31刀目 攻撃手段は人それぞれ

 蒼太が迎撃したフィスラビットの後、『あれは準備運動です』と言わんばかりの大群に襲われた。


 どこから出てきたのか不思議なぐらいの兎が襲ってくるので、蒼太とベガで迎撃。


 戦闘自体は怪我をすることもなく、問題なく終わった……のだが。


 問題だったのは後片付けである。


 刀とナイフの錆にしたところまでは良かったのだが、フィスラビットはゲームのようにアイテムをドロップしてくれる魔物ではない。


 討伐後、丸々残ってしまった兎を解体しつつ、コアを抜き取らなくてはいけなかったのだ。


 それなので蒼太達は現在、フィスラビットの後始末をしていた。



「兎のコアばかり回収してたら飽きるっすねー」



 ベガがナイフでフィスラビットのコアを取り出しながら、唸るように呟く。


 蒼太は体を起こし、コアを取り出しながらベガへと視線を向ける。



「楽できるなら良かったんじゃないの?」


「楽な仕事は万々歳っすけど、単純な仕事は飽きるんっすよ」


「まぁ確かに……言いたいことはわかるけどね」



 会話をしつつ、コアを抜き取った兎を刀でまとめて切り刻んだ。刻まれた肉は煙になり、地面に吸われるように消えていく。


 解体ノルマは10匹。肉の処分も終えたので、蒼太自身のノルマは達成した。


 しかし、倒した数は丁度60匹。1人12匹のノルマでないと間に合わないはずだ。



(終わったし、手伝おうかな)



 そう思って視線を上げると、猛スピードで兎を捌くファラの姿が見えた。


 兎が積まれた山は既に両手どころか足の指で数えることができるぐらいの数になっている。


 コアを抜くのと同時に兎の体が煙になっており、蒼太とは比べ物にならない程スムーズに解体されていた。



「ねぇベガ、ファラが解体した兎は触っただけで煙になってるんだけど、あれも権能なの?」


「いえ、あれは権能を使えるなら誰でもできるっすよ。体を構成している粒子をちょっと吸い取ってるんっす」



 そう言いながら、ベガも自分で解体した兎に触れて、煙に変えてしまう。


 態々切り刻んだあの時間はなんだったのか。


 いとも簡単に行われる作業に、蒼太はガックリと肩を落とした。



「坊ちゃんは講義の生き物についての話、覚えてるっすか?」


「生き物? あぁ、ダンジョンの生き物には全部コアがあるって話だよね?」



 ダンジョンに生息する生き物には全て、コアというエネルギーの塊を持っている。


 コアからエネルギーを取り出して攻撃してくるダンジョンにしかいない生き物。


 管理者はそれらの生き物を、《魔物》と称することにした。


 そんな話ならば、ダンジョンの基礎知識として聞いたことがある。


 講義の内容を思い出しながら口にすると、ベガが「イェス!」と指を鳴らす。



「魔物はコアと、それから漏れ出す粒子のみで構成されたダンジョン内に生息する生き物っす。管理者様が穴を開けてできた空間なだけあって、アタシ達と似ているところが多いんっすよね」



 ベガ達は魂核ソウルコアを心臓としており、その余剰エネルギーである粒子で体を作っている。


 魔物もコアから漏れ出す粒子で体を生み出しているので、親戚のような存在だと言えるぐらい近い存在なのだという。


 ベガ達が魂核ソウルコアがなければ体を維持できないのと同じように、魔物も基本、コアがなければ体を維持するのは難しい。


 ただし、彼女達は粒子で仮初の体を作っているのに対し、魔物は粒子で体を生み出しているので、コアを抜かれても粒子がバラバラにならない限りは分解されることはない。



「逆に言えば、ちょっと粒子を動かしてやると、コアに固定されていない体はすーぐにバラバラになるんっすよね」


「じゃあ、ベガのやってる作業は簡単なんだね」


「そっすねー、アタシ程になると手で触れるだけでできるぐらい簡単っすよ」


「へぇ、なのに僕には全部切り刻めって言ったのは、誰だっけ?」


「誰っすかねぇ。姉様がそれとなく止める中、そんなひどいことを押し付けた人は!」



 お前だよ。



 ……とは、蒼太も言わなかった。


 代わりに、いつも見ているリラに倣ってにっこりと笑ってやる。


 ダンジョンの中なので何かするつもりはないが、出たら覚えておいてほしい。


 復讐は何も生まないわけではない、自己満足を生み出すのだ。



「あ、あー、坊ちゃん! 新しいお客様が来てるみたいっすよ、新種っす!」


「本当に、ダンジョン出たら覚えておいてね?」


「……ッスー。《転移》したら最後、アタシの命日っすか」



 たははー、と肩を落としているベガのことは今は無視だ。



「何か近づいてるみたいだけど、戦って大丈夫そう?」


「ん、完璧」



 振り返ると、山になっていたフィスラビットは全て無くなっていた。


 どうやらノルマ以外は全て、ファラが解体してしまったらしい。



「蒼太、ベガは拗ねてしまってるみたいですし、私と対処しましょうか」


「リラと?」



 リラもシェリーもファラも、フィスラビット相手には応援団のような状態だったのだが、今回はベガの代わりにリラが参加するという。


 リラが戦う姿を想像できなくて首を傾げていると、彼女は蒼太の前に出てくるりと振り返った。



「そんなに心配でしたら、蒼太が守ってくださいね」



 まぁ、と息を吐くように呟いて、リラは悪戯っぽい笑みを浮かべる。



「おとなしく守られるほど、か弱いつもりはないんですけど」



 背後には既に、魔物が迫っていた。


 自転車ぐらいの大きさの鎧を纏ったミミズは完全に初見の生き物である。


 鎧を纏うミミズはリトルワームという名前らしい。


 リトル小型だという割には大きいのではないだろうか。


 リラの天秤による情報が共有される中、本当に守られるつもりはないらしく、彼女の透き通った声が響いた。



「【大地よ、魔物を拘束して貫きなさい】」



 ご主人様の命令は忠実に実行される。


 草原の一部であった地面の土が盛り上がり、5匹並んで迫ってきたワームを掴んだのだ。


 土で拘束しているだけなので、ミミズのような見た目であるワームならば、すぐに脱出したかもしれない。


 しかし、リラが命じたのは拘束だけではなかった。


 土が槍となってワームの体を突き刺し、逃げることを許さなかったのだ。


 鎧のような表皮ごと貫かれたワームは即死である。

 コアというエネルギーの塊があったとしても、再生する力を失った魔物にその後はない。



「【コアを持ってきてください】……と。もういませんよね?」


「うん、殆ど倒しちゃったね……」



 ワームの全身を串刺しにした土に命じてコアを手元まで持って来させたリラは息を吐く。


 剣で倒すよりも早い討伐。遠くに潜んでいる魔物はいるかもしれないが、近くにはもういない。

 


「手間がかかりますが、今のが私の攻撃手段ですね」


「圧倒的過ぎて僕、いらないんじゃない?」


「残念ながら、私の攻撃手段は隙が大きいんですよ」



 《支配》による権能は『言葉』によって発動する権能だ。


 言葉を言う前に攻撃してくるような早い敵であったり、少しでも言葉を理解して知能がある相手だと効果は激減。


 不意打ち、奇襲に弱いのは言うまでもない。


 蒼太やベガのように『前で戦って相手の意識を惹きつけてくれる』人がいないと、まともに使えないのが《支配》という権能。


 そう、リラは苦笑いしながら話してくれた。



「じゃあ、リラが攻撃しやすいように僕も頑張らないとね」


「はい、頼りにしてます」



 その後、蒼太はリラと一緒にリトルワームを討伐し回るのであった。










 ────────────


[後書き]


【魔物図鑑】


☆リトルワーム


地球ダンジョン1階層・草原エリアに出てくる魔物。

全身が鎧のような鋼で覆われているミミズもどき。少々見た目に問題のある。

リラ達は特に反応してないが、虫嫌いには酷な外見なのは間違いない。

自転車ぐらいの大きさというのが蒼太の感想だが、詳しくは26インチの自転車(大体170センチぐらい)ぐらいの大きさ。大きい個体だと29インチ。小さいのでも20インチはあるだろう。

リトルというだけあって、大人の個体は倍以上の大きさはあるらしい。

蒼太やベガが討伐するならば、リラの《天秤》の権能で鎧を柔らかくしてもらうか、ひっくり返して柔らかいお腹を攻撃するのが有効。




☆覚えておいてね?

蒼太の怒りは長続きしないので、ダンジョンに出ても何も起きないことを、賢いベガは知っている。

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