四龍の国

青井 真

第1話

 地球と火星の対立が沈静化して十年が経過した。

 十年前に終戦した火星戦争では火星の民、百万人が犠牲となった。だが、戦争というものは犠牲の人数に比例して英雄を望み、そして生む。

 誕生したのが朝霧あさぎり紫雲しうん。紫雲は戦時中に数多の功績を挙げ人々の拠り所となり、最期は自らの命と引き換えに戦争を終わらせた。

 それは確実に民の心に火を点けた。停戦期間中の現在も多くの人間が次の戦争に向けて英気を養い続けており、一致団結したその姿は異様そのもの。それが火星の民の特徴だ。

 そして、戦争において朝霧紫雲と同じように名を広めた兵士が二人。

 冷泉れいせん真空まひろ東雲しののめはる。ようやく十歳に達するかどうかの年齢の子供が大戦後期に活躍し、未来の希望として、今もなお記憶に残っている。

 ちょうど節目のこの年、再び両星の住民を巻き込んだ終わりの見えない大戦が始まる。


◇◇◇


 火星第十二地区。そこは火星軍が運営する学校が密集している地区だ。

 第一から第八まである火星軍学校の中でもエリートが集まる第一学校の演習場では、今まさにそのエリートが戦闘訓練を行なっていた。

 訓練はシミュレーターを使ったもの。戦術機と名付けられた人間拡張型ロボットを駆使した模擬戦闘訓練だ。


「うへっ」


 黒い戦術機が白の機体を薙ぎ倒して演習を終えるブザーが鳴り響く。

 シミュレーター室から出た少年は、気落ちしたままクラスメートが集まる部屋に向かった。

 扉の前に着いた少年は、「はあ」と大きいため息を吐いて自分の体をセンサーに反応させる。教室では対戦相手だった金髪の少年が強面の教官に褒められているところだった。


「流石だ。サザーランド訓練生。変わらず見事であった」

「恐縮です。しかし、相手が相手です。今の実力に満足せず、さらに精進したいと思います」

「ああ。そうしなさい。……。朝霧訓練生」


 怖い顔をさらに怖くして少年を標的にする。


「はい」

「君はいつになったら言われたことをできるようになるんだ」

「すみません」


 少年は俯いて教官の顔を見られなかった。教官だけではない。優秀な軍人見習いが集まる学校でただ一人の落ちこぼれ。他の生徒の顔すら、まともに見られない。特に演習が終わった後は。

 教官の説教が続く前に授業の終了を知らせるチャイム鳴り、少年は気まずい空気から解放された。

 午前の授業が終わった昼休み。少年は、最も人が来ない敷地内の端っこにあるベンチに座って天を仰いでいた。視線の先にあるのはホログラムの空。今日は晴天の設定らしい。


「やっぱここに居たぁ。蒼空あおい

結月ゆづきさん」


 サラサラな黒髪のボブヘアをした女の子が、購買の袋を抱え近寄っている最中だった。

 彼女の姓は姫野。火星軍大佐の養父を持つ家柄も才能も併せ持った将来有望な軍人見習い。おまけに容姿も性格も良いとあって学校中の人気者だ。

 蒼空はそんな彼女がどうして自分のような底辺の人間に構うのか理解に苦しんでいた。ただの興か、根本から変なのか。この一年考えても答えは一向に出る気配がない。

 結月は少年に許可を取るでもなく自然と隣に腰を落とした。仄かに香る香水の匂いと肩が触れそうな近距離から見る美しいその美貌の二重攻撃に心臓が大きく跳ねた。

 少年の制御不能な現象に気づいていないのか、敢えて無視を決め込んでいるのか、結月は袋からパンを取り出して頬張った。


「そう言えば聞いた? 明日から火星軍本部の隊長たちが視察に来るらしいよ」

「そうですか……」

「興味なしですかぁ? 蒼空くん?」


 そっけない少年の反応に、少女は覗き込むように顔を近づける。


「い、いえ。そうではなくて。僕には正直関係ないと言いますか。結月さんにとってはアピールの場でしょうけど。僕は地道に歩兵からやっていこうかなと……。あはは……」


 そっぽを向く蒼空にこれ以上の焚き付けは良くないと判断した少女は姿勢を元に戻した。

 多くの見習いにとって、正規軍の隊長が学校に来るのはこの上ない出世の機会なのだ。目に掛かることなく卒業を迎えれば一番下の階級からスタートだが、ここでスカウトされれば幹部コースに乗れる確率が高く、優等生たちは目の色を変える。

 生徒の中で冷静でいられるのはスカウトされる可能性すらない落ちこぼれと結月レベルの天才のみ。

 火星では一週間の天気が予報ではなく確定情報で発表される。明日の天気が曇りで確定しているように、明日の蒼空も教官に怒られる。

 彼自身、それを良く理解していた。だから学校中がワクワクしていても蒼空の心は、今日も明日も明後日も、曇天模様だ。




 第三地区。マンションや民家が建ち並ぶその地区は、主要な政府機関が集まる第一地区へのアクセスが手軽な理由から、政治家や軍の高官など、星に尽くす政府の人間が多く暮らしている。

 その中で一際目を引くタワーマンションの一室で、欧州と日本の血が混ざった青年は手際良く料理を進めていた。


「ただいまー」

「おかえり。陽」


 リビングに現れたのは、艶やかな黒髪を長く伸ばした日系の少女。ただでさえ目鼻立ちがはっきりとして整った顔立ちに完璧な化粧とネックレス。それにドレスで彩られた彼女は、毎朝毎晩顔を合わせている青年でも魅了された。

 だが、少しだけ陽の機嫌が悪そうなのでドレスに触れるのはやめた。ドレスだけではない。彼女がさっきまで出席していたパーティーにも触れない。触れてしまえば自分が責められると知っているからだ。


「もうすぐ出来るけど食べる? ビーフシチュー」

「いらない。パーティーで食べたし」


 棘のある声音だった。気をつけたのに地雷を踏んだようだ。


「どうだった?」


 一回踏めばもう関係ないとばかりに青年はパーティーの内容に触れた。元々は彼も招待を受けていたが、立場上行かないことにしたのだ。陽の機嫌が良くないのは、彼が行くのを拒んだから。本当は一緒に行きたかったのに立場だけで、楽しめない現実に納得していなかった。


「元気だったよ。最近は体調も良いみたい。来れば良かったのに……。公主さまもきっと真空に会いたかったと思うよ」

「……それはねえよ。俺たちの間には修復できない亀裂が入った。俺が行ったらせっかくの誕生パーティーが台無しだ」

「……やるせないなぁ……」


 陽はソファーに浅く座ってぐったりした。青年は心身ともに疲れている彼女に紅茶を出してあげた。

 陽が出席したパーティーの主役、公主は十年前に軍部の有力者が擁立した火星全土を束ねる天子の娘だ。

 真空も陽も軍ではそれなりの力を持つ立場にある。けれど、天子を擁立した有力者と真空が属する閥は違って、関係も良くない。対して陽はその二つのどちらにも所属しない中立派だ。

 特に青年は要注意人物として警戒されているので、表向き招待されていてもパーティーに出るのは不味かった。

 陽の一言は心の底から出た本音だ。中立がゆえに板挟み状態。真空と一緒にいるのは、幼馴染みだからだ。一個下の弟のような彼を支えるため。苦楽をともにしてきたからこそ、どんな立場に追いやられていても隣にいたいと願っている。


「明日のことだけど、どうするの?」

「明日?」


 キッチンに戻った真空は陽の背中に疑問を投げかけた。明日は特別な用事はなかったはずだ。

 自分の話を聞いてない夫に飽きられる妻のように、陽はため息を吐いた。彼女は腕を背もたれにかけて振り返る。

 その美しい大人な顔の頬は膨れていて、可愛らしさが表れていた。


「学校の視察だよ。他の隊長たちは行くのにうちだけ行かない気?」

「人数足りてるし増やす必要ある?」

「あるよ。若い子育てるのも重要な仕事でしょ」

「若いって俺らより二つ、三つ違うだけじゃん。戦争に人数は必要だけど、勝手に育って俺らの理想に賛同する奴らを集めた方が早いよ。もっと下の年代を育てるんなら話は別だけど」


 真空が正直な考えを口にすると彼女は、私の気持ちを解ってない、と言いたげにムッとした。どうしても可愛さが優ってしまう。


「私が行きたいの。学校行ったことないし、一回行ってみたいの」


 年上なのに稀に出す子供っぽい反応が真空は好きだった。いつもは頼れるお姉さんの陽の可愛い一面が見られるから。


「じゃあ行くか。事務仕事はフランクに任せよ」

「やったぁ」


 たったそれだけで機嫌が直った。


「シャワー浴びて着替えて来れば?」

「そうする。あっ。一緒に入ろ」




 火星軍本部に所属する各隊のトップが第一学校に来校する今日、教官たちが予測していた通り校内は浮き足立っていた。


「聞いたか? アンドリュー。今日、冷泉真空が来るらしいぞ」

「デマじゃねえだろうな」


 金色の髪をセンター分けにした吊り目の少年は大きな瞳をギロリと友人へ動かした。蒼空のような気の弱い子なら怯んだかもしれない威圧感でも、彼と長らく居る少年は何も変わらない。


「デマじゃねえよ。親父が言ってたから」

「チッ。何も聞いてねえぞ」


 アンドリューは小声で悪態を吐いた。友ではなく自身の父に対してだ。


「しょうがないんじゃね? 親父さん、中立派だろ」

「お前んところは冷泉真空と対立してる保守派じゃねえか」

「だからこそだ。近づくなって言われた」


 友人の少年は呆れるように笑った。親の因縁に巻き込まれるのには馴れているが、嫌気が差すのも当たり前になっていた。

 子供だから政治的なことに興味もないし理解もしていない。純粋に憧れの人に会いたいだけだし、チャンスがあるのなら目に留まりたい。

 軍人学校の学生は一様にしてそう思っている。歳の近い英雄の意識に入りたい。仲間になりたいと。

 大人が困惑するほどに子供の憧れは無邪気すぎるのだ。


「おはよう! 蒼空っ」

「おはようございます。結月さん。……何か良い事あったんですか?」


 教室に向かう途中の廊下で、後から来たボブヘアーの少女に捕まった。いつも天真爛漫な女の子だが、今日は妙にテンションが高い。ローテンションが平常運転で、朝は特に暗い蒼空が同じテンションに持って行くのはかなり難しい。


「今日の視察、冷泉真空が来るみたいだよ」

「本当ですか⁉︎」


 晴天の霹靂。その言葉がぴったりなほどに少年は衝撃を受けた。落ちこぼれの彼にとっては正しく殿上人。しかも父親の最期を知る数少ない人物だ。学生とエリート軍人では面会の機会すら巡って来ずに、これからもそれはないと思っていた。


「うちのパパが言ってたから間違いないよ。去年は来なかったからスカウトであの人の部隊に入るのは諦めてたんだけどねー。ちょーチャンスじゃん? 朝から気合い入れて来たよ」


 結月は慎ましい胸の前でガッツポーズを決めた。

 蒼空の心境は複雑だ。真空が視察に来るからではなく、少なからず好意を寄せている女の子が、別の男に夢中だからだ。


「意外です。結月さんはてっきり冷泉蒼空に興味ないかと。というか、お父さんの部隊に入るものだと」

「あの冷泉真空だよ? 色々聞きたいこともあるし、知りたいんだよねぇ」

「何をですか? ————ッ⁉︎」


 そう発したのは間違いだったと蒼空はすぐに気づいた。ほんわかした空気を漂わせる結月から、寒気が走る雰囲気が出るのを感じた。けれど、それは本当に一瞬のことで、周りを歩く同級生は何も感じていない。隣にいる少年だけが、冷たい空気にチクリと刺されていた。


「終戦して十年も経つのに、なんで地球人にもらった名前名乗ってるのか、とか?」

「……なるほど」


 簡素な相槌になった。同級生の知らない一面を垣間見た少年は状況の処理が追いついていなかった。もはや、結月が真空に対して何を聞きたいかなどとどうでも良い。


「蒼空もあの人に会ったら人生変わるかもよ。私らと歳近いのに本部の有力者だし」

「……ですかね。まあ冷泉さんが僕と目を合わせるかも微妙ですけど」


 いつも通りな自分を保つ少女に釣られてか。蒼空も半笑いで自虐を差し込むあたり、ネガティブさを取り戻しつつあった。


「何はともあれ、私も緊張して来たよ」


 はにかんだ結月は、ようやく並の生徒になった。




 毎年、本部からの視察期間中は特別カリキュラムが組まれる。退屈な座学はもちろんあっても、人気の実技授業がメインになるのだ。入隊後に最も必要なのは実践でどれだけ動けるか。各隊長たちの評価基準にしてもらうため、生徒をより正確に見てもらうための措置だ。

 敷地内には十を超えるシミュレーター室があって、生徒たちの訓練模様を一括で監視出来る統括部屋が存在する。さながらNASAの管制室のようだ。

 普段は教師だけが入室を許可されたその部屋には、大勢の隊長たちが一堂に会していた。

 当然、どの隊長たちも学校の教師より地位は上。普段は子供相手に胸を張っている教師でも、彼らの前では少々猫背気味だ。

 大型モニターには分割されたシミュレーター室が映し出されていて椅子に座る隊長たちの手元には個別に様子を見られるタブレットが渡されていた。

 真空は退屈そうに画面をスクロールしていく。特別に目を引く生徒がいない。期待していたわけではないが、これほどまでに魅力を感じないと落胆もする。というか、この養成学校の存在意義を疑わずにはいられない。


「なあ陽? 良い奴居た?」

「うーん。まあ?」


 これは居ない時の返事だ。画面から目を離さないので横顔しか見れないが、曖昧な返しは間違いなく期待外れで気落ちしている自分を隠すためだ。

 帰りてぇ、と心の底から思っているとたまたま画面の端っこに吸い寄せられた。

 サラサラ髪のボブヘアーをした女の子が搭乗席に乗るところだ。ボディースーツは身体のラインをはっきりと表し、未発達ながらも男の眼を惹く容姿に真空だけでなく、彼女に気づいた多くの男性隊長が釘付けになった。

 真空が少女に惹きつけられていると右頬に手が添えられて横を見る間も無く、思いっきりつねられた。


「こらこら、何を年下の女の子に欲情してんだ」

「いててて。ちげえって! まじで離してっ」


 陽は目を細めて明らかに疑っていても、一応頬は解放してくれた。頬を摩る真空は少し涙目だった。どれだけ本気でつねられていたのか。


「じゃあなんで見てたのかな?」

「別に良いだろ?」

「はい?」

「……」


 笑顔で答えを求める陽の裏に阿修羅の形相を垣間見た気がして言葉が出なかった。


「……あれ、姫野東郷の娘……」


 なんとか引っ張り出した事実。姫野は真空と敵対する男の一人。その娘が出てきて凝視するのはある意味自然だ。


「あの子が? 姫野大佐の? ……てか————」

「ちげえよ。それはない」


 陽の言葉を遮った真空は、鋭い眼光でそれ以上は喋るなと厳命する。この場で口にしていいことじゃないと。


「わかってるよ。みなまでは言わない。でも真空も解ってる? あの子は敵にしかならないよ」

「ちゃんと話せば分かり合えるよ。俺たちの間にある溝は埋めようと思えば埋められる。荒療治が必要な段階に踏み込んでるけどな」


 納得していない陽を無視してタブレットで結月の模擬戦闘を見届けた。

 才能はピカイチ。明らかに世代最高の才能を持っている。問題は多くないが巨大だ。

 神の手を持つ外科医でも取り除くのが厄介な腫瘍、それよりも厄介な問題さえなければ是非とも部下にしたい逸材だ。


 命懸けの交渉でもやってみるかな。


 真空はタブレットを椅子の上に置いて部屋を後にした。結月を見つけた以上、他の学生に興味はない。十人の将来有望な学生を誘うより、一人の即戦力を手に入れる。

 退屈だった心は爛々としていた。


 全ての授業が終わり学生は浮き足立っていた。満足に行った者も不出来な結果になった者も隊長たちにどう評価されたのか、今すぐにでも知りたいとソワソワしている。

 残念ながら結果は公表されるわけではなく、スカウトされるかされないかの差でしかわからない。声をかけられるのは当日だったり一年後だったりするが、当日に声をかけられれば間違いなく期待されていると言っていい。

 蒼空は結月と彼女の友達と一緒に生徒玄関から寮に向かっていた。全員女の子の中に男一人。傍から見ればハーレム状態のウハウハ状態だが、蒼空は結月以外の女子に耐性がない。

 女の子側は蒼空を男として見ていないのでフランクに来るが少年はおどおどしてばかりだ。

 そんな女子たちが不意に立ち止まって頬が一気に朱に染まった。目の前にはハーフ顔の美青年。彼の横には女性憧れの顔を持つ美女。周りを歩いていた生徒も流石に気づいていろめき立っていた。ただ一人、結月を除いては。


「初めまして。姫野さん。冷泉真空と言います。ちょっと話したいんだけど時間もらえる?」

「はい……」


 かなり柔和な態度で接して来た相手の誘いを断れるはずもなく、厳かな顔のまま結月は承諾した。友たちは興奮して少女の背を押すが、蒼空には不思議でしょうがなかった。

 朝は真空からスカウトを受けたいと熱望していたのに、一日も経たずして彼を受け入れていないように見える。昼間に蒼空の知らないところで何かがあったのか。それとも朝の異様な反応が彼女にそうさせているのか。少年には判断出来ない。

 出来るのはただ状況を見送るのみ。

 蒼空は浮かない表情で三人が消えるのを見届けた。一度も視線を向けられず興味を持たれなかったことについて、特に思うことはなかった。


 学校の敷地から出た三人は公園に入った。ベンチに結月を座らせた真空は缶コーヒーを渡した。


「まあ、察してるとは思うけど俺の部隊に入る気はある?」

「単刀直入ですね。……私にメリットありますか?」

「言わなくてもわかるでしょ?」


 陽が彼女にしては割と冷淡に告げると結月も冷めた目で見返した。三歳ほどしか変わらないとは言え、長らく戦場を経験した陽の瞳を喧嘩を売るように見られる女の子はそうそういないだろう。

 真空は陽の無愛想な態度に内心驚いていた。基本的に誰に対しても温和な彼女は初対面の結月に関してはそれが皆無だった。彼女の中での葛藤が真空にも窺えた。


「ですね。でも、それを解ってて誘うって馬鹿じゃないんですか?」

「それでも欲しいってことだ。それに利害は一致するはずだ。乗るかそるか、選ぶのはお前だ。姫野結月」

「私がどうしたいかであなたの命運を決めて良いんですか?」


 無言でも真剣な眼差しが答えていた。

 他人に運命を託すわけではない。けれど、お前が欲しい。

 その熱い想いだけは明確に伝わった。


「どうなっても私を恨まないでくださいね。東雲陽さん。……それでは、また会いましょう。冷泉真空」


 少女はもらったコーヒーを開けもせずにベンチに置いて立ち去った。

 重いため息を吐いた陽は憂鬱そうだった。


「本当に大丈夫なの?」

「俺とあいつは似てるからな。なんとかなんだろ」

「だと、良いけど」


 陽は最悪の事態を想像せずにはいられなかった。結月に殺される真空を、抱き抱える自分が鮮明に容易く想像出来た。

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