第106話 旧友の想い
周囲の者達の俺に対するコールがなかなか止まなかったが、デニーロの指示でようやく解放されることとなった。
「それで兄貴はスラムの何を知りたいのですか?」
「あまり人に聞かれたくない話だからちょっとこっちまで来てもらってもいいか?」
辺りにはまだ先程の
さすがにこの場所で暗殺の話をするわけにはいかないので、俺はデニーロをすぐそばにある路地裏へと呼び寄せる。デニーロは俺の行動で察したのか神妙な顔つきで俺の後をついてきた。
そして路地裏に到着するとデニーロが話しかけてくる。
「やばい案件ってことですね」
「ああ⋯⋯半年程前にアルトという商家の夫婦が殺された件を知っているか?」
「ええ⋯⋯」
デニーロは言葉を切る。夫婦が殺害された件が暗殺だと知っているから言葉に出来ないのだろうか。
「その事件にスラムにいる者が関わっていると聞いてな。もし知っているならそいつの所へ案内してほしいんだ」
「⋯⋯」
デニーロは下を向き、浮かない顔をして俺の問いに答えない。
まさかサーヤちゃんの両親暗殺にデニーロが関わっているのか? いや
「ユクトの兄貴⋯⋯知っていると思いますが俺はスラム出身なんだ。
「勘違いしないでくれ。別に暗殺のことで敵討ちをするつもりも罪に問うもない。ただ話が聞きたいだけなんだ」
サーヤちゃんの両親殺害の元凶は依頼を出した奴だ。そいつを突き止めることが出来れば今はそれでいい。
「兄貴のこと信じてもいいですか?」
「女神アルテナ様に誓って」
俺はデニーロの眼を真っ直ぐに見据える。
するとデニーロは俺が嘘をついてないか見破るためか同じ様に俺に視線を送ってきた。
ここでデニーロから話が聞けないとサーヤちゃんの両親の暗殺依頼をした者の情報を得ることが難しくなってしまう。
だから俺信じてくれ!
「ふう⋯⋯わかりました。ユクトの兄貴を信じます」
「デニーロありがとう。今言ったことは絶対に違えることはしない」
「それでどうしますか? 早速スラムに行きますか?」
「頼む」
こうして俺とデニーロは路地裏を後にし、北区画にあるスラムへと向かうのであった。
「それにしてもゴードンさんとリリーさんの言った通りになっちまったな」
スラムに向かっている途中、デニーロが唐突に話しかけてきた。
「どういうことだ?」
「昔ユクトの兄貴が子育てをするためにゴードンさん達のパーティーを抜けたと聞いたとき、そんなふざけた理由でパーティーを抜ける奴は俺が落とし前をつけてやると言ったら、返り討ちに会うから止めとけって忠告されました」
まあ一般的に考えればデニーロがそう思うのもわからなくもない。なんせ将来Sランクになるパーティーを抜けたのだから。
「デニーロはゴードン達のことを尊敬しているんだな」
「はい! あの2人は若い冒険者に取っては憧れの存在です」
若い⋯⋯ね。デニーロの言ったことは正しいだろう。逆に年功序列でランクが上がっていた存在には疎まれていそうだが。
「俺がこうして冒険者をやれているのはゴードンさんのお陰なんです」
「どういうことだ?」
「実は以前スラムに来たゴードンさんの財布をスルつもりが逆に捕まっちまって⋯⋯」
ゴードンは大雑把に見えて意外に危機管理能力が高いからな。もしゴードンからスリをを成功させるのなら、酒に酔った所で女性の色仕掛けを使うのがベストだろう。
「たぶんそこにいるのが俺だけだった憲兵に突き出されて終わりだった。だが幸か不幸かその場に幼い俺の妹が一緒にいたからゴードンさんも不憫に思ってくれたのか、俺達にスラムの外で生きる術を教えてくれたんだ」
何だか少し俺とおやっさんの関係に似ているな。もしそうであるならデニーロが世界を変えてくれたゴードンを尊敬している気持ちは俺にもわかる。
「だから俺はゴードンさんの力になりてえ⋯⋯そう思って冒険者になって続けていたらいつの間にかAランクになった」
誰かのためを思って行動することは時に物凄い求心力を生むことがある。スラム住人からAランク冒険者になるには並大抵の努力ではなかったはずだ。
「ユクトの兄貴は知っているかどうかわからねえけどゴードンさんとリリーさんは他の奴らと臨時のパーティーを組むことはあるけど正式にパーティーを組んだことはないんだ」
「それは⋯⋯知らなかった」
パーティーを組む時はせめて最低でも三人、もしくは四人で組みメンバーは前衛、攻撃魔法職、回復魔法職がいることが理想だ。
てっきり俺以外の誰かとパーティーを組んでSランクになったと思っていたが⋯⋯2人だけのパーティーでSランクになるなんて本当に凄いな。
「俺が強くなって2人のパーティーに入りたかったけどゴードンさんに言われたんだ⋯⋯強さでパーティーに入れる奴を決めていないって。今思えばゴードンさんとリリーさんはユクトの兄貴のことを待っていたんじゃねえのかな」
14年前に突然別れを告げた俺のことを待っていてくれたのなら嬉しい気持ちもあるが、けっきょく待たせたままで申し訳ないと思う。
それともう二人は学校の理事長という大役に就いているから冒険者としての活動をすることはほぼ不可能だろう。
「別に冒険者としてパーティーを組んでくれとは言わない。ただ2人と何か一緒に⋯⋯俺はバカだから思いつかねえけどゴードンさんとリリーさんの想いに応えてくれねえか」
「わかった⋯⋯すぐにとは言えないが必ずその想いに応えることを約束する。教えてくれありがとう」
「こちらこそありがとうございます!」
デニーロには直接関係ないのに俺に礼を言ってくるなんて⋯⋯このことからもデニーロはゴードンとリリーのことを尊敬していることが伺える。
だがこれは俺の問題だ。何か2人に報いることができればいいんだが⋯⋯。
しかしすぐには思いつかず、気がつけば俺達はスラムの入口まで到着していた。
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