碧眼

 


 殺さなかった。


 俺だって、誰彼構わず目に付く相手を殺しまわるような人間ではない。

 キラーではあってもサイコキラーではないのだ。


 では例の女――碧い瞳の少女がどうなったのかと言えば、俺の横で魚にがっついていた。



「がつがつがつがつ」



「そんな声が出るかよ。黙って食え」



 飢えた小動物に餌付けをしている気分になる。


 ハムスターとか、まさにこんな感じだろう。

 飼ったことないけど。



「がつがつがつがつ!」



「……」



 文字通りがっついて魚を食べ続ける少女だった。俺に向けられていると感じた殺気のようなものは、だからこの魚たちに向けていたのだろう。


 ……何だか、このくらいの幼さの残る女子が一心不乱に生の魚に噛り付いている光景を見ると、謎の背徳感にかられてしまう。


 体液とか臓物とか、飛び散ってるんだぜ?

 せめて処理してから食えよ。

 まあそれだけ、空腹だったということなのだろうけど。



「……」



 先刻、この少女を追い詰め、その瞳に言葉を失った後の話。

 何も言えず矢を構えながら立ちすくむ俺に対し、少女は言った。


 言い放った。



 『す、すみません! 魚を分けてください!』



 わけがわからなかったが(いやわかる、お腹が減っていたのだ)、とりあえず敵意なしと判断したので、捕まえた魚を恵んでやることにした。


 というわけで、俺と少女は森の中から場所を移し、川岸の岩に腰かけて食事をすることにしたのだった。


 ……にしても、よく食べる。


 そこそこの大きさのものを選んで捕まえたのだけれど、その三匹すべて、今まさに少女の腹の中に収まった。



「っておい、俺の分がないじゃないか」



「あ、すみません、つい……」



 お腹が空いていたもので、と俯く少女。



「……まあ、いいけど……この魚、生で食べられるんだな。なんか、いかにも毒ありって形と色をしてるぜ」



「え、ああ、そうですね。この辺りだと、新鮮なものは生食するはずです。鮮度が落ちたら、火を入れた方がいいですけど」



「そう……」



 ここまで野性的に食い散らかすことは普通しないだろうが、まあ生で食べられるに越したことはない。火をおこすの面倒だし。


 それはさておき、「この辺り」ね。


 どうやら少女は、ここ一体の地理について知っていることがありそうだ。



「なあ、魚をあげた礼ってわけでもないんだけど、ちょっと訊きたいことがあるんだ……えっと……」



 そう言えば、まだ名前を聞いていなかった。


 俺の言葉が詰まったのを受けて、少女は口を開く。



「あ、私、イオ・ノーランといいます。イオと呼んでください」



 お魚御馳走様でした、と碧眼の少女――イオは頭を下げる。



「ああ……。俺は、式創二。呼び方は、まあ何でもいいよ」



 こんな風に他人と自己紹介をし合うのなんて、久しぶりすぎて妙に緊張してしまう。



「シキソウジさんですか。では、シキさんと呼ばせてください。改めて、お魚御馳走様でした、シキさん」



「……ああ。お粗末様」



 呼び方が何だかカタカナ発音っぽかったが、見るからに異国の人といった風貌なので、当然と言えば当然か。


 ……いやいや、じゃあなんで日本語ぺらぺらなのよ。


 天国パワー?



「どうかしましたか、シキさん?」



「いや、何でもない。えっと、それじゃあイオ。いくつか質問してもいいか?」



 当面の謎、と言うか、解決しておかなければならないいくつかの事項について、俺は彼女に質問する。



「まず、ここは一体どこなんだ? 少なくとも日本じゃないとは思うが」



「二ホン……ではないです。ここは広く言えばカザス国、場所的にはデリア山脈です」



 もう少し先にデリアの街があります、と続けるイオ。



「カザス国……デリア山脈……」



 どこだ。


 世界地理に造詣が深いわけではないが、欠片も知らない。


 質問に答えてもらったのに、むしろ謎は深まってしまったようだ。



「あー、えっと……なんだろ、そういう具体的な地名じゃなくてさ」



 ここは。


 この世界は。


 一体、何なんだ。



「なるほど……シキさんの言いたいことは、わかりました。あなたは多分……」



 言いながら、変に芝居ぶることはなく、しかしたっぷりの間を取って、彼女は続ける。



「はぐれ転生者です」



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