第2話 マルゴレッタちゃんと王様とキングちゃん

 玉座に鎮座する王が一人、外した王冠を右手で弄りながら気怠そうに誰もいない広間を眺めていた。

 生まれ持った己の底無しの支配欲を満たすように、戦いに明け暮れ一代で国を築き上た精強な肉体と魂は、今は見る影もない。

 王は病に侵され、余命幾ばくも無い命だった。


 両開きの重厚な扉が開き、小太りの男が足早に玉座に近付くと臣下の礼をとる。


「陛下、ご報告申し上げます」


「……申せ」


「はっ。"アルディオスの森"に派遣したハンター共が全て帰還したと、密偵から報告がありました」


 その言葉に、王はピクリと眉を動かす。


「……その言葉は正確か?」


 小太りの男はイヤらしい笑みを浮かべる。


「奴等の話によれば赤髪のメイドに一度、全員の頭部を燃やされ全滅したとの事。……しかし、気が付くと森の外に放り出され状態で、何事も無かったように復活していたそうです」


「そうか……やはり、あの噂は真実であったか」


「はい……。あの世界の反逆者共が住まう森に、どうやら幼き天使が迷い込んだようですな」


 王の落ち窪んだ双眸から欲望の火が灯る。

 幽鬼のようにゆらりと玉座から立ち上がり、嗄れた声で小太りの男に告げる。


「丁重に神の御子を御迎えに上がらねばな。ゴーズ、急ぎ兵達を招集しアルディオスの森へ。……儂も出るぞ」


「……御意」





――時間は一週間前に遡る――


「お嬢様さまあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? まだ、安静にしていなくてはならないのに、何処に居られるのですかぁぁぁぁぁ!! 私との艶事は、まだ終わっていないのですよぉぉぉぉぉ!!」


 屋敷の外まで聞こえるアイカの戯言に、マルゴレッタはげんなりとしていた。


「う〜。魔力の使い過ぎで、倒れたぐらいでアイカちゃんは大袈裟なんでち。あんなの一日寝てれば元気ハツラツ!!なんでち」


 過保護すぎるアイカから逃げ出したマルゴレッタは、拓けた地に建てられた屋敷からほんの少し離れた森の中にいた。


「おーいでち! キングちゃん出てくるでち〜〜!」


 マルゴレッタの声に、木々の間からノソノソと短い脚で歩く体長一メートル程の四足歩行の獣が現れた。

 ずんぐりむっくりな体躯、豚鼻に知性を宿した粒らな瞳と短いキバ、ゴワゴワとした赤茶の毛並みの"ウーリボウ"と呼ばれる魔獣が、マルゴレッタの前に立ち、伏せをする。


「お呼びですかい、お嬢」


 渋いバリトンボイスで人の言葉を話すウーリボウの頭の上に、何故か小さな王冠が載かっている。


「キングちゃん、昨日のおぢさん達は、ちゃんと森の外に逃がしてくれたでちか?」


 キングは呆れたような表情で豚鼻を大きく鳴らす。


「へぃ。子分共を使って奴等を森の外に追ん出しておきやしたよ……。然し、良いんですかい?お嬢の特異な力を使ってまで侵入者を救ってるなんて話が、姐さん達に知られでもしたら……」


 キングは想像し身震いする。

 お嬢は兎も角、自分達が侵入者の救出に加担しているなどアルディオスの者に知られれば、地獄のような責め苦を受け確実に食卓に並べられるだろうと。


「キングちゃん達を巻き込んで、ごめんなさいなんでち。でも、わたち一人の力じゃ、どうしても限界があるんでち……」


 俯くマルゴレッタの顔にキングは、豚鼻を擦り付ける。


「……そんな顔をするのは止して下せぇ。あっしら森の魔獣達は、お嬢に返し切れない恩義があるんだ。お嬢は自分の信じた道を進んで下せぇ。例え、地獄の底だろうとお供いたしやす」


「キングちゃん!」

「ただ、どうしても気になるんでさぁ」


 キングはマルゴレッタの美しい蒼の瞳を見据える。


「どうして、そこまでして見ず知らずの他人の命に拘るんでさぁ」

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