第49話「おそロシアハーフVS油ギッシュ校長」

 翌日の昼休み。俺たちは合宿所前に集まった。

 そして、里桜が持ってきた『日本文化研究会』の板を立てかける。


「これでオッケーかなー?」

「ああ、いいんじゃないか」

「ええ。これで研究会としての体裁は整ったわね」


 なお、俺たちは遠くからクラスメイトに観察されている。

 それこそ俺たちの動きをスパイごっこ的に探っているようだ。

 でも、逆にこれで俺たちの活動が知れ渡るだろう。


「疑惑をかけられたらコソコソするよりもいっそ堂々とする。スパイの本場であるロシアを舐めないでほしわね」


 さすが日露ハーフの西亜口さん。

 おそロシア&さすしあ。


 俺たちの様子を遠くから見ていたクラスメイトのうちギャル勢力に属する生徒が小走りで駆けていった。なんだ? ボスにでも知らせにいったのか?


 ちなみにうちの教室のカーストトップは人数が多い関係でギャル勢力である。

 そして、ギャル勢力の頂点に立つのは別の組の金髪ギャルで名前は寅原楽々(とらはららら)。読みにくい名前だ。

 なんだかよくわからないがカリスマ性があるらしく、組を越えてギャルを統率している。


 これまで俺や西亜口さんのような存在をギャル勢力は歯牙にかけていない感じだったが、明らかに空気が変わってきている。


「スパイごっこを楽しみたい年頃なのかしらね。浅ましいことだわ」


 西亜口さんは一刀両断とばかりに斬り捨てる。

 でも、厄介でもあるな。ギャルは人数だけは多い。

 ギャルやリア充というのは群れを作る能力に長(た)けているからな。


「数を集めることが力だと思っているのはおめでたい頭だと言わざるをえないわね。弱いから群れるのよ」


 西亜口さんにかかればそんなギャル勢力も烏合の衆扱いだ。


「わたしは鷹のようでありたいわね」


 まあ、ふだんクールな西亜口さんのイメージにはあってるかもな。

 どう見てもハト派というよりタカ派である。


「さて、創部届を出しにいくわよ」

「えー、まだ出してなかったのー? この立て看板フライングじゃんー?」

「いいのよ。昼休みの最初にこの立て看板を設置したことで校内に情報が行き渡ることになるわ」


 確かに西亜口さんの言うとおり『日本文化研究会』の立て看板設置というインパクトある情報は、たちまち拡散していくだろう。


「情報を制すものが戦いを制す。わたしの父も母も情報機関に務めていたから、その重要さを知っているつもりよ」


 ここに来て西亜口さんの家族の情報が明らかになった。

 やはり、そういうところに務めていたのか。ますますもって、おそロシア。


「では、行くわよ」

「う、うん!」

「おう」


 俺たちは西亜口さんを先頭に昇降口に戻って上履きに履き替え、校長室へ向かった。もちろん、こんなところへ来るのは初めてだ。


「邪魔するわよ!」


 スライド式のドアを西亜口さんは勢いよく開けた。


 ――ズガァアァン!


 というか『開けた』というような穏当な表現は適切ではなかった。

 開け放って叩きつけた!


「ひぃいっ!? なんだぁ!?」


 室内には校長先生がいた。

 椅子に座って執務してたようだが、その表情は驚愕――いや、すぐに恐怖に変わった。


「し、西亜口様……!?」


 いきなり『様』づけか……。

 この貫禄たっぷりの中年……というか学園で一番偉い人をここまで怯えさせるとは。


 ちなみに容姿を一応描写しておくと頭髪は極めて薄くバーコード状になっており、体型は完全にメタボ。いろいろな意味で油ギッシュである。

 こんなオッサンの容姿を正確に描写して誰が得するというのだ。


「今日は野暮用で来たわ」

「や、野暮用でございますか?」

「ええ。これを出しにきたのよ。こういう用事でもないとこんな油ギッシュな空間に一歩でも踏み入れようとは思わないしね」


 西亜口さんはポケットから創部届を取り出すと、突然、紙飛行機を折り始めた。


「えっ? ちょっと、なにしてんのさー?」

「し、西亜口さん?」


 いったいなにをするつもりなんだ……?


「あなたの半径一メートルに近づく気にはなれないわ」


 西亜口さんは完成した紙飛行機を手にして構えると……スイッと投げる。

 宙を切るように紙飛行機はスムーズかつストレートにフライト。


「ぬぉう!?」


 そして、校長の眉間に見事にヒットした。


「……用件はそれを見ればわかるわ。見なさい」

「は、ははぁ!」


 校長は激怒するどころか土下座せんばかりに頭を下げて紙飛行機を紙に戻していく。


 ……ほんと、西亜口さんは、いったい校長のどんな弱みを握っているんだ……。

 ここまで恐怖心を植えつけて服従させているとは。


「……こ、これは! 創部届っ! つまり、部活を作りたいとっ!」

「正確には同好会よ。昨日、書類をとりにきたでしょう? それ以外の意味にとれるかしら?」

「は、ははぁ! 失礼いたしました! お、仰(おお)せのままに! もちろんすぐに同好会の設立を認めさせていただきます!」

「当然ね」

「ははぁ! 当然でございます! …………そ、そのっ、あの件につきましては」

「わたしの言うことを聞いているうちはバラすことはないわ」


 あの件って……。西亜口さんは校長のどんな秘密を知っているんだ……。

 おそロシア。


「というわけで、もうこれ以上ここには用はないわ」


 西亜口さんが踵を返して校長室を出ていく。

 俺たちも続いた。


「ねーねー、ちなみに校長先生の言ってた『あの件』って、どんな話ー?」


 合宿所へ戻る途中、里桜が訊ねた。


「……知らないほうがいいわ。汚(けが)らわしい話だからね」


 西亜口さんの瞳は侮蔑の色に染まっていた。

 ……まぁ、ロクでもない内容なんだろうなぁ……。


「そっかー。ま、いっかー」


 里桜はそのままピュアなまま生きてってくれ。


 ともあれ俺たちは合宿所前へ戻ってきたのだが――。

 そこには思いがけない人物(ギャル)がいた。

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