②先生・生徒会長VSオーバーヒート
「神崎桔梗さん!」
神崎さんに周囲の視線が大人しく従って欲しいとばかりに圧をかけるかの如く集中する中、その注目を一身に引き受けようと立ち上がった僕は桔梗さんの顔に指を差して大きな声で言葉を放った。
「貴女のその対応は絶対に間違っています。神崎さんのお姉さんとしては勿論のこと、生徒会長としての判断もダメダメの落第転です」
「山代……」
神崎さんが驚きと嬉しさが混ざったような表情で僕を見上げる。
「……ほう。それは一体どこをどう見てそう感じたのか、詳しくお聞かせ願おうじゃないか」
桔梗さんからの敵意の孕んだ険しい双眸が僕を射貫く。そのまるで猛虎と相対しているような鋭い視線にちょっと怖くて気後れしそうになるけど――でもここで怯んでちゃ神崎さんを守れない。自分の意思を貫いてみせるんだ僕!
「貴女は生徒会長として私情を押し殺し、この学校に通う生徒達の利を優先しようとしている。そのスタンスは立派なことだと思います。でも、神崎さんだってその桜星高校に通う生徒の一人ですよね。生徒会長である貴女が、文化祭を円滑に成功させるために一人の生徒が冤罪にされることを黙認しようとしている。それは生徒会長として本当に正しい判断と言えるのでしょうか。それとも神崎さんは姉である貴女から見ても万引きをしていてもなんらおかしくないと思えるほどの普段から素行不良のある人なのですか?」
「……私とてできることなら妹の無実を祈りたいに決まっている。だが、ここに至るまでの前提として麗子が犯人でしかないというような状況が現実にある以上、これが全体的に見て一番妥協案としてはベストな選択だと――それともあれか。お前なら麗子の無実を証明する手立てや良案があると、そうとでも言いたいのか?」
これまで努めて冷静な様子を崩さなかった桔梗さんが、顔を歪めて歯がゆそうに拳を握り、声を荒げて僕に問うた。
「それは……正直、今この場ではっきりと言えるものはなにも……」
悔しいけど今はこれが現実だと、僕は顔を俯ける。
すると桔梗さんはやはりなと言わんばかりに剣呑な顔になって、
「ほらみろ。そうやって根拠なく罪を否定し、結局状況を覆せなくてただただ信頼を失墜させただけでより状況を悪化させるくらいなら、いっそのこと最初から妥協案をのむ方が麗子に学校、相応の立場を鑑みても一番利口なのではと私は提案しているわけで――」
「その、なんで最初から無駄なあがきだって決めつけるのはおかしいですよね。神崎さん本人がやってないと言っていって、僕はその言葉を信じています。だから神崎さんの鞄の中にその香水を入れた真犯人がいて、それが人の手の犯行である以上はなにかしらの痕跡や矛盾があるはずで、そうやって気になった点から少しずつ糸を辿っていけば神崎さんが無実だと証明する証拠もきっと見つかるはずなんです。だからちょっとはそれを探すチャンスというものをくれたっていいんじゃないですか」
僕がそう毅然とした態度で意見を主張をすると、僕と桔梗さんのやり取りをじっと静観していた周防先生がはぁとため息をついて肩をすくめた。
「チャンスと言ってもなぁ山代。教師の立場から言わせてもらうが、神崎が自分の無実を晴らすために校内を自由に動けるのは、よくて今日の放課後いっぱいくらいだぞ。この後、俺がドラッグストアにこの香水を持って行って盗品だと発覚したら、学校側としては神崎を拘束、行動を制限しないわけにはいかないからな。当然だろ。監視カメラに映っていた容姿ともほぼ一致している神崎の鞄から盗品が出てきているのに、本人が否定しているのでここは一旦様子見で授業には通常どおり参加させています――なんて道理の通ってない判断をして周りが納得すると思うのか?」
「そうですね。だったら僕が神崎さんの変わりに捜査して、彼女が無実であることを証明してみせます。それなら何も問題ないんですよね」
得意げに胸を張り、僕ははっきりとそう宣言した。
「や、山代……」
神崎さんがうっすらと顔を上気させ、嬉しそうな顔で僕を見やる。安心してください。この場で少なくとも僕だけは絶対に神崎さんの味方ですから。
「……驚いたな。まさかあの山代がこんな積極的にもの申してくるとは……」
僕が普段学校では陰キャぼっちとして主体性のない生活を送っていたこともあってか、意外だとばかりに唖然としていた周防先生は、やがてやれやれといったように肩をすくめた。
「神崎が妹だけでなく山代まで連れて生徒会室に戻ってきた時は、なんで無関係な山代がここに……と内心で疑問に思っていたところだが――お前達、ひょっとして付き合ってたりするのか?」
「へっ、いや、その――」
「ち、違うし! まだ全然そんな関係じゃないから! 変な勘違いしないで欲しいんですけどー」
「そ、そうなのか」
万引き犯だと言われた時と同等の勢いで強く否定した神崎さんを前に、周防先生が面食らったように困惑する。
が、すぐに表情を真剣なものへと切り替えて、
「いいか山代。お前が神崎妹の変わりに真犯人を捜すということは、その間彼女は生徒指導室で謹慎処分となり、ずっと自分が万引き犯でないと否認し続けることになる。それで真犯人はおろか、結局神崎妹の無実に繋がりそうなものは何一つでてきませんでした――みたいなことにでもなってみろ。現状では神崎妹を犯人として認める証拠が出揃ってる以上、これまでの神崎妹の否認はただただ反省の余地がなかっただけという見解になり、当然学校としては長期の謹慎や停学といった当初の予定より遥に重い罰を与えることになるだろう。それを承知の上で、お前は言ってるんだよな? 他人の命運を自分が背負うとそう覚悟した上で」
生半可な覚悟では痛い目を見ると言わんばかりの周防先生の脅すような圧のある視線。
「え、えっとそれは……」
そこまで頭が回っていなかったと戸惑いを浮かべた僕は怖ず怖ずと神崎さんを見やる。それは流石に僕だけの一存では決めたらいけないことだから。
が、神崎さんはそんな僕と目を合わせた瞬間、にっと勝ち気に笑ってみせて、
「もちろんいいに決まってるじゃん。だってあたしは山代のこと信じてるから」
そう自信満々に告げたのだった。
「神崎さん……」
胸にじんと熱いものがこみ上げる。神崎さんの期待に応えられるように頑張らないと。絶対に神崎さんの鞄に香水を入れて冤罪を押しつけたゴミクズを探し出してやる!
あ、そうだ。せっかくだからここであの件についても白黒つけておくことにしよう。
「あの、神崎さんのお姉さん」
「なんだ?」
「この機会にはっきりさせておきたいことがあるのですがいいでしょうか?」
「ん、はっきりさせておきたいこと?」
「はい。もし僕が神崎さんの無実を証明した際には、その時は僕が神崎さんの傍にいるのに相応しい男だというのを認めてください」
うん、これって僕の汚名を返上するのにまたとないチャンス、だよね。自分のちょっとした悪ノリが発端になってるのもあって、遅かれ早かれこの件は僕自身でなんとかしなきゃって思っていたから。
「ちょっ、や、山代ってばいいいきなり何言ってんのぉ!?」
真っ赤になった両頬に手を当てた神崎さんが、今日一番驚いているとばかりに声を張り上げた。
「ふん。いいだろう。私とて妹が無実だと証明できるのならこれ以上にない願ったり叶ったりなことだ。こうして私達目上の立場の人間に囲まれた状況で怖じ気付くことなく意志表示をして見せ、分の悪い状況だと承知の上で麗子のことを守ってくれた男が、後に麗子を悲しませる行動を取るとは思えないからな。もし麗子の無実を証明してくれたその時には認めてやろうではないか。お前が麗子に相応しい存在であることを」
「お、お姉まで!?」
「言質、とりましたから」
約束ですよと強く頷くと僕は神崎さんと一緒に生徒会室を後にした。
「――山代、そのごめん! なんかまた、あたしのトラブルに無関係なあんたを巻き込んじゃう形になっちゃって……」
荷物を取りに行こうと教室を目指す中、ふと立ち止まった神崎さんが手を合わせて謝ってきた。
「あはは、そんな気にしないでください。僕がそうしたくてやったことですから」
だからそんな気負ったような悲しそうな顔はしないで欲しいと、柔らかい笑みを浮かべて返す。
「でも……。あ、後ありがとね。あの場にいた全員が立場とか優先してあたしの主張をちっとも聞かずにあたしを犯人にして穏便に済ませたいって空気の中、一人声を張り上げてあたしのことを守ってくれようとして」
「いやいやそんな。僕は当然のことをしたまでで。お礼を言われることはなにも」
「ふふっ、あれを当然って。あの超こえーお姉を前にして当然のこととかあっさり言ってのけるのは、山代くらいだし。だからその嬉しかったつーか……ちょっと格好よかったかも……」
頬を桜色に染めた神崎さんが、指先をもじもじとくっつけ、恥ずかしそうに視線を泳がせた。
「だったら次は真犯人を捕まえてもっと格好いいとこ見せなきゃですね。そうしたら僕に惚れてくれますか――なんて」
いつまでもしんみりとした空気じゃいけないと思った僕は、冗談っぽく笑っておとぼけてみせた。
「ばっ、なに言ってんのよ!? こ、このあたしがあんたにほ、惚れるとか。いくらなんでも調子にのりすぎだし!」
眉をむっと吊り上げ、不本意だと顔を真っ赤にした神崎さんが否定の意を露わにする。そりゃわかっていましたけど、でもこう真っ向から拒絶されるとやっぱへこむな。自分で言い出しといてなんだけど……。
そう内心で肩を落としていると、頬を赤らめた神崎さんがなにやら羞恥と緊張が混じったような覚束ない視線で僕を見ていることに気付いて、
「ただまぁ……そこまであたしのために頑張ってくれるんだから、前向きに検討してあげるくらいはいいかも」
「へ?」
「あ、あくまでも検討だから。そこは誤解しないように」
「それでもワンチャンあるかもってことですよね。なら、尚更はりきらないとですね。不謹慎かもしれないですけど、僕にとっては学年でもトップレベルの美女と付き合えるかもしれないチャンスなんですから」
微笑を浮かべ、ぐっと拳を握ってやる気の丈を露わにする。わかってる。きっと冗談で言ってるのだろうけど、でも厚意にはちゃんと乗るのがマナーだよね。
「へぇー。今の聞いてはりきっちゃうんだ。ふーん……えへへっ」
まるで嬉しさを抑えきれないとばかりに両頬を押さえてはにかんだ神崎さん。
これはいくら社交辞令とはいえ、求められて悪い気はしなかったってことなのかなぁ。だったら少しくらいは男して意識してもらっているってことだろうからちょっと嬉しいかも。
ま、なにはともあれ、これから神崎さんの無実を晴らす&真犯人捜しに向けて頑張らないと。
そもそもあの香水が件の万引きとは全く無縁の物でした――なんて展開が待っていたりしたらすっごい有り難いんだけどなぁ。なんて。
その夜、周防先生がドラッグストアに持って行った香水は僕の淡い期待が届くことはなく盗品であることが発覚。
それでも依然として万引きを否定して無実を主張する神崎さんは、周防先生に言われていた通り次の日から学校謹慎となったのだった。
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