転生



 「はぐれ転生者……」



 全く聞きなじみのない単語を、俺はただオウムのように繰り返すしかなかった。



「はい……。シキさん、ずばり、こことは違う世界で生きていた記憶がありますよね?」



「違う世界、っていうのがまだピンとこないけど、うん。感覚的には、こことは別の世界で生きていたと思う」



 やはりどことなく、肌に感じる空気や木々の一つ一つに、何か異質さがある。


 異なっているのは、しかし俺の方らしい。



「普通、転生は国の召喚士やそれ相応の力を持つ人たちが行うんですけど、極稀に、偶発的に転生してしまう人がいるらしいんです」



 それがはぐれ転生者です、とイオは説明してくれた。


 この異世界における、超常的現象なのだと。



「……」



 ……ってことは、俺はしっかり死ねたんだな。


 転生ということは、つまり一度死んで生き返っているという意味のはずだ。


 自殺に失敗したわけではないという事実が、少しばかり俺の気を楽にしてくれていた。


 殺し屋人生最大の汚点にならずに済んだ……自殺に失敗するって。


 兄貴に知れたら死ぬまでバカにされるところだった(死んだけど)。



「……あの、シキさん」



ふと物思いにふけるように黙ってしまった俺の顔を覗き込みながら、イオは言う。



「……もしよかったら、この先のデリアの街まで一緒に行きませんか? この世界のことで、私の説明できる範囲のことは教えられると思いますし」



 一食の恩義は返さないといけないですしね、とほほ笑むイオ。


 その笑みはあどけない少女のようでもあり、しかし瞳の奥に確かな芯の強さを感じさせた――彼女も、きっと訳ありなのだろう。



「……それは、願ってもない話だな」



 正直、魚のお礼というには大きすぎるお返しだ。何をするにもまず情報がなければ失敗する。それは任務でも日常生活でも通ずるものがある。


 この異世界の地で大手を振って闊歩するには、圧倒的に情報が足りていない。


 ただ、この年頃の少女と行動を共にするなんて恐らく初めての経験なので、うまく話ができるだろうか……。



「警察に職務質問されたら、兄妹ってことにしよう。今からお兄ちゃんと呼んで練習しておくんだ」



「ケイサツ……ショクムシツモン……」



 どうやら、この世界には俺が心配しているような司法の番人は存在しないようだ。


 結果。初対面の女子にお兄ちゃんと呼ばせたいだけの、やばい奴が誕生していた。



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