第93話 アオヅミグサの効果は⋯⋯

 俺達は今、クラウ皇子に会うため屋敷の廊下を歩いている。


「すごいね⋯⋯こういう所にお金が流れているのだと感じたよ」


 シルルが言いたいことはわかる。

 屋敷の大きさ、敷地の広さもさることながら重厚な扉、廊下に並ぶ美術品、天井の高さ、どれを取ってもただ驚くことしかなく、改めてラニが皇女であることを認識した。


「え~とシルルさん⋯⋯もしよろしければ私とお友達になって下さると嬉しいです」

「ラフィーニ様! 勝手な行動をされては困ります」


 レイラさんはラニの配下として素性のわからないシルルに対して苦言を呈す。主に危険が及ぶ可能性があるものは排除する⋯⋯間違ったことではないがそんなレイラさんの考えもこの後のラニの言葉で却下される。


「レイラは何を言ってるの? 私は皆さんから親しみやすい皇女だって思われているのよ。その私から親しみやすいというアイデンティティを取ってしまったら何も残らないわ」

「ですがそれでラフィーニ様が危ない目にあっては⋯⋯」

「そこは信頼して騎士がいるから大丈夫よ⋯⋯ね? レイラ」


 ラニはその信頼している騎士はレイラ、あなたよと暗に伝えていた。


「それを言われてしまいましたら私からは何も言えませんよ」


 初めて会った時、ラニとレイラさんは主従というより友人の関係に見えたがそれは今も変わってないようで思わず心の中で笑みを浮かべてしまう。


「コホン⋯⋯それでシルルさん⋯⋯お友達になって頂けますか?」

「いいよ」

「ありがとうございます」


 ラニは親愛の証なのか両手でシルルの手を包む。


「私、同じくらいの年齢のお友達がいないので嬉しいです。失礼ですがシルルさんはおいくつですか? ちなみに私は17歳です」

「⋯⋯私も同じです」

「そうなんですか! 嬉しいです」


 今一瞬シルルが答えるのに間があったが女性の年齢のことで口を出すと余計なトラブルに巻き込まれ兼ねないので俺は黙ってる。

 何にせよラニにもシルルにも友人が出来て良かった。そんなほのぼのとした光景を見ているとクラウ皇子の部屋にたどり着いたのか、ラニが扉をノックをする。


「クラウ⋯⋯今大丈夫かしら」

「姉さん? 大丈夫だよ」


 そして俺達はラニに続いてクラウ皇子の部屋に入る。するとクラウ皇子はベッドで横になっていたのか身体を起こしこちらに視線を向けてきた。


「突然訪問してしまい申し訳ありません」


 俺は連絡もなしに訪ねてしまったことに対してまずは頭を下げた。


「そんなかしこまらないで下さい。以前お会いした時にお話ししましたが普通に話して頂けると嬉しいです。僕とユクト様は将来⋯⋯」

「ちょちょちょっと何を言うつもりなのかな、かな」


 ラニが突然挙動不審になりクラウの口を塞ぐ。

 病人にそんなことしてもいいのか?


「殺人事件⋯⋯姉弟の間に何が。お付きの騎士は見た」

「ち、違いますから! 姉弟で仲良くじゃれているだけです」


 シルルとラニが何かコントのようなことをやり始めた。年が同じなせいか出会ったばかりでも仲が良さそうだな。


「とりあえずクラウくんの言うことはわかった。それなら俺のこともユクトで頼むよ」

「わかりましたユクトさん」


 俺の提案にクラウくんはニコッと微笑む。

 この子は本当に美形だな⋯⋯将来かなりモテるだろう。

 その未来を閉ざさないためにも道を俺達大人が作ってやらないとな。


「クラウくん⋯⋯俺達ブルーファウンテンに行ってきたんだがそこで君の病気に効くかもしれないものを手に入れた。良ければ飲んでみてくれないか」

「それは青の泉のことでしょうか? 実は以前に飲んだことがあるのですが僕の病気には効きませんでした」

「いや、青の泉ではなくて青の泉で育ったアオヅミグサだ。一般的な病気と毒に有効らしい」

「ほ、本当ですか!」


 クラウくんが答える前にラニが反応する⋯⋯それほどラニに取ってクラウくんは大切なのだろう。


「ああ⋯⋯これを煎じて飲んでくれ」


 俺は異空間から青の泉でシルルからもらったアオヅミグサを出し、ラニに渡す。


「わかりました」


 ラニはアオヅミグサを受け取ると部屋を出ていき、そして30分が経とうとした頃⋯⋯白いカップを手に部屋に戻ってきた。


「クラウ⋯⋯飲んで」


 ラニの手からクラウくんにカップが渡される。カップの中の薬が見えたがまるで青の泉の水のように澄んだブルーの色をしていた。

 これで少しはクラウくんの体調が良くなれば⋯⋯。


 ラニ、レイラさん、シルル⋯⋯ここにいる全員がクラウくんが薬を飲む様子を見守る。

 クラウくんは少しずつカップを口に近づけ、そして一気に飲み干した。部屋の中は静まり誰もがアオヅミグサの効果があるのか気になっている。


「ど、どう?」


 ラニは少し緊張した様子でクラウくんに問いかける。たぶんラニは何度もクラウくんに薬が効くかどうかの光景を目の当たりにしてきたのだろう。


「とても苦いね」


 クラウくんは舌を出して顔をしかめる。

 ダメか⋯⋯アオヅミグサを煎じた薬も効かないのか。


「だけど⋯⋯数年前のように身体が中から沸き上がる痛みはなくなったよ」

「ほ、本当に?」


 ラニは信じられないといった顔でクラウくんを見つめる。


「本当だよ⋯⋯今は昔と同じで少しだるくて熱があるくらいだよ」

「良かったぁぁっ! 本当に良かったよ!」


 ラニは嬉しさの余りクラウくんに抱きついてしまう。


 どうやら完全に治すことは出来なかったが、クラウくんの体調はかなり改善されたようだ。

 それにしてもここまで感情を露にするラニは始めてみるな。それだけクラウくんの体調が良くなって嬉しいのだろう。


「ユクト様ありがとうございます。私だけではなく弟の命も救って頂いて⋯⋯」


 ラニはクラウくんから離れ、涙を流しながら俺に頭を下げお礼を言ってくる。


「いや、実はこのアオヅミグサをくれたのはシルルなんだ」

「シルルさんが⋯⋯」

「ああ」

「シルルさんありがとうございます。このご恩はけしてわすれません」


 ラニはシルルの手を取り何度もお礼の言葉を口にしている。


「ラフィーニ⋯⋯それじゃあお願いしたいことがあるんだけど」

「ええ⋯⋯何でも言ってください。私に出来ることなら何でも致します」


 シルルがラニに頼み事? いったい何を言うつもりなんだ。

 まさかこの後シルルが口にしたことが俺達に関わることだとはこの時は考えもしなかった。




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