第14話 娘達の初めての別れ
ラニとの鍛練に娘達も加わって5日程経った頃
レイラさんがシュバイン帝国から10人の護衛を引き連れブルク村に戻ってきた。
翌日にはここを出発するとのことだったので昨日娘達はラニとレイラさんと同じ部屋に泊まり夜を明かしていた。
たった2週間くらいの時間だったが娘達はラニに懐いていたので離れるのが寂しいようだ。
努力するラニの姿は娘達の心に大きく影響を与え、そしてこの別れも大人へと成長する糧になることであろう。
今日はラニがシュバイン帝国へと旅立つため鍛練を中止し、ゆっくり朝食を食べる時間を取った。だがいつもは賑やかなこの場も今日は皆口数が少なく、暗い雰囲気が漂っている。
そして朝食を食べ終わった後、とうとう別れの時が来た。
俺の家の前には豪華な馬車が止まっており、ドアの側にはレイラが、そしてその横には騎士が一糸乱れぬ隊列を組んで並んでいる。
「さあラニ様⋯⋯」
レイラはラニに馬車へ乗るように促す。
ラニはその言葉に従い、一歩⋯⋯一歩と俺達から離れていく。
「ラニお姉ちゃんお家に帰っちゃうの⋯⋯」
トアが別れの寂しさのあまりラニを引き止めるため声を出してしまう。
そしてその様子をトアと同じ様にセレナとミリアも悲しげな目でラニに視線を向けていた。
今まで別れということを経験したことがない娘達にとっては、ラニと一緒にいられなくなることはとても辛いことだろう。
ラニはトアの言葉を聞いてか歩みが止まり、そして振り向き、娘達の元へと駆け寄り抱きしめる。
「セレナちゃん、ミリアちゃん、トアちゃん⋯⋯ありがとう。一緒にいれた2週間⋯⋯とても楽しかった。3人のこと本当の妹みたいに思っていたわ」
どうやらラニの気持ちは娘達と同じで、別れをとても惜しんでいることがわかる。その証拠にラニの目から娘達と同じ⋯⋯いや娘達以上の涙が瞳から溢れていた。
「ラニお姉さん!」
「ラニ姉!」
「ラニお姉ちゃん!」
娘達もラニの涙を見て我慢が出来なくなったのか、泣きながら抱きしめ返している。
そして10秒、20秒と経った頃、ラニは名残惜しそうに娘達を抱きしめていた腕を緩め距離を取った。
「ユクト様、セレナちゃん、ミリアちゃん、トアちゃん⋯⋯やっぱり皆様に本当のことを言わないまま別れたくはありません」
ラニは名前を読み上げた1人1人に視線を向けて語り始める。
「私の⋯⋯私の本当の名前はラフィーニです」
ラフィーニ⋯⋯確か帝国の皇女の名前だ。
まさかとは思っていたがシュバイン帝国の皇女様だったとは。
「ラフィーニ様、ブルク村に来られてからの数々の御無礼、どうかお許し下さい」
ラニのことは呼び捨てにしてしまったし、普通なら不敬罪で殺されてもおかしくない事案だ。
「止めてください! ユクト様は命の恩人ですし、私の武芸の先生でもあります。頭を下げなければならないのは私の方です」
「ラフィーニ様⋯⋯」
「私はラニです。皆様の前ではラニでいさせて下さい」
この2週間見ていてわかっていたことだがラニは俺の知っている横暴な貴族達とはやはり違うようだ。
「そうだよパパ。ラニ姉はラニ姉だよ」
「ミリアちゃんの言うとおりです」
こういう時大人は立場を考えてしまうからダメだな。俺もラニはラフィーニとして扱われたくないことがわかっていたのに。
「ラニ⋯⋯道中気をつけてくれ。次に会った時はちゃんと鍛練していたか確認するからな」
「はい! わかりました! 次にお会いできる時には今以上に強く
「楽しみにしているよ」
だが強くはわかるが綺麗にというのはどういうことだろう? 大人になった自分を見てほしいということか。
「わ、私も強く綺麗になるのでパパはよく見てて下さい」
「ボクは綺麗より可愛いがいいなあ。パパはボクから目を離さないでね」
「トアもラニお姉ちゃんやセレナお姉ちゃんみたいに綺麗に⋯⋯ミリアお姉ちゃんみたいに可愛くなるからパパ見ててね」
最近見られる傾向でラニの真似をする娘達。このような光景もこれから見られなくなると思うと寂しいな。
こうして離れていく馬車からいつまでも手を振るラニを見送り、帝国の皇女様との稀有な生活が終わりを遂げるのであった。
ラニとの別れから2年。
ブルク村は以前と変わらず平穏な時を過ごしていた。娘達も12歳になり鍛練も欠かさず行っている。
セレナには剣、ミリアには攻撃魔法と魔道具作製、トアには回復魔法と支援魔法の才があることがわかった。
以前は3人共体術、魔法など基礎的な内容を教えていたが今はそれぞれの才能に特化した指導を行っている。
「パパ、午後は私と手合わせをお願いしたいのですが⋯⋯今日こそ一本取って見せます」
長女のセレナ⋯⋯背も大きくなり金髪の髪は更に伸びて美しさが増し、身体の体型も以前と比べ丸みを帯びて女の子から女性へと少しづつ変わっていた。
「今日はパパに回復魔法のイメージを教わりたいなあ」
3女のトア⋯⋯銀髪の髪を両サイドに結んだ髪型は変わらない。身長は姉妹の中では1番小さいが胸の部分が娘達の中で1番成長していた。
「2人とも何を言ってるの? 今日はボクがパパに新しい魔法を教わるんだから」
次女のミリア⋯⋯綺麗な黒髪を後ろで束ねたスタイルは変わらず、満面の笑みが似合う素敵な女の子に成長していた。
「ミリアこそ何を言っているのですか。昨日はパパが付きっきりで魔法を教えてくれましたよね? ですから今日は私かトアの番です」
「セレナ姉だって一昨日パパと剣の稽古をしてたよね?」
「それじゃあ今日はトアの番だあ」
「トアは三日前と四日前にパパと回復魔法の練習していたよね」
今日は⋯⋯いや今日も俺が誰を指導しているか娘達が揉めている。
基本ローテーションを組んで教えているのだが、指導していると集中して見ていたい時がある。例えば四日前のトアに新しい魔法を教え、魔法を使える寸前の所まで来ていたので次の日も続けて指導することにした。そしてトアは無事新しい魔法を使えるようになったが代わりに娘達の揉め事が始まってしまった。
だがいつも自分達で話し合い、納得する解決策を出すため俺は黙って娘達の様子を見ている。
「だいたいセレナ姉は最近パパにべったりなんじゃない?」
「べ、別にそんなことないわよ。訓練何だから仕方ないじゃない」
「訓練じゃないよ。ボクとトアが起きるのが遅いのを良いことに、朝パパのベットで寝てるの知ってるんだから」
「なっ!」
冷静なセレナが声を上げ信じられないくらい狼狽えていた。
まあトアは前に比べればマシになったけど相変わらず朝は弱いし、逆にミリアは以前は朝が強かったのに最近は段々と起きるのが遅くなっている。
「今日だって、パパ怖い夢を見たから一緒に寝ていい? って言ってたの知っているよ」
「な、なんのことでしょう。記憶にございませんことよ」
確かにセレナはそんなこと言ってたな。それにしても動揺し過ぎてかセレナの言葉使いがおかしくなっている。
「これを聞いてもそんなこと言っていられる!?」
ミリアが何やら黒くて四角いものを取り出しボタンを押すと音声が流れた。
「パパ怖い夢を見たから一緒に寝ていい?」
「きゃあ!」
セレナが普段出さない声を出し慌ててミリアが持っている黒い物を取り上げる。
これは魔道具か? しかも1度取ったものを再び音声に流すことができるのか?
俺はそんな物思いつきもしなかった。我が娘ながら発想力がすごいな。
「トアも怖い夢を見るときがあるから今度パパとセレナお姉ちゃんと一緒に寝たいなあ」
「そ、そうね」
セレナの顔がひくついてる。長女として父親と寝ることが恥ずかしいと思っているのかな? 別にセレナはまだ12歳だし恥ずかしがることないと思うが。
「ミ~リ~ア⋯⋯あなたはまたしょうもないものを作って~」
セレナは顔は笑っているが目が笑っていなかった。これは相当怒っているな。
「へっへ~凄いでしょ。ボクとしてはセレナ姉の可愛い所も聞けたし満足だよ」
「ミリア!」
セレナが逃げるミリアを追いかける。
だがその追いかけっこはすぐに決着がつきそうだった。
ミリアは身体を動かすのが苦手で逆にセレナは得意だから捕まえるのは時間の問題だろう。
「他にもセレナ姉の可愛い言葉が残ってるから聞かせてあげる」
「待ちなさいミリア!」
ミリアはセレナの怒りに油を注ぎ、捕まる寸前になったその時。
トントン
「ユクトはいませんか?」
突然玄関の扉が叩かれ、誰かが自宅へと入ってくるのであった。
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