覚醒



 青い空、白い雲、豊かな緑。


 童話の一場面を切り取ったかのような景色に、しかし俺は違和感を覚える。



「……」



 確かに死んだはず、なのだけれど。



「……おかしいな」



 まさか、今まで何百人と他人様を殺しておいて、自分を殺すのに失敗したのだろうか。



「殺し屋とか言ってらんねえじゃん……くそだせえ」



 未だに半信半疑だが、目の前に広がる森や、肌に伝わる空気感が、俺に生を実感させていた。



「……」



 こんな時がくるとは思ってもみなかったが、とりあえず自分の頬にビンタをしてみる。

 バシン。

 そして間髪入れずにつねる――これでもかと。



「……痛いな」



 当たり前だった。

 けれど、その当たり前を確認することが肝要だ。



「……」



 最後に、左の頸動脈――自ら断ち切ったはずの首が、無傷であることを確認する。



「なるほど、生きてる」



 生きている。

 生きてしまっている。

 どうやら、本当に自殺に失敗してしまったのかもしれない。



「確かに切ったはずなんだけどな……夢だったのか」



 夢、というなら、やはり今俺が置かれている状況の方が夢の中として適当そうだが。

 しかしその疑問は、先ほど自分の頬を痛めつけるという古典的な方法で否定した。



「……」



 あれか。

 もしかして、ここが俗に言う天国というやつか。

 なんか緑もいっぱいだし。

 地獄ならもっと赤そうだ(アホ)。



「俺が天国にいけるなんて、神様も随分寛容なこった」



 そんな風にシニカルにもなってしまう。

 しかし、そう考える他なさそうだった。


 俺が殺しをしくじるわけがないのは、俺自身が一番承知している。

 だからやはり、俺は死んだのだろう。


 ……にしてもまずいな。死後の世界なんてもんがあるなら、今まで殺してきた奴に出会う可能性だってあるじゃないか。


 恨み骨髄、寄ってたかってボコボコにされるかもしれない。

 それがわかってたら人殺しなんてしなかったのに(大嘘)。



「……空が、青いな」



 状況把握はこれ以上できそうもないので、とりあえずその場に寝転んだ。

 溜息をつきたくなるような、青空だった。


 思えば、生きていた時はじっくり空を眺めることなんてしたことなかったな……やることもないし、飽きるまで見ていることにしよう。



「……」



 それにしても。


 この雲一つない自然の青さよりも、あの瞳の碧の方が綺麗だったな。


 なんて。



「……!」



 そんな風に柄でもなく物思いにふけっていたから、一瞬、反応が遅れかけた。


 ヒュンとした風切り音を聞き、すんでのところで上体を跳ね上げる。


 弓矢。


 現代ではもうお目にかかることはないだろう古典的武器――しかし熟練者が放てば音もなく対象を殺傷できる。



「っ……」



 俺を仕留め損なったことがわかると、二の矢三の矢が続けざまに放たれる。


 一体何だってんだよ。

 本当に俺が昔殺した誰かが復讐でもしに来たのか……天国なのに?


 随分と善人悪人の区別が甘い神様だ。

 それとも普通に考えて、ここは地獄なのかもしれない。



「……よっと」



 そんなことを頭でつらつら考えられるくらいには、飛んでくる矢を躱すことは容易だった。


 いい加減埒が明かないことに気づいたのか、20本ほど矢を避けたところで、木々の奥から三人組の男が出てきた。


 見るからに柄の悪い。

 世紀末か。

 その中の、恐らくリーダー格であろう顔に傷のある男が口を開く。



「よおよお兄ちゃん、やるじゃねえの。俺のスキル【風の矢ウィンドアロー】を避けきるなんてなぁ」



「うぃ、うぃんど……なに?」



 あれか、武器に名前を付けるタイプの人か。

 うちのバカ兄貴も刀に名前つけてたっけなあ(しみじみ)。



「だが、こっちは三人いる。大人しく金目の物置いていった方が身のためだぜ」



「……」



 金目の物も何も、所持品なんて一つもないんだけれど。

 着の身着のままといった感じだ。



「おうおう、びびってんのか? 何とか言えや!」



「何とかっつっても……ちょうど持ち合わせがなくて」



 俺に圧をかける為だろうか、三人組はじりじりと間合いを詰めてくる。



「ああ⁉ だったら着てるもん全部脱げや! 少しは金になるだろうよ」



 ぎゃはははと笑いあう男たち。



「いや、少し肌寒いしこの服あげるわけにも……それにほら、全裸ってなるとコンプライアンス的にも問題じゃない?」



「わけわかんねえこと言ってんじゃねえ! 殺すぞ!」



 右にいる男がすごみながら、俺に無骨な剣を向けてくる。これもまた、物語でしか見ないような古めかしい両刃剣だった。



「いいから身ぐるみ全部置いてけ! 今ならまだ許してや……」



 グサッ。


 剣を向けてきた男の首筋に、矢を突き刺した。


 地面に刺さっていたものを回収していたんだけれど……おー、良く刺さる刺さる。


 とても見慣れた光景――血飛がアーチ状に広がり、さながら虹のようだった。



「がっ……あぁ……」



「⁉ 何しやがる!」



 二人の男は突然の出来事に驚いているが、それは突くにはあまりに大きな隙だ。


 首を刺した男から剣を奪い取り、真ん中の男――弓矢を打ってきた、顔に傷のある奴の首をストンと落とす。


 うん、中々いい切れ味。



「うわぁぁぁぁ!」



 最後に残った一人が腰の武器に手をかける前に、その足を払って馬乗りになり、もう一本回収していた矢を首元にあてがう。


 制圧完了。



「さて……」



 俺に組伏され慌てふためいている男に、極めて紳士的に問いかける。



「ここは一体どこだ? 正直に答えたら、殺さないでやるよ」



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