不思議の夢のルーチェ
花道優曇華
第1話「夢の中へ」
よく幼い頃は子守唄を聞きながら眠った。
母は穏やかな表情で透き通った声で歌う。
「お母さん、おやすみなさい」
ルーチェは亡き母の形見を近くに置いて今日も眠りについた。
今日も良い夢を見るはずだった。
月が空に浮かんでいる。今は夜だから、月も星も見えて当たり前か。
そんな軽いことを夢の中で考えていた。見知った街を一人で
出歩く夢の中でしか見ないようなオバケを見つけた。興味本位で
手を伸ばす。
「触っちゃダメだ!」
伸ばしかけた白い腕を誰かが掴み、ルーチェは後ろを向く。男の背中しか
見えない。
「逃げるぞ、あれに捕まるな!」
走る。逃げる。逃げる。逃げる。
動く。追う。追う。追う。
物陰に身を潜める。オバケの様子を窺う男はそれがいなくなったのを
確認すると息を吐いた。
「驚かせて、すまなかった」
「ううん、大丈夫。これは夢でしょう?」
そう聞くと男は頷かなかった。反応しない。男は真っ黒なローブを纏い
体全体を覆い隠している。
「あれは“夢”に迷い込んだ人間を喰らう夢喰という怪物だ。捕まって、
喰われてしまえば君は一生夢の中、つまり死ぬんだ」
「でも夢なんでしょ?死んでも夢から醒めるだけ…」
心の中で広がる不安をかき消すように、自分に言い聞かせるように
ルーチェは何度もこれが夢だからと言い続けるも男は頷かない。
だが彼はルーチェの心情を察し優しく接する努力をした。
「俺はロイドという。君は何ていうんだ」
「私はルーチェ。ロイドはこの夢をずっと見ているの?」
「そうだな。ずっと、ずっと見ていたよ…兎に角、来い。
この辺りは夢喰がうろつく」
ロイドは不思議な容姿をしていた。彼が身を潜める家屋に来ると
彼はローブを脱いだのだ。見えたのは大きくて、鋭い爪がある不気味な
右腕。暗闇で見えにくかった顔は包帯が巻かれていた。目、鼻、口こそ
見えているが…。
「…やはりローブは着ておこう」
「え!?どうしてどうして!?」
「俺が着たいからだ」
ローブで再び体を隠してしまった。夢の中でも空腹は感じるし
味も分かった。それが不思議で仕方ない。
「この夢の事を脳が徐々に現実と勘違いし始めているんだ。
外では時間が動いているだろう。お前の家族がいるのなら、
お前を心配しているだろうな」
「ロイドは?ロイドは家族、いるよね?」
「どうだろうな。俺に家族と呼べる家族はいない」
ロイドは左手でカップを持ち、珈琲を飲む。ルーチェはそっと
両手でカップを包んだ。温かい紅茶は湯気を立てている。
「夢はな。心を反映させることがある。それが自身の姿として
現れたり、周りの環境となって現れる。この夢は多くが共通して
見ている夢だ。それだけで異常なんだよ」
「じゃあ、誰かが助けを求めてるのかもしれないね!」
「…?」
「多くの人に自分と同じ夢を見せてるんだから、自分の事を
知ってもらわないといけないぐらい困ってるってことだと
思う!だから私、その人を頑張って探したい!」
「本気で言ってるのか!!」
ロイドが立ち上がりルーチェに怒鳴った。
「お前程度でどうにか出来るわけがないだろ!!?さっき、俺が
いなければお前はとっくに死んでいたんだ!!そんな奴が
人助けだと?笑わせるなァ!!!」
「出来ないと決まってるわけじゃないでしょ!!?運よく
見つけられるかもしれない!!」
「見つけてどうする!!?赤の他人がとやかく言ったところで
何も変わらねえだろうが!!!」
「変わるよ」
冷水を被ったような気分だった。
変わる?変われるわけがない。言葉で変われるものじゃない。
「きっとその人は探してるんだよ。自分に夢を見させてくれる人をさ。
一瞬でも良い、すぐに醒めてしまっても構わない。きっと誰かを
望んでいるんだよ」
ロイドは椅子に再び腰掛け、長く息を吐いた。珈琲を飲み干し再び
息を吐いた。
「…すまない。だが危険なのは変わりない。本当に探しに
行くのか」
「行きたい。だって、困ってる人を見捨てられないもの」
「…そうか。なら俺も手伝おう」
「ありがとう。ロイド」
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