第56話 娘と合同演習
俺はSクラスの3年生と共に魔法養成学校の校庭へと移動する。
そして2年生も集まると全員で帝都の東門へと向かうのであった。
合同演習に行く人達はだいたい50人くらいか⋯⋯その中にはトアやコト、クルガの姿も見える。
トアは同じSクラスの生徒と楽しそうに話しながら歩いていた。どうやらトアはクラスメート達とも上手くやれているようだな。ミリアの件があったので少し心配したが杞憂だったようだ。
そしてコトは列の真ん中⋯⋯2年生の先頭にいるが誰とも会話せず暗い顔をしていた。今のコトを見ていると昔は笑顔が素敵な女の子だったと言っても誰も信じないだろう。
「コト」
俺は意を決してコトに話しかけるが視線を向けてくるだけだった。だが俺は気にせず話を続ける。
「まさかコトがトアと同じ学校にいるとは思わなかったよ」
「⋯⋯私もユクトが父親になっているなんて思わなかった」
「俺もまさか15歳で父親になるなんて考えもしなかったよ」
しかも3人も。
「ねえ⋯⋯」
「何だ?」
「どうしてトアさん達を引き取ることになったの? いくらなんでも3人の子供を引き取るなんておかしいじゃない」
「それは――」
俺はタルホ村で護衛の依頼を受けたこと⋯⋯先走って村を離れた時に村が壊滅していたこと⋯⋯そして奇跡的に3人が生きていたことを話す。
「そんなことが⋯⋯けどそれでもユクトが育てる義務はないと思う。施設に預けようとは思わなかったの?」
「俺自身が施設にいてあの環境の過酷さを知っていたからそれは考えなかったな⋯⋯それに⋯⋯」
「何?」
「おやっさんが俺を拾ってくれたから俺も同じ事をしたいと思ったんだ」
この気持ちは本当だ。恥ずかしいから本人に直接言うとことは絶対にないがおやっさんには感謝してもしきれない。
しかし俺の言った言葉が気に入らなかったのかコトが激昂する。
「だったらなんでパパを! いえ⋯⋯ユクトは正しいことをしただけ⋯⋯けど私には⋯⋯」
他国のスパイを捕まえる⋯⋯それは間違ったことではないけどそれが自分に取って唯一の肉親だったら話は別だ。コトはそう言いたいのだろう。
「もういいわ⋯⋯これ以上あなたと話したくないから向こうに行って」
「わかった」
本当はコトにクルガのことを聞きたかったんだがとてもそんな雰囲気ではないので俺はこの場を離れトアの所へと向かう。
するとトアの方も俺に気づきこちらへ歩いてくる。
「パパ⋯⋯コト先生とのお話は終わったの?」
ひょっとしてトアは俺がコトと話し終わるのを待っていたのかもしれない。
「終わったよ」
本当は終わってないけど俺とコトの仲がよくないなんてトアに聞かせることではないので黙っておこう。
「トアに聞きたいことがあるんだが⋯⋯」
「なあに?」
「担任のクルガ先生ってどんな人なんだ?」
コトを助けるにしろ助けないにしろまずはクルガがどんな奴か知っておきたい。
「う~ん⋯⋯トアも詳しくは知らないけど確か侯爵家の人だよ」
「侯爵家?」
コトのことを品性がと言っていたから貴族ではないかと思っていたが侯爵家の者だったのか。だが学校の講師をしていることから長男ではなさそうだ。
「どんな人なんだ?」
「トアは⋯⋯苦手かな。貴族の人を贔屓して平民の人は見下しているから」
それはトアも嫌がらせを受けているということか! これはもうコトとのことは関係なくてもクルガを潰す必要があるな。
「あっ! パパ勘違いしないで! トアは何もされてないよ!」
トアは俺の考えを読んだのか慌てて否定をしてきた。
「本当か?」
「うん⋯⋯たぶんトアは聖女の称号を持っているから⋯⋯けど友達が嫌なことを言われたり、頑張って良い成績を取っているのに評価されないのを見ているのは辛いの⋯⋯」
そう言ってトアは伏し目がちになり泣きそう表情をする。
トアは人の悪口を言わない娘だ。それでも俺に話してきたということは本人の中で相当許せないことなんだろう。
「それとコトのことも教えてくれないか」
「コト先生のことは噂でしかしらないけど⋯⋯学校の卒業生でもないのに講師をしているのがおかしい⋯⋯理事長先生のコネで入ったんだって⋯⋯」
他の学生達も言っていたけどコトが理事長の知り合いとして講師になっているならコネと取られてもしょうがない⋯⋯だがそれは実力がない場合だ。講師として実績を積んでいればコネで入ったと言われないはず⋯⋯それとも誰かが故意に悪い噂を流し続けているのか?
その時頭に思い浮かんだのはクルガだった。コトを手に入れようとして失敗した腹いせで⋯⋯先程のクルガのやり取りを見ていると想像できることことだな。
「他にも悪口がいっぱい⋯⋯私のお友達はそんなこと言う人はいないけど⋯⋯」
先程の話からしてトアの友達は平民の子達なんだろうな。
そうなるとクルガを筆頭に貴族がコトの悪い噂を流しているのだろうか?
どんな形にせよ何かコトの実力を見せつける機会でもあれば噂を払拭することができるのだが⋯⋯。
「トア⋯⋯教えてくれてありがとう」
俺は泣きそうな顔をしているトアをそっと抱きしめると安心したのかトアはこちらに身体を預けてきた。
そしてトアからコト達の話を聞いてから数分後⋯⋯俺達は帝都の東門までたどり着くと門を出てその先にある平原まで移動する。
「ではこれから2年、3年の合同演習を行う」
クルガが意気揚々と声を上げ、ここにいる全員に語りかけてきた。
「そもそも合同演習は何をするんだ?」
俺は隣にいるトアに聞いてみる。
「え~と⋯⋯去年トアもやったけど死霊を呼び寄せて浄化する授業だったよ」
「死霊を呼び寄せる!!」
どうやって死霊を呼び寄せるか知らないがそんなことをしても大丈夫なのか?
「死霊の笛っていう魔道具を使うんだよ」
「その魔道具は危険な物じゃないのか?」
「以前クルガ先生が言っていたけど使用者が笛に込める魔力によって呼び寄せる死霊の強さが決まるみたい⋯⋯もしパパが死霊の笛を使ったら大変なことになっちゃうね」
そう言ってトアは笑顔を見せているが本当に大丈夫なのか? 俺は不安を抱えながらクルガの動向を注視する。
するとクルガはトゲがついた黒い貝のような笛を口にすると低音の禍々しい音が辺りに響き渡った。
今の音色⋯⋯あの笛から感じる嫌な気配⋯⋯確かに死霊が来てもおかしくない感じだ。
そして数秒後、平原の東側から死霊系の魔物がこちらに向かってくる⋯⋯その数は12匹。
大きな鎌に黒いローブを着たゴースト、骸骨の姿で剣と鎧、盾を装備したスケルトン、青白い光を放ち浮遊する球体ウィルオウィスプ⋯⋯どれも死霊系の魔物だ。
「お、おい⋯⋯本当に魔物が来たよ」
「俺達倒せるのかな」
「だ、大丈夫⋯⋯いざとなったら先生達がなんとかしてくれるよ」
3年生は一度経験しているせいか浮き足立っていないが、2年生は突然現れた魔物に動揺の声を隠せない。
「狼狽えるな! まずはこの私が見本をみせてやろう!」
クルガは余裕の表情を浮かべながら生徒達の前に出る。
「我が内に眠りし聖なる力よ⋯⋯現世に留まる哀れな者を浄化する光となれ⋯⋯
そしてクルガは魔法の詠唱を行いながら右手を魔物に向かってかざすと死霊の軍団に向かって光を解き放つのであった。
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