第23話 おいでませ!アルディオスの森へ!!天国と地獄編4
「あばぁ……。わたち凄いモノを見せられたでち……。もう、お嫁さんには行けないでちよ……」
「がははははっ!悪りぃ。悪りぃ。まさか、俺の頭上にあんな汚物が乗かってるとはな。他意はないんだ。許せマルゴレッタ」
「ジャレッド叔父ちゃんのせいじゃないでちよぉ。それにしても怖い牛さんだったでちね……」
辺りに散らばる牛頭の残骸を見やり、マルゴレッタは悲しそうに目を伏せる。
小さな指を絡ませ両の手ひらを合わせると、幼女は牛頭に対して祈りを捧げた。
「牛さん。命を奪ってごめんなさいでち。わたちには、あなたを癒す事も蘇らせてあげる事も出来ないでちよ……」
牛頭を見た瞬間、マルゴレッタは理解出来てしまう。
この生き物は他者の命を脅かす為だけに、この世に落とされた厄種なのだと。
この存在を野放しにすれば、きっと多くの命が奪われてしまう。
故に、マルゴレッタはただ祈る事だけしか出来なかった。
そんな、健気な幼女の姿に四人の男達が駆け寄り片膝を折った。
「命を救って頂き感謝致します。尊きお方よ」
短く刈り込んだ短髪の男が、頭を垂れ静々と感謝の言葉を述べる。
四人の男達は、神が遣わしたであろう奇跡のような御技を行使するマルゴレッタと、視線を合わせる事も出来ずに体を僅かに震えさせた。
「お礼ならジャレッド叔父ちゃんにでちよ?わたちは何もしてないでち。それに、わたちは何処にでもいるただの幼女でち。そんな畏まらなくても大丈夫でちよ?」
「え? は、はぁ……」
短髪の男が困惑しながらも返答に言い淀む。
お前みたいな幼女がいてたまるか……。と、ジャレッドは、そんな含みのある眼差しを幼女に向けながらも男達に詰め寄った。
「それよりお前らの他に生存者はいねぇのか?」
「いな……いや、いません。見た事もない異形の化け物達の手によって、俺達以外の部隊の人間は全て殺されました……」
沈痛な表情を浮かべる男達に、幼女の心は締め付けられる。
「う〜。酷い話でち……。ジャレッド叔父ちゃん!」
「ダメだ!」
ジャレッドの太い指を掴み、おねだりを始めようとするマルゴレッタ。
嫌な気配を察してかジャレッドはマルゴレッタを一瞥する事なく言葉で突き放す。
「死んだ者は蘇生しない。あの力はお前の命を確実に削っているからな。許容出来るのは癒しの力までだ。約束しただろ? 無茶な事はしないって」
「わたちなら大丈夫でちよ! 今まで、沢山の人達を生き返らせてきたでちけど、わたち元気一杯なんでち!」
その言葉に鋭い目付きでマルゴレッタを見下ろすジャレッド。
「どれだけの人間がこの森で死ぬ事になると思う? 数千? 数万? それだけの数の人間を蘇生させるつもりか? 確実に死ぬ事になるぞ。お前が俺との約束を違えるなら、これ以上の協力はしねぇ。こいつ等を置き去りにして、お前を安全なローゼンの元に連れて行く。お前がどれだけ駄々をこねても必ずだ」
「うう〜〜〜〜っ」
顔を真っ赤にさせ、頰をこれでもかとぱんぱんに膨らませる幼女。
「俺が許容出来る望みなら、いくらでも叶えてやる。だから――」
「ジャレッド叔父ちゃんなんて大嫌いでちっ!!!」
マルゴレッタの拒絶に間抜け面を晒し、ショックを受けた脳が石化したかの様に体を硬直させる。
ジャレッドは精神の安定を図る為に、僅かばかり思考を停止させた。
だが、常に周囲の気配に気を配っていた男に僅かな隙が出来きた事によって、気配を殺し続けていた監視者が動き出す。
黒光りした小さな玉が、数個ほどマルゴレッタ達の周りに転がってくると、ソレが破裂し白い煙が噴き出した。
瞬く間に視界は白煙に染まりだす。
「ゴ、ゴホッ。な、なんだこれは!?」
「あばばっ!?」
「っは!? やべっ! ナイトカインッッ!!!」
上空で待機していたナイトカインは、ジャレッドに呼ばれるまでもなく地上で起こった異常に対処すべく行動に移っていた。
大きな翼をはためかせ白煙を散らしていく。
晴れた視界の先には、咳き込む四人の男達と地に何度も拳を叩き付けるジャレッドの姿が在るだけだった。
「ジャレッド殿……。失態ですぞ……」
「うるせぇっ!! んな事言われなくても分かってる!!」
自身の失態にイラつくジャレッド。
マルゴレッタを攫うまで気配すら気付かせず、僅かな隙とはいえ油断していた自身の目の前で、一瞬で攫ってのけた相手の手腕に、相当な手練れだと安易に想像できた。
「ふざけた真似しやがって……。俺の目の前でマルゴレッタを攫ったクソ度胸は認めてやるが、必ず見つけ出して後悔させてやる……」
ジャレッドが強く握り込んだ拳の隙間から、赤い雫が滴り落ちた――
「うわーーっ! 生きた心地がしないっす! 成功して良かったすよ〜。あの筋肉ダルマ、マジヤバすぎっす!!」
黒衣を纏った女が、幼女を抱きかかえ枝から枝へと跳ねる様に森を移動していた。
危険な賭けに成功したせいか、彼女の皮膚は異常な程の汗を噴き出し、興奮気味に安堵の言葉を並べ連ねた。
「あば〜。お姉さん、誰でちか?」
僅かに震える幼女を見やり、女は頰を綻ばせる。
「やーん♡ この世のものとは思えない可愛さっす! 食べちゃいたいっす!!」
マルゴレッタは、その言葉にビクリと体を跳ねさせ、身を縮こまらせた。
「わ、わたち、食べても美味しくないでちよ〜〜?」
「ふふっ。安心して欲しいっす。天使様に危害を加える事はしないっす!」
「ほ、本当でちか〜〜?」
マルゴレッタは懐疑的な瞳を向ける。
何故なら、この女が向ける自分への眼差しがアイカとそっくりだったからだ。
彼女も良くマルゴレッタを食べたいと口にしている。
勿論、性的な意味でだ。
そんなアイカと同じ危険な視線を向ける女に、マルゴレッタは本能で身の危険を感じていた。
「ほんと、本当っす〜! 信じて欲しいっすよ〜」
「じゃぁ、わたちはこれからどうなっちゃうでちか?」
黒衣の女の表情が、僅かに険しくなる。
「天使様には、私の仲間達を……勇者を救って欲しいっす」
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