第20話「カップラーメンは人生・坂本龍馬が好き」

「あら? 調教が足らないみたいね。あなたの胃袋はすでにわたしの手に落ちているわ。ほら、このカップラーメンを食べたいでしょう?」


 西亜口さんはカップラーメンを手に取り、俺の目の前で振る。


「……ごくっ……」


 ラーメンの美味しそうなパッケージを見て、思わず唾を呑みこんでしまった。


「あらあら、浅ましいわね。そんなにわたしのカップラーメンがほしいのかしら?」


 西亜口さんは微笑みながら、俺からカップラーメンを遠ざけていく。

 そちらに視線が釣られていってしまう。


「って、ちょっと祥平ー! 餌づけされちゃダメだってば! そもそもカップラーメンって体によくないんだから!」


 里桜はこう見えて料理もできる女子だ。

 たまに俺の家に煮物などを持ってきてくれることがあるが、すごくおいしい。


「……あら、カップラーメンを否定するの? カップラーメンを否定するということは、わたしの人生を否定するも同然だわ」


 西亜口さんから負のオーラが発せられ始める。

 すごい殺気だ! 十人くらい殺してそうな目だ!


「し、西亜口さんっ!? い、いや、あたしもカップラーメン自体は嫌いじゃないけどさ。でも、あまり食べてると体に悪いって。栄養偏るよー!」

「わたしは幕末の志士みたいに太く短い人生を駆け抜けるつもりなのよ」

「あ、あたし新選組だけじゃなくて坂本龍馬も好きだから! 単純な佐幕派じゃないから!」


 そうだ。里桜は時代小説もけっこう読んでいるのだ。

 確か剣道を初めたのも幕末ものの小説を読んだことがきっかけだったはず。


「むっ……坂本龍馬が好きなら……敵ではないわね」


 西亜口さんは殺気を収束させていった。

 どうやらふたりにはわかりあう余地があるらしい。


「ともかく、休戦しようよ。校長先生が許可してるなら、あたしもこれ以上の追及はしないからさ。でもさー、祥平……西亜口さんに変なことしちゃダメだよ?」

「だから、しないって」


 西亜口さんはドスを持ってるんだぞ!

 そんなことした瞬間に刺殺バッドエンド突入だ!


「というか、あたしもたまにご飯食べに来ていい?」


 そして、里桜から思わぬ言葉が出た。


「なっ!? やはりあなた、わたしたちを監視下に置こうとしてるのね」

「違う違う、あたしもお昼ご飯食べる場所ほしかったし。この間道場で食べてて煮物盛大にこぼしちゃって怒られちゃってさー。教室だと居心地悪いし」


 里桜は基本的に柔道場か剣道場にいることが多いが、あっちこっちに顔を出していることもあって逆に特に仲がよい友達はいないらしかった。居候みたいなものだ。


「うう……わたしのパーソナルスペースが……」


 俺が近くにいてもいいのに里桜はダメなのか?

 基準がよくわからない。


「……まぁ、あなたには怪我を治療してもらった恩もあるし……たまにならいいわ」

「わかった。んじゃ、そのときはオカズ多めに作ってくるよ。唐揚げとか好き?」

「き、嫌いではないわ……」

「うん。じゃ、来るときは事前に連絡入れるよ! メアド教えて!」

「え、ええ……」


 里桜に押し切られる形で、西亜口さんは連絡先を教えていた。


「それじゃ、あたし今日は学食で食べるから! またねー!」


 里桜は軽く手を上げると、去っていった。


「ふぅ……同年代の女子と話すとメンタルポイントを著(いちじる)しく消費するわね……」


 里桜は割と話しやすいほうだと思うが、西亜口さんはホッと胸を撫で下ろすといった感じだ。俺が言うのもなんだがコミュニケーション能力が低い。


「西亜口さん、里桜は人畜無害だから大丈夫だよ。武道やってるといっても乱暴じゃないし、けっこう優しいし」

「……あら、あなた、わたしよりも幼なじみの肩を持つの?」

「い、いや、そういうわけじゃないけど……」

「むう~……」


 西亜口さんは不満げにほっぺたを膨らませていた。

 子どもみたいな怒り方するな、西亜口さん……。


 ……って、幼稚園のときに遊んだ女の子も、こんなふうにほっぺたを膨らませて怒っていた気がする。


「やっぱり、西亜口さん、俺と幼稚園のときに会ってない? というか遊んでないか? 怒ったときに今のような顔してた気がするんだけど……」


「――っ!?」


 西亜口さんの表情が驚愕の色に染まる。


「ち、ちちち違うわよ! わたしはそんな子どもっぽい怒り方はしないわ! 激怒したらひっそりと食事に毒を盛るタイプよ!」


 毒を盛る幼稚園児なんて嫌だ……。


「ともかく時間がもったいないし! 至高のカップラーメンタイムをエンジョイするわよ!」


 西亜口さんはカップラーメンを手に取ると、給湯室へ向かった。


 そして、昨日と同様に西亜口さんとカップラーメンをシェアしながら充実したランチタイムを送るのであった。


 なんにしろカップラーメンは至高である。

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