第13話 生娘斗雲
劉清軍と鈴悟軍、双方の戦いによって生じる、漁夫の利を得ようとしていたハーゲン王のたくらみは、脆くも崩れ去った。
「劉清、鈴悟両軍、合わせて八万の兵でこちらに向かって来ています!」
「くそっ!!どう言うことだ!?まさか戦わずに全面降伏するとは…」
鈴悟王が敗北を認めて共闘する。それはハーゲン王、軍師共に読みきれなかった展開だ。
鈴悟軍の伏兵が殲滅され、更には劉清軍が一万の兵を都の守備兵として帰還させていた。その情報を知らないハーゲン王なのだから、理解できないのも当然だ。
そこでハーゲン王はあらぬ考えに捉われる。
「まさか…里華の身を鈴悟王に!?」
戦争に勝つ為に、そしてハーゲン王に里華を渡さない為に、鈴悟王に里華の身柄を渡すのでは?そう考えたが、ハーゲン王は首を横に振って否定。
「いや、あり得ぬ!鈴悟王に身柄を渡すぐらいなら、我らに里華を渡せば済むこと!では、何故…」
考えが及ばぬハーゲン王であったが、そこで思考がピタリと止まった。
「あ、あれは…里華か!?」
ハーゲン王軍の進軍と、逆走している一騎の馬が遠目に見えた。騎乗者は里華。傾城傾国の美女、里華である。
「おおっ!里華!そこにいたのか!?今いくぞ!」
進軍している兵士を掻き分け、里華の所へと向かうハーゲン王。そこで軍師が咄嗟に諫めた。
「なりませぬぞ!今、ここで反転してしまっては敵に後ろを取られます!まずは敵の殲滅を優先するべきです!」
「軍はお主が率いよ!見よ!里華がワシに目配せを送っているぞ!」
確かに騎馬に乗る里華が、ハーゲン王に向かってウインクをしている。だが、どう見ても罠である。
「あの様な罠に乗ってどうするのですか!?一人で向かわれては…」
必死で止める軍師であったが、その静止を振り切りハーゲン王は単独で里華を追跡。
「里華〜!会いに来たぞ〜!」
目がハートになって追跡するハーゲン王。もう、誰にも止めることは出来なかった。
「くっ…ならば親衛隊!ハーゲン王の身をお守りしろ!」
軍師の指示によりハーゲン王の親衛隊30騎がハーゲン王の後を追って猛追。
周りの茂みから伏兵が出る事を予想して、警戒網を拡げる。
逃げる里華と追うハーゲン王。そして辺りを警戒しながら守備する親衛隊。一団は山を駆け上がり、徐々に差が縮まって来た。
もう少しでハーゲン王が里華に追い付く。そう思ったところで里華が岩山を左折。次いでハーゲン王も左折するが、そこでハーゲン王が驚愕する。
「なっ!?」
傾城傾国の美女である里華を追い求めながら、突如その姿が入れ替わったのだ。そう、弓を構える醜女の福珍と。
「ストーカーにはコレをプレゼントするわ!」
福珍の構えていた弓から矢が一閃。驚き、戸惑っていたハーゲン王の眉間に吸い込まれる様に矢が突き刺さる。
「ば…馬鹿な…」
その言葉を残し、ハーゲン王は絶命して落馬。後を追っていた親衛隊はその姿に唖然とするが、すぐにハーゲン王の元へと駆け寄って来た。
「ハーゲン王様!しっかりして下さい!」
叫ぶ親衛隊であったが、誰の目にも即死なのは明らかである。まさかの総大将の絶命に親衛隊は混乱していたが、その内の一人が何とか冷静さを取り戻して指示を出す。
「あの醜女を討ち取れ!ハーゲン王様の仇だ!」
30騎の親衛隊が一斉に福珍に…いや、福珍に変化している里華に襲いかかる。
「馬鹿ねぇ。わざわざここまで誘い込んだんだから、罠があるに決まってるでしょ?」
そう言うと里華は懐より煙玉を取り出し、親衛隊に向かって投げつけた。
ボワンっと一気に煙は広がり親衛隊を包み込む。
「な、なんだこの煙は!?先が全く見えないぞ!?」
慌てる親衛隊に里華がとどめの一撃を合図する。
「それは仙女の福珍特製の煙玉!視界を完全に塞ぐのよ!そしてもう一つ!福珍からのプレゼントよ!」
里華の合図によって岩山の上で待機していた福珍が、落石の計を繰り出した。30騎の親衛隊目掛けて巨大な岩石が転がり落ちる。
「うわー!」
「ぎゃー!」
煙によって視界を奪われたところに落石による攻撃。
煙玉の効果が薄れ、辺りが見渡せる様になると、そこには死屍累々の死体で埋め尽くされていた。
「流石は私!完璧なまでの策ね!後はストーカー野郎のハーゲンの首を切り落として戦場で掲げれば、八源王国軍は瓦解。完全なる勝利は目前よ!」
里華の策は確かに完璧であった。福珍もその里華の才覚に舌を巻く。
「…本当に里華様は凄いですね。何をやらせても完璧で。あ、笑いのセンスだけは別ですが」
「一言多いわよ!笑いのセンスにしたって凡人が理解できてないだけで…」
と、そこで里華の騎乗する馬の耳元に一匹の虻が飛んで来た。そのまま虻は馬の耳の中へと入り込み…。
「ヒヒーン!?」
「きゃっ!?」
突然暴れ出した馬に里華も慌てるが、必死になって手綱を握って体勢を立て直そうとする。
「ちょっ…一体…お、落ち着きなさい!」
だが、馬は里華の言う事を聞かなかった。耳の中で蠢く虻によって混乱し、里華を乗せたまま暴走を始めた。
「り、里華様〜!」
福珍の声もすぐに届かなくなるほどのスピードで、里華を乗せた馬は一気に駆け抜ける。
そして、この先は崖。たとえ里華であっても、落ちたらひとたまりも無いだろう。
里華は馬から飛び降りようとするが、馬の暴れた拍子で足首が鐙に絡まり、飛び降りることも不可能。絶体絶命のピンチである。
「じょ、冗談じゃないわよ…こんなところで…死んでたまるかー!」
里華は崖を目前としたところで、無理矢理手綱を引っ張り、方向転換に成功。馬は崖の直前で右折して難を逃れた。
しかし、騎乗していた里華は違った。突然の方向転換に体が付いていけず、馬から放り出されて崖下へと落下。
足首に絡んでいた鐙もこのタイミングで外れ、馬だけ助かり里華は落下という最悪の展開に。
「きゃーーー!!!」
谷底へと真っ逆さまの里華。福珍は急いで救援に向かう。
「き、生娘斗雲ー!」
処女のみに騎乗が許されたピンク色の雲、生娘斗雲が福珍の呼び声に応えて飛来。福珍は急いで生娘斗雲に飛び乗り、落下する里華の元へ。
崖下に叩き付けられる前に先回りする福珍。何とか里華の下へと回り込んで里華をキャッチ。
「うわっ!?」
落下する里華を受け止めた福珍であったが、その衝撃はかなりのもの。思わず腕から里華を取りこぼし、そのまま下へと落としてしまった。
「り、里華様…って…アレ?」
取りこぼした里華が地面へと激突して絶命…の、筈であったが、里華は地面に激突する事はなかった。
福珍の足元である、生娘斗雲にモフりと乗っかり、地面への激突を回避したのであった。
「……」
「……」
生娘斗雲は処女のみに騎乗が許される雲である。そう、つまりはそういう事なのだ。
里華と福珍。二人の間に奇妙な空気が流れるが、その空気を打破したのは里華であった。
「何よ?何か文句あるの!?」
「いえ…別に…文句はありませんが…ただ、里華様も私と一緒なんだなーっと…」
「貴様と一緒にするなー!私は釣り合う相手がいないからであって…」
「あーはい、そうですね。一緒じゃないですねー」
「人を生暖かい目で見るなー!同情するなー!はっ倒すわよ!!」
生娘斗雲の上で暴れる里華をなだめながら、何とか崖の上へと戻るのであった。
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