99刀目 閑話 山羊座の執事
高級ホテルの一室にて、電話を終えた燕尾服姿の男は悩まし気に顎に手を当てて息を吐く。
「少し、心配ねぇ」
艶のあるテノールボイスがホテルの一室に響いた。
ピンと伸びた背筋のまま、ゆっくりとした足取りで男はソファーへと向かう。
丁寧に手入れされて枝毛が一つもない藍色の長髪を掻き分け、着席。
両足を揃えたまま、顎に当てていた右手を唇に、スマートフォンを持っていた手は右手の肘へと添えられた。
「ベガちゃん、今回も大変そうだったわ……」
男の正体は外からやって来た侵略者。又の名を星の民と呼ばれる人外だ。
名を山羊座のカプリコ。
琴座三姉妹の長女の師匠にして、今回の試験に参加している候補者の1人である。
師匠のカプリコと弟子のベガ。
姉弟関係ということもあり、カプリコはベガのことには三姉妹の妹達よりも詳しい。
ベガが従者としてこの試験に参加すると聞いた時なんて、『あのベガちゃんが誰かを頼るなんて!?』と驚き半分、喜び半分で大歓迎だったぐらいには、親しい間柄なのだ。
……その後、主人が天秤座のリィブラだと知り、カプリコは慌てて試験に参加したが。
「天秤座のリラちゃんは候補者としてまだまだ未熟だし、候補者として参加して正解だったかもしれないわぁ」
“候補者が1番、試験で足を引っ張るなんてあってはならない”
それは候補者全員が暗黙の了解として知っている、当然の前提条件だ。
それなのに天秤座の候補者はやらかして従者どころか、現地人に挽回されてしまうこと数知れず。
天秤座陣営程、候補者としてマイナス評価を稼ぎながら、管理者というプラス評価を手に入れようとしてる矛盾した陣営は存在しないだろう。
カプリコはそんな陣営に従者として従っている琴座三姉妹が、とても心配で堪らなかった。
「持っている記憶の年数を考えれば、当然なのかもしれないケド……それでも限度があるわよねぇ。管理者の従者である者同士、キチンとして欲しいわ」
憂鬱なため息を吐き出し、カプリコはこれからを考える。
(とりあえず、ベガちゃんの様子を見るのは確定だけど……大丈夫かしら、あの子)
カプリコがベガを気にしているのは、何も『師弟』という関係だけではない。
管理者を除けば、カプリコとベガは最後の『最古参』という同志なのだ。
星の民の中でたった2人だけ、最初期の記憶を持ち続けている存在。
それがカプリコとベガという星の民の共通点だった。
カプリコは知っている。
兆、京、
カプリコが大切にしている方は管理者様という記憶を無くさない存在だから、まだ救いがあった。
──しかし、己の弟子であるベガは違う。
何十、何百、何千、何万と大切な存在の死を、記憶を失うところを目の前で見送って来た。
大切な妹達の様々な死に顔を見て来て、幾千もの亡骸の上を歩いて来た。
どうしても妹達を助けたくて、一緒にいたくて、長女は足掻きながらも管理者になろうと志した。
記憶を無くして、自分のことも覚えていない妹達を、それでも大事な妹だと叫んで。
数えるのも嫌になるぐらい「はじめまして」と大切な存在に言われているベガの姿を、カプリコは見て来た。
どうして自分だけは記憶を無くさないのかと、菫色と菖蒲色に染まった両手を見る弟子をずっと、ずぅっと見て来たのだ。
今回こそは。
今度こそはと、挑む弟子の姿は、あまりにも痛々しくて。
だからこそ、カプリコはベガを放っておくこともできず、主人の元を離れて今回、試験に参加した。
「止めても聞かないあの子を、天秤座ちゃんは解放してくれる存在なのかしら?」
ベガが従者になろうとしたのだから、リィブラという存在に何かを感じたはずだ。
管理者になるかもしれないという可能性か?
若くして管理者の目に留まった才能か?
(それとも……あの子と自分を、重ねちゃったのかしらね)
天秤座も誰かの為に試験を突破しようとしている節がある。
ベガも『妹が消える姿を見たくない』と、自分の為と言いながら、妹の為に試験に参加する身だ。
感情移入してしまったのかもしれない。
「困ったものね……
顔付近を彷徨っていた手を肘へと持っていくのと同じぐらいの時に、燕尾服の胸ポケットが輝いた。
光っているのは通信用の
どうやら主人が連絡してきたらしく、カプリコは石を机の上に置き近くの床に跪いた。
『カプリコ、久しぶり。試験はどう?』
カプリコが心の底から仕える唯一の存在にして、保護派の管理者──サビク。
彼女は通信の向こう側から青い目を嬉しそうに細めて、声をかけて来た。
「お久しぶりです、サビク様〜♡ 経過報告としては、そろそろ先頭組に合流しようと思っているわぁ」
『……そう。ということは天秤座に会うと』
「えぇ、
『それは許可してるから問題ない。ただ、今回の試験は3ヶ月で終わるという話だから』
「あら、心配して通信してくれたと? 主人ったら優しい。
内心、天秤座が3ヶ月以内に復帰するとは思えずに驚きながらも、それを顔に出さない。
カプリコはただ嬉しいという感情のみを抽出して、クネクネと体を揺らした。
『それと、天秤座に会うなら、ついでに現地人の子供にも会って、少し教え導いて欲しい。できるなら彼の写真も付けてもらえると、とても嬉しい』
「写真? どうして必要なのか、聞いても?」
『…………その子、どうやら昔の実験で生まれた子らしくて。曾孫……にあたる子らしい』
「あらやだぁ〜! なら、
『……それだけだから、じゃ、またね』
大はしゃぎするカプリコから、逃げるようにサビクが通信を切る。
しかし、とんでもない話を聞いたカプリコはクネクネと体を動かすのに夢中でそれどころではない。
「まさかベガちゃんや妹ちゃん達だけでなく、サビク様の子孫様までいるなんてぇ〜。もっとベガちゃんからお話を聞いてたらよかったわぁ、
体をくねらせながら立ち上がり、きゃぴきゃぴとポージングを取りつつもスマートフォンを操作する。
選択するのは同じ派閥の候補者達の連絡先。
連絡用アプリでダンジョン攻略の誘いを一斉送信し、カプリコ以外の4人の保護派をダンジョン攻略に誘った。
1人は動画配信もしているので断られることを前提としているが、堅物からも断りの分点が返ってきた。
「いやぁねぇ、結局、追加で来るのは2人だけなんて」
ポージングを決めながら部屋の中を十分に練り歩いたカプリコは、長い髪を手で掻き上げる。
「待っててね、ベガちゃん達ぃ〜。
はたしてカプリコはベガと出会えるのか、それはまだ、先の話……かもしれない。
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