感染症が大流行なのに職場のバB……お姉さまがたが集団で帰ろうとしていますタスケテ!!

kayako

前編

 新型感染症が我が国に上陸して、早くも1年半。

 世界は変わってしまった。私たちの日常も変わってしまった。

 夏でもマスクを装着しての外出は勿論、自宅に帰れば最初にやることは手洗いうがいは当たり前。そして着ていた衣服は即洗濯してシャワーを浴びる。

 私の職場も当然、感染症が流行り始めた頃から対策していた――

 はず、なのだが。



 会社からの帰り道。駅までほぼ一本道の真っすぐな道路上で――

 眼前の信じがたい光景を睨みながら、私は内心絶叫する。



 何で。

 何で、なんっっっで、どうして!?!

 お前らは!!!

 この状況下でも、そこまで群れようとするんだぁあああぁあああぁ!!??



 ********



 私は群空むれから羽成はなれ。現在、派遣でデータ入力の仕事をしている。

 トシは……アラサーとだけ言っておこう。

 大の苦手な電話対応が全くなく、データ入力さえ正確に迅速にやればいいというだけの一見簡単なお仕事だが、それでも7時間フルでの入力作業はそこそこキツイものだ。

 正確に迅速にというのが地味にストレスなんだよね。ブラック企業で正社員勤めしてた頃に比べたら天国ではあるけど。



 ただ……この職場。

 私と同じような、データ入力専門の派遣社員が10名以上勤務しているのだけど。

 圧倒的に女性が多い。それも殆どが、40代後半超のおb……お姉さまがただ。

 彼女たちは業務中こそ殆ど問題を起こさないが、問題は業務外。



 感染症が流行る以前は、私含めた派遣女子全員、社食に集まってランチするのが暗黙の了解。

 休憩時間は休憩室に居座り、規定の時間超えても長々とお喋りするのは当たり前。

 ミーティングがあれば集団で移動して固まって着席するのが当然。

 そして勿論――帰る時も必ず一緒。



 元々他人と群れるのが大の苦手な私にとっては、仕事そのものよりもこっちの方が拷問だった。

 勿論、同じ職場の人間と話すのはメリットもある。マニュアルだけでは分からない、仕事に関する情報交換も出来るし、誰かが辞めそうだという情報もいち早く掴むことが可能だ。

 何より、嫌な目に遭えば愚痴ることも出来る。

 ――しかし、私にとってのメリットと言えばそれぐらい。


 子供や旦那の話をされても、独身の私には分からない上興味もないし。

 ペットの話をされても、私のアパートはペット禁止だし。

 園芸の話をされても、私は小学校でアサガオを腐らせて以来植物を育てたことがない。

 ドラマの話されても、テレビすら最近全然見ないから浦島太郎だ。見るのは推しのVtoberのゲーム実況ぐらいだけど、一度恐る恐る話題に出したら

『あー、ウチの息子も夢中になってて困ってるのよー♪ 二十歳とっくに超えてるのに、幾つになっても子供ねー♪』だってさ。

 すいませんね三十路超えてても夢中なガキで。



 そんな感じだったから――

 感染症の流行をきっかけに職場のこの奇妙な風習が見直されたのは、不幸中の幸いと言っても過言ではない。少なくとも私にとっては。

 昼食を一人で食べても、変な目で見られなくなったのは本当に良かった。



 ただ、このB……お姉さまがた。

 群れるのをやめないのである。

 医療崩壊が起こっても。

 日々何千人という単位で感染者数が爆増しても。

 例え緊急事態宣言がなされたところで――

 群れるのを やめないのである!!



 会社から強く言われている為か。また、正社員も大勢いる為か。

 社食ではさすがに皆離れて食べるようになった。それでもまだ2、3名、決して離れずべったりくっついているお姉さまがたもいらっしゃるが。

 問題は、会社の目がそこまで届いていない時。

 主に休憩時間と、帰宅時だ。

 休憩時間はまだいい。彼女たちが群れる休憩室やトイレを避け、ロッカールームでスマホを弄っていればいいから。

 最大の鬼門は――帰宅時!!



 駅から職場までは300メートルほどの、ほぼ一本道。

 基本的に皆同じ仕事をしているから、残業の有無に関わらず、帰宅時は皆同じルートで一斉に帰ることになる。

 従って――意図的に帰宅時刻をずらさない限り、どうやってもお姉さまがたと一緒に帰ることになってしまうのだ。

 お姉さまがたは何があっても、それが当然のように集団でエレベーターに乗り、そして10人以上の集団となってわいわい楽しくお喋りしながら、普通に歩くより遥かに遅い速度でトロトロと駅へ向かう。

 誰かが『一緒に帰りましょ♪』と言いだすわけでもなく、しかしそれが絶対的なルールであるかのように。

 そう、何があっても。

 例え、感染症が大爆発していようとも。

 例え、その光景が周辺住民にどれだけ奇異に映ろうともだ。



 お姉さまがたはベテランばかりで、入って数年の私はまだまだ新入り扱い。

 勿論、彼女たちに強く言える立場ではないし――

 そして、『一緒に帰りましょ♪』という無言の圧を引っ繰り返せるほどの度胸もない。

 同僚の中にもほんの数名、きちんと集団から離れて行動している良識のある人はいる。家族や友人が一度でも感染した人や医療関係者が身近にいる人などはやはり、きちんと他者との距離を取り、決して集団では行動しない。

 いかにこの感染症が恐ろしいか、語らずともその行動が教えてくれている。

 だがそれが出来るのは、その人がある程度の発言力と経験を持つ人だから。

 私のようなぺーぺーでは……圧に流されてしまう。

『一緒に帰りましょ♪』の、笑顔の圧に。




 無言の圧に負けて、通常時は私も週に3日ぐらい、その集団と一緒に帰宅していた。

 あとの2日をどうしているかというと、友達とメールをするからなどという理由をつけてロッカールームで時間を潰し、彼女らが射程圏外まで離れるのを待つ。

 彼女らは勿論、駅に着いて電車に乗っても、ずっとべちゃくちゃお喋りする。

 とても付き合いきれないので、私はいつも、買い物などの理由をつけて逃走する。

 それまでだけでも十分地獄だ。



 だが――

 緊急事態宣言がなされて1週間の時点で、私の心はバッキリ折れてしまった。



 いい加減にしやがれ。



 元々集団で動くのは大の苦手だったし、こういう集団では毎回輪の外側に弾き出され、話についていくのが精一杯なのが私だ。

 圧に負けて何とかここまでついてきたが、それももう限界だ。

 マスクをしていても、人と接触するだけで飛沫感染の危険があるとすら言われているのが、今大爆発している感染症なのに。

 感染すればどんなことになるか、テレビでもネットでも散々言われているのに。

 昼間、『今日の感染者数また〇千人超えですって、怖いわー』『どこの病院も医療崩壊で入れないんですって、怖いわー』と震えていたのはお前らじゃないのか。



 仲間なら一緒に帰って当然という、そのトシになっても未だ女子高生以下なその思考も嫌だったし。

 何より単純に、感染が怖かった。

 ただでさえ面倒な集団に、圧に負けたなどという受け身な理由だけで関わって、それで感染してしまってはたまったもんじゃない。

 万が一感染して発症でもしたら、酷い熱とぶっ壊れた肺を抱え、呼吸すらおぼつかない咳地獄の中でバb……お姉さまがたに延々恨み節をぶつけることになるのだろう。



 私にだって――守りたいものぐらいある!!



 というわけでもう私は意を決して、帰宅時間になってもロッカールームから数分間動かないことにした。

「群空さん、支度出来たぁ~?(意訳:一緒に帰りましょ~?)」とか当然のように誘われても、「しばらくの間、仕事終わったら家族にメールするよう言われてるんで」で終了。

 これで何とかなる。これまでもたびたびこれで何とかなってきた。

 不自然ではないはず。一人暮らしだろうと緊急事態宣言中だもん、家族が心配して当たり前だよね。



 この、孤立無援のレジスタンスを決行に移して数日。

 最初の数日は何とかうまくお姉さまがたを撒けた。

 しかし――1週間後の夕方。業務終了後。



 私はこれまで通り、メールをすると言ってロッカールームに居座った。

 そして数分待ち、会社を出る。

 これまでなら3分も待てば、ヤツらは射程圏外に出てくれたはず。

 そろそろ大丈夫――



 そう思い込んだのが間違いだった。

 会社の通用門から、駅までほぼ一本道の真っすぐな道路に出た瞬間、見えたものは――

 緊急事態宣言中のこの状況下、俄かには信じられぬ光景。



 それは、


 10人以上の大集団となって

 一本道の道路をトロトロと

 横に拡がって歩く

 バb……お姉さまがた。



 何故。どうして。

 3分も待てば、私が追い付けない距離にまで離れるはずなのに、何故今日に限って――!?



 原因はすぐに分かった。

 たまたま今日、自転車で通勤してきた超ベテランお姉さまがいて。

 その人はなんと、自転車から降りて。

 わざわざ、自転車を転がしながら。

 ぺちゃくちゃお喋りしながら歩いているのである。

 自転車は乗れば勿論早いが、この状態でお喋りしながら歩くとなると、恐らく普通に歩くより遅い。



 その道路は当然車も普通に通るが、お姉さまがたは完全に車道にまではみだしており、時折車の邪魔にさえなり、クラクションが辺りに響く。

 そんな集団を遠巻きにして見つめている、幼児連れの母親。マジで子供の教育に悪い。

 っていうかここ、すぐ近くに小学校あるんですけど。



 そして冒頭に戻る。

 誰か、誰か助けてくれぇええぇ!!!


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