第2話「スパイ疑惑&忍者ハウス(?)」

「違う、誤解だって! かわいいものはかわいいってだけでペット化とか首輪とかそんなことはしない! ただ、その野良猫は保護したいと思ってたけれど」

「あなたのようなケダモノに野良猫を保護するなんて許されることではないわ。この子はわたしが責任をもって育てるわ」


 そこで俺はクラスメイトが西亜口さんが住んでいる場所について話していたことを思い出した。


「でも、確か西亜口さんって駅前の高級マンションに住んでるんじゃなかったっけ? あそこってペット飼うのは大丈夫だっけ?」

「…………。あなたなんでそんなことを知っているの? やはりわたしの情報を集めていたのね?」

「ち、違うっ! たまたまクラスメイトが西亜口さんのことを話しているのを聞いただけだって!」

「………………」


 西亜口さんは疑念に満ちた眼差しを俺に向けてきた。


「……仲間まで使ってわたしを尾行? あなたには組織がついてるの?」


 組織って、なんだ……。


「……わたしと同業なら下手に殺すと面倒ね」


 西亜口さんは恐ろしいことを言いながら悩む素振りを見せる。

 どうやら思いこみが激しいようだ。


「同業ってどういう意味?」

「……しらばっくれるの? あなたもスパイなのでしょう?」

「ええっ!?」


 スパイって……。え、えぇええ!?

 そんな映画じゃあるまいし!


「……あなたを一目見たときからタダモノではないと思っていたのよね。浮かれたクラスの連中と違って、わたしに近づいてこなかったし」


 それは俺がボッチでコミュ障だからなのだが……。


「それに、その瞳の奥の鋭い眼光。修羅場を潜り抜けてきた者の目だわ」


 それは俺の視力が悪いからなのだが……。

 そろそろメガネを作ろうと思っていたところなのだ。


「ともかく、あなたのことは調べさせてもらうわ。今すぐ家に案内しなさい」

「えっ……」


 なにこの展開!

 なぜ俺が西亜口さんを家に案内しないといけないんだ!


「言うことを聞かないというのなら自白剤を飲ませるわ」


 そんなものまで持ち歩いているのか。

 本当に西亜口さんはスパイっぽい。


「さあ。イエスかノーか」


 西亜口さんはいつもの冷たい瞳に戻って訊ねてきた。

 握っているドスに力が込められる。


「……わ、わかった。イエスだ」


 こうなっては頷かざるをえない。

 こうして俺は来た道を戻り、自宅に向かうことになったのだった……。


☆ ★ ☆ ★ ☆


「ここがあなたのアジトね」

「アジトというか普通に自宅だが……」


 俺は西亜口さんからドスを突きつけられながら家に戻ってきた(なお、三毛猫は俺たちについてくることなく神社に留まった)。


 ちなみに家はごくありふれた二階建ての戸建て住宅である。

 両親は海外出張中なのでひとり暮らしだ。


「ほかに誰が住んでいるの?」

「今は俺だけだ。両親は海外に出張中」

「……海外に出張中? ますます怪しいわね……? これは要調査だわ。ほら、鍵を開けて先に中に入りなさい」


 急(せ)かされて、俺は鍵を開けて家の中に入った。


「靴を脱いで上がって、そのまま廊下を進みなさい。ただし、ゆっくりと」

「お、おう……」


 脅されながら言われたとおりに進んでいく。

 西亜口さんも靴を脱いだ気配がして、俺の後ろを五歩ぐらい空けてつけてくる。


「あなたの部屋に案内しなさい」

「に、二階だけど」

「本当に?」

「ほ、本当だ」


 こんなところで嘘は言わない。

 しかし、西亜口さんから次の指示がない。


「……。……ま、まさか、あなた……家にふたりっきりになったことをいいことにわたしに対していやらしいことをしようと思っているんじゃないでしょうね?」

「はぁっ!?」


 そもそも家に案内しろと言ったのは西亜口さんなんだが……。


「……もしかしてここは忍者ハウス? そうね、きっとそうだわ。二階に入った途端に罠が発動してわたしは囚われの身に……! そして、秋葉原で売ってる同人誌みたいな酷い目に遭わされるのね!」


 西亜口さんの妄想が暴走している!

 

「いや、ここは普通の家だよ! そんな罠はないって!」

「信用できないわ。スパイの基本は人を信用しないこと。あなたの言葉には騙されないわ。心の中では『ぐへへ、捕まったくノ一みたいにしてやるぜ』とか思ってるんでしょう!?」


 どういう発想だ。くノ一って……。


「わたしは日本に来る前に忍者に関する本をいっぱい読んでいたのよ。騙されないわ!」


 西亜口さんはどうやらかなり偏った知識と日本観を持っているようだ。


「いや、本当にうちは普通の家だよ。そもそも西亜口さんが俺の家を調べるって言ったんじゃないか」

「…………。そ、そうだったわね。まあ、いいわ。いざとなったらあなたを抹殺するだけよ。変な動きはしないことね?」


 思いこみが激しい上に理不尽で物騒だ。

 まぁ、刃物を突きつけられている状態では言うことを聞くしかないのだが……。


 ともあれ二階へと昇っていき――自室のドアを開けた。


 室内は和室。テーブルの上にノートパソコン、壁側にテレビ。

 あとは本棚に漫画やラノベが入っている。

 布団はさっき散歩に出る前に取り込んだ。


「……壁際に立っていなさい。部屋を調査するわ」


 言われたとおりに壁際に立つと、西亜口さんが背後でゴソゴソと室内を漁り始めた。

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