第10話 奇跡・・・
翌朝、眠りが浅かったのか、いつもよりも早く目が覚めた。
「絶坊主さん、朝早いっすね~!」
しばらくして、まだ眠そうな山ちゃんが起きてきた。
「これ、どうぞ!」
いつ買ったのか、山ちゃんはサンドイッチとコーヒーをコンビニで買っていてくれた。
「至れり尽くせりやな。エエ嫁はんなるで、山ちゃんは!」
「絶坊主さん、俺が離婚してるの知ってて言ってるんですよね。(笑)」
本当に27年振りに会ったとは思えないくらいだった。
昼前にSさん宅によってから帰ることにした。身支度をしてSさん宅へ。
「ゼツボウズサーン、アリガトネ。ヨシキ、アマリカワラナイネ。」
目を閉じたまま、息苦しそうに肩を上下させながら呼吸していたSさん。
「Sさん!絶坊主です!僕、今日、帰らなければいけないので、最後に会いに来ました!Sさん、頑張って下さい!」
酸素マスクをして、息苦しそうに肩を上下させているSさんを見て、“頑張って”という表現が妥当なのかわからなかった・・・
昨日は手を少し動かせて反応してくれていたけれど、状態が悪くなっているのか私が呼び掛けても何も反応がなかった。
“私が到着するまで生きていてくれた”
“最後に伝えたかった言葉も、Sさんが生きている間に伝えられた”
良かったじゃないか・・・
いいんだよ、これで良かったんだよ・・・
何なんだろう・・この胸の奥にある寂しさは・・・
そうか・・声。
Sさんの声が聞きたかったんだ・・・
だって・・27年だよ。
お前が悪いんだろ。
休みの日、ゴロゴロ寝そべったまま終えた日もあったじゃないか。
なんで・・なんでSさんが元気な時に、休み取って会いに行かなかったんだよ。
お前が悪いんじゃないか。
そう・・いつか、その内・・・
何度、そんな考えで痛い目あってきたんだよ。
本当にバカだよな、オレって。
「Sさん!絶坊主さん、来てくれたんすよ!もう帰っちゃいますよ!Sさん!Sさん!」
山ちゃんが顔を近づけて、Sさんにそう呼び掛けた時・・・
アーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!
閉じたままだった目をカッと開き、Sさんが声を発した。
思わず顔を見合わせた山ちゃんと私。
自然と涙が溢れ、2人で子供のように声を上げて泣きじゃくった。
「みんな俺の子供だもん!」
以前、Sさんがまだガンになる前。元気な頃に電話で話した時。
「よくそんな鮮明に覚えてますよね~。」
私が一人一人の教え子の記憶力がスゴい事をSさんに問い掛けた時、私に言った言葉。子供がいなかったSさんは、教え子の事を本当に我が子のように思っていたのだろう。だからこそ教え子たちもSさんを慕っていた。
それは、トレーナーと選手という域を越えたものがあった。
モルヒネを打って、意識が混沌とした中。
最後の最後・・・本当に最後の力を振り絞って私の願いを叶えてくれた・・・
奇跡・・・
いやいや、そんなんたまたま声出しただけよ。
そうなのかもしれない。
でも、私はSさんが最後の最後に私と山ちゃんに答えるべく、起死回生の左フックを放ってくれたんだと思う。
◇
岡山に帰って翌朝7時過ぎ。
山ちゃんから電話が入った。
仕事に向かう為、車に乗っていた私。
Bluetoothで電話を繋いだ。
「絶坊主さん・・・」
山ちゃんが何を言わんとしているかわかった。
「そっか・・そっか・・・」
2人、それ以上何も言わず泣いた・・・
涙が止まらないよ・・・
◇
翌日、葬儀に参列はできなかったけれど、Sさんが生きている間に伝えられた言葉を葬儀屋さんにお願いして式中に読んで頂いた。
『あなたに出会って私の人生は彩りあるものになりました。あなたは私の青春、人生そのもの。本当にありがとうございました。』
後日、同期だった前さんから電話を頂いた。
「自分、ずっと我慢してましたけど、絶坊主さんのあの言葉聞いたら我慢できずに号泣しちゃいました・・・」
前さん、同じ気持ちを共有してくれて嬉しかったよ。
同じ時代、共にSさんの元で命張って闘った同志として強いシンパシーを感じた。
私の生涯忘れられない2日間。
あんなに、いっぱい泣いて、笑った2日間は今までなかった。
これから先、たまに宝箱のように大切に取り出しては、そっと開けて心を暖めてくれる事だろう・・・・
あ、まだ終わりませんので!
最後に、ジャッキー・チェンの映画のエンドロールNG集的な笑い話がありますので!
冗談が好きだったSさん。
不謹慎かもしれないけれど、最後は笑ってSさんを送ります!
なのでチャンネルはそのまま!
いいですよね?Sさん?(笑)
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