第15話「執筆したラブコメ小説を西亜口さんに送信!」

☆ ☆ ☆


 放課後になった。


 帰りのホームルームが終わるや西亜口さんは鞄を持って立ちあがりドアへ向かう。一瞬だけチラッと俺の顔を見たが、そのまま通りすぎて教室から出ていった。


 教室ではこれまでと変わらぬ永久凍土ツンドラ美少女である。

 ギャップがすごすぎて合宿所でのことが夢だったのかと思ってしまうぐらいだ。


 まぁ、教室なんてどうでもいいな。

 俺にとっての青春は創作だ。


「……というわけで帰宅部らしく家に直帰したわけだが……。そう言えば神社の掃除やってないな。ま、いいか今度の土日にやれば」


 今やるべきことは小説の執筆だ。

 これまでに小説は投稿してきたが、いずれも人気を得ることはできなかった。


 最近はラブコメが流行だし、西亜口さんが転校してきたことをヒントにあの原稿は書こうとしていたのだ。


「……しかし、西亜口さんに読まれることがわかっているという前提で小説を書くとなるとプレッシャーがすごいな……」


 あまり筆が早いほうではないが、なおさら書くのにエネルギーがいる。

 そこで、俺のスマホが振動した。


「ん、誰からだ?」


 スマホを手にとって確認してみると西亜口さんからだった。


『さっさと書きなさい』


「――っ!?」


 ビクッとして俺は慌てて振り返り、あたりを見回す。まさか監視されているのか?

 しかし、西亜口さんはいない。窓を開けてみても確認できない。


「ホラーだな……」


 というか、俺の筆が進んでいないことを見通されているということか。

 再び、スマホが震える。


『どうせ進んでいないんでしょう? 悩む前に書きなさい。日記を書くように書けばいいのよ。わたしも創作に詰まったときは、そうやって気楽に書くことにしているわ』


「えっ!? 西亜口さんも小説書いていたのか!?」


 お昼のときは言ってなかったのに。


 しかし、なるほど……西亜口さんは自分でも小説を書いているから俺にもあんなに小説を書かせたがったのか。


「うーん。とにかく書いてみるか。……確かに実際にあったことをそのまま書くのなら筆は進むかもな」


 俺はパソコンを立ち上げるとテキストを開く。

 ちなみにテキストエディタをインストールして使っている。

 俺は形から入るタイプなのだ。


「まずは、昨日あったことをそのまま書いていけばいいか」


 神社で西亜口さんを目撃したこと。

 猫に呼びかけている西亜口さんに驚愕したこと。

 その後、西亜口さんにスパイ疑惑をかけられて家宅捜索をされたこと。


「……ほんと、ラノベみたいな展開だな……」


 出来事を列挙してみるが、まるで創作物だ。

 いや、こんなこと創作物でもなかなかないことだろうか。

 西亜口さんはあまりにもエキセントリックすぎる。


「しかし、いつもはクールなんだよな……」


 どっちの西亜口さんが本物なのか。

 まあ、いいや。ともかく、書こう。


 原稿に向かい、キーボードを叩いていく。

 西亜口さんのことをとにかくかわいく書かないとな……。

 

「うーん……まあ、考えすぎず、ありのまま思ったことを書こう」


 その結果、語彙力が低下して「かわいい」ばかりになっているが……。

 でも、実際に西亜口さんがかわいいのだから仕方ない。


「西亜口さんはかわいい西亜口さんはかわいい西亜口さんはかわいい……」


 なんだこの怪文書は。

 我ながら気持ち悪い作品になっている。

 こんなものとても西亜口さんに見せられない。


「もう少し、しっかりと書かねば」


 文章を推敲して、もう少しまともな感じにする。

 しかし、一人称で書いているとどうしても心情がモロに出てきてしまう。


「……これをネットにアップして西亜口さんに読ませるだと?」


 もはや正気の沙汰ではない。


「なんでこんな羞恥プレイをしなければならないんだ」


 俺も西亜口さんも大ダメージ確定だろう。

 やはり、こんなことはやめるべきだ。


 そう思ってメールを送ろうとしたのだが――。

 逆に西亜口さんから新たなメールが送られてきた。


『進んでる? なんならわたしが添削してあげてもいいわよ。というか見せなさい』


 西亜口さんから催促されてしまった。

 西亜口さんって、実は強メンタルなのでは?

 自分をモデルにしたラブコメ作品を読んで添削するって……。


「ちょっとこれを見せるのはなぁ……」


 キモすぎて俺との今後の接触を拒否されるレベルなのでは?

 しかし、書いた原稿をそのまま眠らせておくのはもったいない。

 

 そう思う間にも西亜口さんから新たなメールが送られてきた。


『さっさと見せなさい』


 俺が思っていることを見透かされすぎている。

 まさか盗聴器とか仕掛けられて俺の独り言を聞いてないよな? 


 そんなことを思ってしまうぐらい西亜口さんは絶妙のタイミングでメールを送ってくるから困る。


『どうせわたしに見せるか悩んでいるのでしょう? あなたの考えていることなんてお見通しよ。スパイの読心術を舐めないでほしいわね。わたしはさっさとあなたの書いた小説が読みたいの。アップするかわたしに下書きを送るかしなさい。ほら、これがわたしのパソコンのメールアドレスだから原稿を添付しなさい』


 スマホに続いて、西亜口さんのパソコンメールアドレスをゲットした。

 ほんと、西亜口さんは押しが強いな。


「うーん……まぁ、せっかく書いたんだしな……」


 推敲して修正したので、いくらか読めるレベルにはなっている。

 これなら、どうにか西亜口さんに送れるか……。


『わかった。今から送る』


 スマホから返事をして、パソコン用のメールアドレスへ原稿を送ることにした。

 物語は、まだまだ冒頭。

 西亜口さんが猫とじゃれているところから家に向かう途中の部分だ。


「やたらnyaが多いアドレスだな……」


 nyaが多すぎてネコがニャーニャー鳴いているみたいだ。

 本当に西亜口さんは猫が好きなんだな。


「……えっと、原稿を送る旨の件名と本文を書いて、テキストを添付……あとは送信か」


 これまで誰かのアドレスに直接原稿を送ったことはないので少し手間取ったが、これでオッケーなはず。画面が切り替わり、無事、メールを送信し終わった。


「あーあ……本当に送っちゃったよ」


 送ってから、猛烈に緊張してきた。

 俺が書いた原稿が西亜口さんに読まれる!

 しかも、西亜口さんをモデルにしたノンフィクションを!


「……これでキモがられて二度と連絡が来なくなったらどうしよう……」


 せっかく西亜口さんと友達になれそうだったのに。

 …………。

 スマホにもパソコンにも、西亜口さんからのメールは返ってこない。


「……ということは、今、西亜口さんは俺の原稿を読んでいるってことか……」


 さらに緊張が強くなる。ソワソワする。落ち着かない。


「うわー、どんな反応されるんだろう……。」


 これで『あなたキモすぎるわ。わたしのことをそんなふうに見てたの? もうわたしに二度と近づかないでくれる?』なんて書かれたらショック死しかねない。


「あああああ! なんで俺はこんなハードな執筆をすることになったんだ!」


 羞恥のあまり頭が沸騰しそうである。

 体温が上昇する。羞恥のあまりゴロゴロとその場に転がった。

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