第92話 帝都に帰還
俺とセレナはブルーファウンテンの村を離れ帝都へと向かっているが何故か後ろからシルルさんが付いてきている。
「シルルさんここまでで大丈夫ですよ」
さすがにこれ以上見送りに来てもらうのは申し訳ないので俺はシルルさんに声をかける。
「気にしないで大丈夫⋯⋯私もこのまま帝都に行くから」
「えっ? 誰か知り合いでもいるんですか?」
なるほどブルーファウンテンにある家を引き払って家族もしくは親族がいる帝都に引っ越すというわけか。帝都は帝都でスラムなどもあり危険な所だが1人で森の奥で暮らすよりはマシだ。
「いるよ」
「そうですか⋯⋯でしたら一緒に帝都まで行きましょう」
「よろしく⋯⋯後
長い付き合いか⋯⋯帝都に住むのであれば偶然会うこともあるだろう。
「わかった。これからもよろしく」
「ん」
そして俺は右手を差し出してきたシルルと握手をかわし再び帝都へと足を向ける。
こうして俺達はシルルという旅の仲間を加え帝都への道のりを進んで行くのであった。
そして二日後の夕方
俺達は短い旅を終え、帝都の北門にたどり着いていた。
帰りはノボチ村の村長の計らいで帝都まで馬車で送って頂いたこともあり短時間でここまで来ることができた。
ここでシルルとはお別れか⋯⋯何日も一緒にいたから少し離れるのが寂しいが同じ帝都に住んでいるなら繋がりが消えることはないだろう。
だがそう思っていたのは俺とセレナだけでこの後シルルがとんでもないことを口にしてきた。
「シルルはこれから知り合いの所に行くんだろ? もし良ければ案内をしようか?」
「ううん⋯⋯大丈夫だよ。もう知り合いの人に会ってるから」
「それはどういうことですか?」
シルルの返答に俺もセレナも理解できず頭にハテナを浮かべてしまう。
「パパ⋯⋯どういうことでしょうか?」
セレナが顔を近づけて小声で話しかけてくる。
「もうこの場に⋯⋯北門に来ているってことじゃないか?」
「けどシルルさんは独特の世界を持っていますから何か私達では想像できない意味があるのでは?」
シルルは相変わらず感情が読めないから本当に何を考えているのかよくわからないことがある。
「知り合いならこことここにいるよ」
そう言ってシルルが指を差したのは俺とセレナだった。
「「えっ?」」
俺とセレナは考えもしなかったことに思わず声を上げてしまう。
知り合いとは俺達のことを言っているのか。まだ出会って一週間も経っていない人の家で暮らせるなんてシルルはどういうメンタルをしているのだろう。
「ななな、何を言っているのですか! 絶対にダメです!」
セレナが狼狽えた様子でシルルの意見に反対する。
「何で?」
そんなセレナを見てシルルは冷静に言葉を返した。
「何故ってパパと過ごしたこの三日間を忘れたのですか!」
俺はセレナの言葉でシルルと出会ってからの日々を思い出す。
ああ⋯⋯確かにセレナが怒る気持ちもわかるな。
「何かあった?」
しかし当の本人はその理由がわかっておらずキョトンとした表情をしているように見えた。
「ありましたよ! 毎朝毎朝パパの布団に潜り込んで!」
そう⋯⋯シルルは何故か朝になると村長の家の離れであった時と同じ様に俺の腕枕で寝ていた。
セレナとしては父親が毎朝出会ったばかりの女性とイチャイチャ(断じてしていないが)している所を見せられたら文句の1つも言いたくなるだろう。
「う~ん⋯⋯それは帰巣本能?」
「出会って4日ですからそのようなものはありません!」
セレナの言うことは100%正しいと思うが⋯⋯。
「シルルは帝都で頼れる人はいないのか?」
「ここにいる」
そして変わらず俺とセレナを指で差してくる。
「いや、俺達以外でだ」
「いない」
「お金はどれくらいあるんだ?」
「銅貨5枚」
知り合いもいない、何泊も泊まれるほどのお金も持っていない⋯⋯そうなるとやることは1つしかないじゃないか。
「セレナ⋯⋯今日の所はシルルをうちに泊めることにしよう」
「異論はありますが仕方ないですね」
セレナもこのままシルルを1人にするのは良くないと考えたのかあっさりと俺の意見に同意してくれる。
「2人ともありがとう」
「初めからこうする気なら最初から言ってください」
「ごめんなさい」
何だかんだ言ってセレナもシルルのことを嫌っていないからな。さすがにここで追い返してまた森の奥で1人暮らしていくのは良くないと考えのだろう。
「それじゃあ俺は寄るところがあるから2人は先に帰っててくれ」
心強い奴に護衛を頼んだから大丈夫だとは思うがラニの様子を先に確認しておきたい。それに青の泉で取れたアオヅミグサを早くクラウ皇子に渡しておきたいからな。
「わかりました⋯⋯ではシルルさん、私達の家はこちらになります」
「ううん⋯⋯私もユクトと一緒に行くよ」
「そうですか⋯⋯わかりました。私は先に帰ってシルルさんが使う部屋を準備してきます」
セレナはシルルが俺に付いてくることを予想していたのかため息をついてこの場を離れていった。
今更ながら思うが何故シルルは俺のことを好ましく思ってくれているのだろうか。
拐われたシルルを助けた時、初対面だと言っていたからまさか俺に一目惚れをしたのか? だがそんな自信過剰なことをシルルに聞くわけにはいかないため結局そのことについては謎のままだ。
そして俺達は帝都の中央区画にたどり着いくと辺りは自宅へ帰る人が多いのか混雑していた。
「人⋯⋯たくさんいる」
「そうだな⋯⋯だが中央区画はまだいい方だ。場所によってはもっと多くの人がいるぞ」
「目眩しそう」
確かにブルーファウンテンと比べれば人口の数は雲泥の差だ。シルルが人に酔うのは無理もないだろう。
「シルルは今まで村を出たことはないのか?」
俺はふと気になってシルルに質問をしてみる。
「ううん⋯⋯今まで色々な所に行ったよ」
「そうなのか?」
「この辺りも来たことがある」
そうなるとあまり混雑していない時間に帝都に来たのかな? 俺はあまり深く考えず、この後シルルと他愛のない話しをしているといつの間にかラニの屋敷に到着していた。
俺は屋敷の警備をしている兵士に名前を告げてラニに会わせてほしいと話しかける。すると兵士の1人が確認のためか屋敷の中へと入っていく。
そして1分ほど門の前で待っていると誰かが俺達の方に走ってきた。
「ユクトさま~」
ラニがドレスの端を持ちながら満面の笑顔でこちらに向かって来て俺の手を取る。
「こ、皇女様!」
側にいた兵士達が突然の皇女の襲来に驚きの表情を浮かべており、そしてさらにラニの後方から慌てて駆け出してくる者がいた。
「ラフィーニ様待って下さい~」
レイラさん相変わらず大変そうだな。帝都に来てからレイラさんがラニを追いかけている姿しか見ていないような気がしてきたぞ。
だが俺のそんな考えを払拭するようにラニが矢継ぎ早しに話しかけてくる。
「ユクト様、よく来てくださいました。本日はお時間ありますか? もしよろしければ夕食を一緒に食べませんか? 今日は私に会いに来て下さったのですか?」
ラニは元気だな⋯⋯ドミニク皇子からの刺客はなかったのか、それとも返り討ちにしたのか、少なくとも悪いことが起きたような感じはしないな。
「グリード領から戻ってきたばかりだから自宅で夕食を食べるよ。それと今日はクラウ皇子に会いに来たんだ」
「そ、そうですか私では⋯⋯けど大切な弟と仲良くして頂き嬉しいです。あら? そちらのお方は?」
ラニは不思議そうな目でシルルを見ている。
「う~ん⋯⋯独特な雰囲気を持っている方ですね⋯⋯それにとても綺麗な人です」
やはりラニから見てもシルルは普通とは違う空気を持っていると感じるんだな。
「とりあえずお二人とも中に御上がり下さい⋯⋯私もお話ししたいことがありますので」
こうしてブルーファウンテンから帝都に戻ってきた俺はシルルと共にラニの案内で屋敷の中へと入るのであった。
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