敵対するはずの存在からの協力を拒むか。または友人として助けるべきなのか。


「俺、俺は——」


 その時、映像に見知った顔が現れた。俺を追放した勇者達だ。しかしそれ以上に、奴らが身につけている武具に刻まれた文字が目に飛び込んできた。


 あ……あいつら。あいつらが装備している剣とか盾とか鎧とか、俺の親父の魔具じゃねえか!

 さては、俺が不在の時に家に入って盗みやがったな!


「任せてくれ。徹底的にやろう」


 ◇


 親父の魔具を身につけている以上、どう頑張っても並の魔物達では対抗しようがない。俺はすぐに彼らに撤退してもらうよう爺さんに頼み、その後は謁見の間で待ち受けることにした。


 程なくして奴らは現れる。あの時俺を追放した四人に加え、一人新しい男が加わっていた。風貌からして魔術師だろう。


「おっしゃあ! お前が魔王だな。その首もらってくぜ」


 勇者が威勢よく玉座に腰掛ける爺さんに叫ぶ。しかし、爺さんのほうはといえば流石は元魔王。いざと言う時の風格はカジノで遊んでいる時と大違いだ。


「ほほう。よくぞたった五人でここまでやってこれたものだな。歓迎しよう」

「あ、あいつ! 気をつけて。あの杖……魔具よ」


 聖女が自分の持っている杖と同じ宝玉が嵌められていることに気がつき、顔を青くしている。しかし、他の連中はさして気にもとめない。


「ただのジジイだ。何持ってようがどうってことねえ!」


 勇者はいの一番に剣を構えて飛び込もうとする。しかし、爺さんの杖から閃光が走り頬をかすめ、奴の威勢は吹き飛んで固まった。


「ふん。ワシも見くびられたものじゃな。では、本来の姿を見せてやるとしよう」


 爺さんは杖で床をとん、と叩く。すると周囲に強烈な光が発せられ、誰もが眩しすぎて直視できずに目を背けた。光が消え去り、ようやく瞳を開けれるようになった時、奴らは驚きに目を見張る。


「う、嘘だろ。こいつ……」


 奴らの目前に立っていたのは黒い甲冑に身を包んだ魔王———ではなく、俺だった。

 さっきの光魔法で目をくらまして、スケルトン達に爺さんを運ばせた後、杖をもらって鎧を着込んだ俺が代わりにその場に立っていたというわけ。広間にあった黒い甲冑は、ちょっと改造しただけで魔具として覚醒できる素晴らしいものだった。


「これがワシの本来の姿よ。さあ、何処からでもかかってくるがいい」


 こんな大層なことが言えちゃうのも、甲冑で顔を隠しているからこそである。変身願望っていう奴の気持ち良さがこの瞬間に分かった気がした。


「ふ、ふざけんな見かけ倒しめ! お前ら、行くぞおおお!」


 勇者のかけ声で、奴らは一斉にこちらに向かってくる。魔具で強化されていたこともあり、そのスピードも相当なもの。すぐに俺は囲まれてしまう。


 だが、奴らは魔具の力を半分も引き出せていない。そもそもの使い方が分かっていないようだ。しかし、俺はちゃんと使い方を心得ている。


「ジジイ! 死ねえええー!」


 仮にも世界を救おうという救世主が、そんな暴言吐いていいのかよ。若干引きつつも俺は奴が振り下ろした剣をぼんやりと眺める。騎士が横から槍で突きにかかり、盗賊はナイフを投げつけ、魔術師は炎を浴びせようとする。聖女はこちらにデバフでもかけようとしていたのだろう。


 しかし、どれも俺を捉えることはなかった。


「揃いも揃って、何処を狙っている?」


 俺は奴らが向かってきた側に立っている。背中を向けていた連中は、慌ててこちらに向き直っていたが、先程とは違い青い顔をしていた。


 次の瞬間、俺はまた消えた。一瞬で勇者の背後に周り、トントンと背中を叩いてやる。


「ヒイ!? こ、こいつぅ!」


 怯えの見えた声と共に刃が一閃。しかし、その一撃すら遅い。黒き鎧はまたしても霞のように消え、今度はまた玉座のすぐ前に戻った。


「頭が高い」


 もう気分はすっかり魔王だったので、ちょっと遊び半分に杖で床を叩きつつ、重力魔法を発現させる。


「ぶぎゃああ!」

「きゃおおお!」

「う、うぐぐ」

「痛えええ」

「おおおおお!」


 それぞれが情けない声を上げ、床に沈み込む。続いて重力魔法を解除し、今度は爆発魔法を正面に放った。


「ぐぎゃあああーー!」


 勇者の悲鳴ははっきり聞こえたが、他の連中はやかましすぎて分からなかった。もうズタボロになった連中からは、さっきまでの威勢はなく、もはや情けなさだけが残されている。


「ひ、ひえええ。覚えてろおおお!」

「ちょ、ちょっと勇者!?」


 勇者が一目散に逃げ出し、他の連中も慌ててトンズラしていった。速い! 今までで一番速い動きだったので、俺は少しの間呆然としてしまった。すると隠れていたスケルトン達と爺さんがひょっこり顔を出した。


「クレイ殿はやりおるのう! あっという間にやっつけるとは! フォッフォッフォ! しかし、あれで良かったのか? ぶっ飛ばしはしたが、追い払って終わりとは優しいのう」

「いや、まだ終わってないよ。爺さん。ちょっと頼みがあるんだけど」

「ん? なんじゃなんじゃ」


 まだ仕上げが残っている。これだけはやっておかなくちゃと、俺は鎧を脱いでから転移させてもらうことにした。


 ◇


 はあはあと息を切らしながら、ボロボロの奴らは町を歩いている。俺が住んでいた町。つまり奴らの拠点だった。


「ち、畜生。あの魔王、弱っていたんじゃないのかよ。強すぎだろ」


 勇者以外はもう喋る気力も残ってないらしい。


「疲れた顔してんな」

「!? お、お前。クレイじゃねえか」


 動揺が丸わかりの奴らを俺は指さした。さっき詰所から連れてきた兵士さん達数人は、少々呆気に取られているようだったが、すぐに周囲を取り囲み、勇者達を拘束する。


「うお!? なんだお前ら! 俺は勇者様だぞ」

「黙れ。その鎧の文字。確かに盗まれていた魔具と同じだ。お前達を連行する」

「ち、ちが! これはその、クレイ! 助けてくれ! 俺はこの魔具をお前から貰ったんだ。そうだろ!?」


 俺はため息を漏らすばかり。助けるわけないだろ。


「こいつらに盗まれました。しょっぴいてください」

「クレイーー! お願いだぁ! 助けてくれえええ」

「いやですわ。牢屋なんて嫌です」

「わ、私は無実だ!」

「僕は正しい盗みしかしてないんですぅうう」

「こ、このパーティに入るんじゃなかった……」


 それぞれの魂の叫びがこだましたが、助けてくれる人はいない。俺はようやくホッとした。少ししたら親父の魔具も帰ってくるだろう。


「なるほどのう。ちゃんと裁きを与えようというわけじゃな」


 物陰から様子を見ていた爺さんが顔を出した。


「うん……そうだ! ジルさんは?」

「大丈夫! 奴は元気になったわ。今度は負けぬと息巻いておる。さて、ではクレイ殿、行くとするか!」

「え? 行くって何処に」

「決まっておるじゃないか。この前話しておった優良店じゃ! もうウズウズしてたまらんわい」


 俺は思わず苦笑いを浮かべる。本当にカジノが大好きなんだなぁと呆れつつも、やっぱり気が合うので同行することにした。


 それから今日まで、相変わらず俺は魔王城でお世話になっている。

 ジルさんやセフィリアさん、幹部達とも打ち解けた俺は、どうやらこっちで生きていくほうが性に合っていたようだ。


 そして明日も、爺さんとスロカスになるためにカジノに向かうに違いない。

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追放されて自暴自棄になったのでカジノに通っていたら、仲良くなった常連が魔王だった〜スロカス魔王と組んで、追放した勇者をやっつけます〜 コータ @asadakota

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