ガンシンカー・ガールズ

-N-

ガンシンカー・ガールズ




『ドレセ・ド・サーカフの重装はいまだ健在っ』

『対するチャレンジャー、サクラストライカー猛攻するも決定打に欠け、スラスター量も残りわずかっ』


 翔べることもかなわなくなって辛いだろうに。俺はテレビ中継を消そうかとリモコンに手を伸ばしたが、小さな白い手――妹がすっと奪って布団の中に隠してしまった。

「兄さん、サクラさん……はやいですね」

 ベッドから食い入るようにテレビを見つめる妹、エレカの口が、珍しく、他のガンシンカー・ガールを褒めていた。

 はやい――。

「デビュー戦で、それも指揮者無しで、あんなに舞える子、はじめて見た」


 淡泊に染め上がった個室、薄緑がかった白の瞳が、彼女の挙動一つ一つを捉えて放さない。


『定石通りの不動ドレセっ、堂々たる立ち振る舞いにルーキーのサクラストライカーやはり刃が立たないかっ』

『――サクラストライカーも持ち前の速さでゲームメイクしてきましたが、ここからは彼女自身のセンスが問われるでしょうね』

『近接防空をくぐり抜け、分厚い装甲の間を貫くためだけの、一瞬の筋道を見つけるセンスが』

『ラストワンチャンスです――』

『ここでかなたに遠のいたサクラストライカー、超低空で再突入してきたっ』

『ドレセ・ド・サーカフ、迎撃用ミサイルを射出、全弾射出っ、ものすごい数だっ』

『ストライカーへの着弾予測を表示します。あと5、4、3――装甲パージですっ、ストライカー、フレアの展開と同時に装甲をパージっ!!』


 全身装甲は、焼け付く火炎の幾つと共に上空に飛翔し、防衛能力を失った裸同然の彼女がミサイル群へ突っ込んでいく。

 だがドレセの迎撃ミサイルも欺瞞用フレアと装甲にあざむかれ、空中高く、連鎖的に大きな爆発を起こし。

 その下、地面と一メートルもないような超低高度を、自分の長髪を置き去りにしながら、サクラストライカーが――


『抜けてきたっ、サクラストライカー抜けてきたッ! 桜たなびくサクラストライカーッ!!』

『速いッ、速いぞサクラストライカー! 時速300キロを超えてきたッ』

『――パージで余分なスラスター消費をカットし、その分を加速に回す』

『ドレセとは対極の、なりふり構わぬ、素晴らしいスピードです――』

『ドレセの顔にも緊張が走りますっ、両者直接視認距離まで入りましたっ、近接防空用の速射砲四門全てがスタンバイっ』


 ドレセ・ド・サーカフ。

 自身は動かず、圧倒的な数量迎撃手段によってHPをそぎ落とす戦法を取るガンシンカー・ガール。

 言わずもがな彼女の速射砲も近接信管砲弾をベースにしたガンシンカー迎撃用カスタムであり、接近する目標に撃ち込むにはすこぶる相性がいい。サクラストライカーはこれをどう切り抜け――

「兄さん、来ますよ」


『サクラストライカーも最後のウェポンラックを開放っ、ミサイルを射出しますっ』

『ターゲットは……ドレセではなく、廃墟ビルだっ、ドレセ速射砲ライン上の廃墟ビルを倒壊して射線を塞ぎましたっ』

『速射砲弾の全てがビルに当たって破砕しますっ』

『ドレセ、この試合はじめて場を動きますっ』

『――ストライカーのスラスター量はわずか、ドレセ側はこのまま逃げ切りを図る方向に転換しましたね』

『ただドレセは分厚い装甲によって加速が伸び悩む選手です。牽制射で時間を稼げるか――』

『そうですか……ああっとサクラストライカー、ビルに激突ッ!』

『もうもうとした瓦礫の煙が続いて……いやっ、カメラがストライカーを再捕捉しますッ! 両手にエクシオンブレードッ!!』


 ブレードでビルを貫き、灰煙を拭い去っていくサクラストライカー。

 腰の左右そして背骨から上下に出るような形で二基四発取り付けられたブースター。それが微調整を繰り返しつつも、指向性のある速度を出すために最大限まで絞られ続けている。

 ……確かに。速度を出すためのスラスターパワーの配分は見て分かる位には出力バランスが悪く、障害物の多い低空域を高速で移動する難しさも相まってか、姿勢制御に苦労させられているようだ。挙動の細かい甘さがみえる。

 だが、彼女のそれは、ルーキーに甘んじるスペックにとどまっている――というわけではないようだ。俺もつい口が動いてしまう。

「状況判断のセンスはいいな。射線の見通しが利くドレセの地の利をつぶして動かした」

 装甲と迎撃手段に全振りしたドレセ・ド・サーカフは、防御こそ攻撃を軸とするガンシンカー・ガールだ。撃たれる事を前提として、自分が要塞のごとく耐え、反撃しやすい位置に陣取る。だから彼女がいる場所は必然的に彼女にとっての絶好位置となる。

「偶然かもしれませんよ」

 そのポジションをいかに保つか潰されるか。それこそがドレセ戦におけるイニシアチブであり、

「だとしたら、相当のセンスがあるか、突っ込むだけの大馬鹿野郎ってことだな」

 試合を決定づける要素、たりえるだろう。

「兄さん、すっかり試合に夢中ですね」

 あっ……。


『ドレセ反撃しつつ後退しますがストライカーはものともしないッ! 倒壊したビルをぶった切って迫る迫るッ!!』

『――ドレセ側最後の防衛戦術、近接防空システムも、この街の有様では機能不全でしょう』

『後は彼女自慢の重装甲とストライカーブレード、守りきるか貫くかの真っ向勝負です――』


 いや、貫かれるだろう。エクシオンブレードの出力は十二分にある。サクラストライカーの両手で勝つまでは絶対に放さないとばかりに握られたそれを見て確信した。

 エクシオンブレードは、エクシオン粒子の特殊な振る舞いによって質量と運動エネルギーが反比例的に増減し、質量とエネルギーとの差が生み出す凹凸が、のこぎり刃のように物体を破壊する近接武器。エクシオン粒子によって形成されるブレードは高威力だが、運動エネルギーがなくなれば質量が増え、ブレードとして扱いきれずに形成崩壊してしまう。余力少ないサクラストライカーにとってはまさしく身を削るに等しい装備。

 だがしかしドレセを破るにはもっとも有効で唯一の手段、まさに諸刃の剣だ。

 最後の力を振り絞ったブレードはビルを何度も貫き抜いてもなお煌々とした閃緑色で、あの出力……間違いなく一撃でドレセの装甲を持って行けるだけのパワーがあるだろう。当たればドレセの、負けだ。

 ドレセの数倍速度で迫るストライカー。汗を吹き出すドレセ。全身を覆わんばかりの装甲盾を構え直し――

 ストライカーが、絶叫しながら突っ込んで――

 突っ込んで――


 ――背中のスラスターがぼっと燃え尽きた。


『なんとサクラストライカーッ、最後の最後でスラスター切れっ』

『動揺しながらもドレセ、動きの止まったサクラストライカーに近接防空砲をたたき込み、ゲームセットですっ』

『なんという……あっけない幕切れでしょうかっ。ご覧頂きましたように、ドレセ・ド・サーカフ対サクラストライカーの対戦はドレセ・ド・サーカフの勝利となりました。それでは、払い戻しの発表を行います。お手持ちのチケットをいま一度ご確認ください……』


 瓦礫の山に顔から突っ込んで転がって、沈んだサクラストライカー。

 試合はあっけなく終わった。




// 二時間後 //




 見舞いを終えた俺は、駅直通のターミナルバスに乗り込んだ。見晴らしのよい病院の丘を下るルートからは、旧世界の遺物――向こう数百年は人間が住めないであろう、高放射線汚染区域が見えた。夕日をバックにかげっている、点在した枯れ木みたいなビルが、遠くでまた一つ、足元から崩れ落ちた。

 そんな日常を眺めながら、自然と我が妹、別れ際の病室で交わしたエレカとの話が、心の内側で反芻はんすうしていた。


『兄さん』

『なんだ』

『私は――幸せな選手生命を送ることができました』

『……何を言ってるのか分からないが。また……また治れば飛べ――』

『私も元トップクラスのガンシンカー・ガールです。自分の体ではもう一度、空を飛ぶことすら極めて困難だって、分かっています』

『…………』

『幸い、パワーユニット系統は残っています。誰かを喜ばせるために戦い、傷つき、栄光か撃墜かの二択しかない選手ではなく、人間には厳しい力仕事や困難な環境での作業をするといった「普通のガンシンカー・ガール」のように生きていくことはできます。実際、私が「ダメにした元選手」たちもその道に行くことが多かったですし。……まさか、自分の身にも降り注ぐとは思っていませんでしたが』


 永遠に飛べると思っていました。永遠に戦えると思っていました。

 つぶやいた彼女の両目から、人間とガンシンカー・ガールの見分けがつかないほど、透明な液体が、流れだした。


 ――どこか悲しげなビルの光景と、彼女の思いとが、交わる感覚を覚えた。


 元々、ガンシンカー・ガールは、旧世界の戦争遂行のために生み出された機械生命体である。彼女たちは命令によって、多くの人を殺すために作り出された存在った。

 やがて核報復の末に旧世界が滅び去り、取り残された彼女たちと人間とは、手を取り合って共に文明をもう一度復興した。疲れ知らずの機械の体でできた彼女たちは、人間には困難な仕事を引き受ける今の社会の下支えとなって、かつての殺人兵器だった彼女たちはそうして人間同等の社会的地位と権利を確約されることとなった。

 でも、彼女たちは元々が兵器であった。無人工場から生産される彼女たちの中には本能レベルで戦いを望む個体もいたし、はけ口を求めて問題を引き起こすこともあった。

 そうして生まれたのが、アリーナバトル。闘技場のように、互いに互いを潰し合うための、彼女たちに与えられた競技。壊す予定だった旧世界の廃墟を舞台として、彼女たち同士が命の限り殴り合い、それをみんなが応援したり、賭けをする。

 エレカは、そんなアリーナバトルの中でも最上位に君臨する選手の一人だった。事実、被撃墜回数はたったの二回で、墜とした敵の数は両手両足が何本あっても足りないほど。闘技場の女神同然である彼女の対戦はいつも大盛況だった。

 彼女は戦うことが好きな、ガンシンカー・ガールだった。それはもう、本当に……。


『兄さん、お願いがあります』

『……なんだ、そんな、改まって』

『次の子を担当するときも、私みたいに、大切にしてあげてください。兄さんは、女の子の幸せを第一に考えてくださる人ですから。私にはもう、もったいないです――』


 無言で窓の外を見続けている、自分の涙に、気がついた。一番つらいのはエレカだろうに、俺もなぜだか、感情が止まらなくなっていた。


 ――その時、あの廃墟ビルの合間から、幾つかの閃光が生まれた。

 それは煙を巻きながら、次第に大きく強くなって、こっちへ向かってくる――


「ミサイル!?」


 気がついた時にはもう遅かった。一つが道路に直撃し、バスが転がった。




 次に気がついた時には、バスはそれはもう悲惨散々たる状態だった。バスは完全にひっくり返っていて、ガラス片はエアバッグやらシートやら、いたるところに突き刺さっていた。乗客の中にはうめき声を上げている人もいる。俺も額から血が流れていたものの、この状況下では奇跡的に、かすり傷で済んでいた。

 助けを呼ばなければ。焦げ臭さから抜け出すように、バスの天井に足を付けて、しゃがみ、割れた窓から脱出した。

 何度となく咳き込んで、片手で頭を抑えながらバスを振り返る。

 あの時襲ってきたのは……間違いなくガンシンカー・ガールが一般に使用する武装だった。だけど、彼女達が民間人を襲うなんて、ありえない事だった。確かに過去、彼女達の闘争本能と呼ぶべきプログラムが問題を起こしたことがあったが、それはもう俺たちが生まれる前の、彼女達が戦闘発散することの出来なかった、本当にもっと昔の話だ。今では解消する手段も幾つだって生まれているし、そもそも強固な識別機能も働いているおかげで、民間人に誤爆することなんて、万一にもなくなっていた。

 はずだ。


「だけどあれは……ミサイル、だったよな?」


「そうです」


 スラスターエンジンの高周波音が、支配した。

 バスの上に、闇夜みたいに静かな色の、ガンシンカー・ガールが、立っていた。


「お迎えに上がりました、マイマスター」

「君は……? 君が、こんなことを!?」

「はい。私たちは、『ドーンブレイカー』。ガンシンカー・ガールズのために世界と戦う、解放者テロリストです。世界有数のガンシンカー・ガール、エレカ・ブライトの指揮者、ユウキ・ブライト様。私たちのマスターになっていただきたく、参った次第でございます」




 // ?時間後 //




 いかにもおあつらえ向きと言った場所。俺はあの場所から連れ去られ、どこかとも分からぬ暗室の中で、俺はドーンブレイカーと名乗ったテロリストたちから、拷問に等しい仕打ちを受けていた。


「何度言ったら折れてくれんだ? アタシたちは指揮者がいるだけで大きく戦いの幅が広がるようにできてる。何倍だって強くなれる。あのエレカ・ブライトの指揮者なら、アタシらをもっと、もっと上手く翔ばすことができる。そんなアンタが協力さえしてくれればっ! アタシらは戦いのための世界を創ることができる!!」

「…………」

「何とか言えッてんだ!!」


 椅子に座る俺の下腹部に、女の拳が入る。頭の奥底まで、鈍痛がぐりぐり入ってくる。俺はこれで八回目の嘔吐を繰り返すハメとなった。もう、口から吐くものも何もないってのに。


「説得の進捗は」


 あの黒い少女が入室する。俺を殴る、ブラック&オレンジカラーリングの少女が彼女に一瞥して、まだ吐き気収まらぬ俺の額に足裏を押しつける。そうして俺は無理やり顔を上げられた状態になった。


「分かってんだろボス。普通の人間にしては中々しぶといぜ」

「マスターは丁重に扱いなさい、ヘイゼン」

「……これでも手加減してやってんだぜ。殺さないので手一杯だ」

「そういうことではありません」


 ――これは、事実だ。ガンシンカー・ガールは人間よりもはるかに力が強く、その気がなくても人間などひと思いにやってしまえる。人間に対する拷問だって、人間を知り尽くした人間でさえ難しいのだから、彼女達のそれは、一個何かがずれただけでも死んでしまう可能性さえあった。

 ……こんな状況でも、頭は回るもんだな。彼女達の計画にもっとも大事であろう頭にだけは一発も受けていなかったからかもしれない。


「ユウキ様。マスター。なぜ、私たちを拒絶するのですか?」

「…………っは」


 彼女の目をにらみつけるように、できる限り、強い意志で、告げる。


「エレカと、約束したんだ。俺は次に担当する子も、エレカみたいに、幸せに……次に俺が幸せにするのは、エレカみたいに、翔ぶことが好きな子にするって」

「それを私たちに向けてはいただけ――」

「君たちは、殺りくが好きなんだろう? むごたらしい、この世界を新しい方向に、ねじ曲げてしまうような」

「そのための夜明の解放者ドーンブレイカーです」


 黒の少女は笑って、


「私たちはただのテロリストではありません。私たちは戦いたいのです。自らの力を振りかざし、決まりを、制限を、気に入らぬもの全てを壊し、出来上がった死体の上でただ叫びを上げたいだけの、ガンシンカー・ガールの集合体」


 狂ったセリフを吐いた。


「アリーナで満足できる子などこのドーンブレイカーには一人として存在しません。皆、輝かしき旧世界の炎に魅入られた、夜の踊り子たちです」

「戦闘狂が……」

「お褒め頂きありがとうございます。しかし……」


 黒の少女は女――ヘイゼンと名乗った女を一瞥いちべつして、


「どうやら私たちの目的を分かって頂けないようです。いえ、無理はありません。暴力的な手腕に訴え、それでも信念を曲げぬのです。私たちの刃が砕けないのと同様に、マスターの意志も変わることがない」

「そうだ」

「ならば、少し頭をいじくらせていただきます」


 !?


「あら、顔がこわばりましたね?」

「――そんなことはない」

「ふふふ、男の方のその表情にはそそられるものがあります」


 彼女はヘイゼンに「アレを」と指図して、俺の椅子の周りをうろつきはじめた。


「ヘイゼンはよく顔を殴らずにいてくれた。そのおかげで頭へのダメージは最小限で済みました」

「何をするつもりだ」

「……麻薬を」


 その言葉の重みに冷や汗がぶわっとあふれ出した。

 テロリスト共め。本気だ。


「正確にはバイオナノマシンですわ。脳の快楽中枢に作用します。私たちの指示に従っている限りは幸福でいられますが、いざ電源を切ってしまえば……おわかりですね」

「そんなことして、ガンシンカー・ガールと指揮者コンダクターの絆なんて――」

「ええ。そうです。それは致し方ない犠牲といたしましょう」


 少女は出した舌で指先を一舐めした。そしてその指で、俺の唇に押し当てる。

 人肌並の唾液の温度が伝わる。


「確かに絆は得られぬものになりますが、服従という形でも私たちの関係は成り立ちます。あなたは禁断症状と快楽のために私たちを指揮し、そして私たちは幸せを得る。この関係に、私たちは何の不満がありますでしょうか」

「持ってきたぜ、ナイト・クイーン」


 注射器を持ってきたヘイゼン。それを受け取るナイト・クイーン。

 二人は俺に向き直って、最後の問いかけをする。


「もう一度問います。私たちのマスターになっていただけませんか?」

「…………」

「沈黙は肯定とみなします」

「――お断りだ。薬漬けになっても、人殺しの手助けなんて、するもんか」

「そうですか。……残念です」


 ナイト・クイーンは俺の首筋をさすると注射器の先端をそこに当てた。

 ガタガタと震える俺。どうしようもない怖さと、エレカへの申し訳なさと、人生の終わりに――




 どがああああん!!




「何事ですの!?」

「エレカだ! エレカ・ブライトだッ!!」

「そんなバカな!?」


 飛び込んできたドーンブレイカーの子がエレカの到来を告げる。

 俺も声を上げる。あの子が飛べるわけがない!

 そんなの嘘だ!


「それは……本当なのですか」

「それと妙に元気なガンシンカー・ガールがいるが間違いない、エレカが乗り込んできた! 前衛が全員ものの数秒でノックダウンさせられた!!」

「は、はは……!」


 エレカ……エレカ……助けに来てくれたんだな。




 // 同時刻 //




「ルーキー、スラスター量を削りなさい。フルスロットルは過剰です」

「でもこの方が気持ちいいですよっ」

「気持ちいいとか、そういう問題ではありません、サクラストライカー」


 アリーナバトルを知っている人間ならば目を疑う光景が広がっていた。

 かつては軽武装で戦場を飛び回っていた妖精「エレカ・ブライト」と、新米であるはずの「サクラストライカー」が、共闘している。サクラストライカーは試合と変わらぬ、同じ姿であるが、エレカはスラスター機能をほとんど切った、超重量級武装に身を包んでおり、高速で動き回るサクラストライカーに火力支援を行っている。


「うぉあああああああッ!!」


 一機がエレカに向かってエクシオンブレードを掲げながら突っ込んでくる。目の焦点はエレカの先を見ているかのようで、まるで合っていない。


「殺します」


 巨大三砲門が開く。高質量弾丸が間髪入れず音を切る。ダダダン!!

 一射が顔面に、残りの弾丸二つは胴体にねじ切り刺さって、破砕した。強力な砲撃を受けてエクシオンブレードは形状崩壊し、対象も崩れ落ちた。

 エレカはそこで止まらない。スタンバイさせていた対空フラック砲をポンポンポンと発射し、サクラストライカーが追撃する敵の目を欺いた。


「ちょわあああああああっ!!」


 サクラストライカーのスラスター任せのキックが腹にぶち当たる。腹部がぐにゃっと変形したかと思うと、とんでもない速度で敵が吹っ飛んでいく。そして地面にたたき落とされて、沈黙した。


「有象無象は殲滅完了です。感謝します、サクラストライカー」

「任せてください!」

「……さて、そこの黒いのたち。兄さんを返してもらっても構いませんか」


 二人の前に、まだまだ多数のドーンブレイカーたち、そしてヘイゼンとナイト・クイーンが現れる。


「エレカ・ブライト……」

「アタシたちの計画を台無しにしてタダで済むと思ってんのか! あァ!? そうやすやすとあの野郎を返す訳には――」

「――弱いイヌほどよく吠える」

「ひっ」


 味方のサクラストライカーでさえおののくほどの、おぞましい勢いで、エレカの全武装が前面投射の構えを見せたのが分かった。

 ロックオン武器も直接照準武器も、その全てがヘイゼンの額ただ一点に狙いを定めた。いや、それだけならばこの場にいる全員にだってできる。エレカは自身の照準能力をもって、おのおの一人の額に狙いを定めてから、改めてヘイゼンの額に全て、集中したのだった。

 これはエレカが宣言する「全員を相手取って殺すことなど造作でもない」という表現だった。


「私はこの答えのみで応じます。殺されますか。返しますか」

「このやろ――」

「返しましょう」


 殴りかかろうと武装をスタンバイさせるヘイゼンを手で制し、ナイト・クイーンが応じた。


「でもよ、ナイト・クイーン!」

「私の目的はいたずらに同胞を散らせるものではありません。確かに、不本意ではありますが」


 ナイト・クイーンは一歩、二歩三歩と歩いてエレカたちに歩み寄った。

 そしてエレカの耳元でこうささやいた。


「あなたの兄さんは無事です。私たちの理想のために折れては下さらなかった。しかし……今後というのは保証いたしません。二つの意味を込めて。お分かりですね、エレカ・ブライト」

「次に会いましたら殺します。さっさと失せなさい」


 両者、目をたがわせ、そしてナイト・クイーンは撤退を宣言したのだった。



 // 三日後 //


 俺はこの日、アリーナに訪れていた。

 エレカの件で、もう来ることはないだろうとまで思っていただけに、見慣れた景色もだいぶ新鮮になったようだった。賑やかなアリーナの入り口で、いつもなら感じない熱気というのを覚えた。

 でも今日は試合を見に来た訳じゃない。関係者以外立ち入り禁止の押し扉を開けて、廊下を歩き、そして扉をノックした。

 こんこんこん……。


『控え室:サクラストライカー』


「サクラストライカー。俺だ。ユウキ・ブライトだ」


 そうすると中からごっちゃんがちゃん――慌ただしい雰囲気が伝わってきた。どうやら取り込み中を邪魔してしまったようだ。……試合前の座禅でもしてたのか?


「すみませんお待たせしましたっ」


 扉が開いて、武装展開前のサクラストライカーが出てきてくれた。


「えと……取り込み中だったら悪かったよ」

「いいえとんでもありません! ただ、あー、控え室はちょっと散らかっておりまして」


 散らかる? 一体何をしていたんだ。

 と、詮索するのはよそう。今日は彼女にお礼をしにきたんだ。


「この前はありがとう。病院で二日は絶対安静って言われてさ、お礼を言うのが遅くなった」

「そんな、とんでもないですっ。パトロール中に偶然通りかかっただけですから」


 そう、サクラストライカーはアリーナファイターであると同時に、現職のパトローラーでもあった。旧世界の自律兵器工場は、ときたま暴走兵器を生み出してしまうことがある。大抵はもれなく討伐されるのだが、万が一、街に襲ってくることもあって、事態に備えて、彼女達ガンシンカー・ガールズは街をパトロールしてくれている。

 例の事件は、エレカが俺の危険を察知して飛び出したところをサクラストライカーに発見され、飛べないエレカを持ち上げて飛んできてくれたのだ。


「でも、妹も助けてくれたし、何かお礼をしたいと思ってさ。もし君が良ければ――」


 ――この試合、指揮を執らせてくれないか。

 俺は力強く、彼女の手を取って、言った。

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