ダンジョン・ダイバー 〜深き穴へ潜る者〜

大森 依織

1章 出会いからダンジョン1層攻略まで

1刀目 12色の流れ星

「子供が白髪で目が青いからって、あなたが浮気を疑ったのがそもそもの原因じゃない!」



 母親の甲高い声が、部屋に大きく響く。


 耳を塞ぎながら、廊下に座り込んでいた少年──秤谷はかりや 蒼太そうたは、まだまだ終わりそうにない声にため息を漏らす。


 今夜は喧嘩の時間だった。


 父と母というモヤがふらりと家にやってきて、キッチンで思う存分言い争い、時には暴れ回る大変迷惑な時間なのだ。


 帰った後の家はまるで嵐が過ぎ去ったように散らかっているので、蒼太は今のような時間を『嵐の時間』と呼んでいた。



(はぁ……今日の嵐は長いなぁ)



 嵐の時間が早く過ぎ去る可能性に賭けて待っていたものの、今日は夜になっても終わりそうにない。


 時計の針が9時を指し示してもお構いなしだ。


 この部屋のある階層も、その上下の階層も全て空室で、近隣住人はゼロ。


 喧嘩したところで迷惑だと思うのは蒼太一人。


 このままご飯を食べる余裕がなくても、彼らには関係がないのである。



(仕方ない。確保した後はそのまま外で食べようか)



 嵐が過ぎ去るのを祈るのはやめて、音を立てないように廊下から玄関に移動する。


 「いってきます」と言葉を小さく零し、音が大きく響かないように扉を閉めた。


 音が聞こえにくいのか、扉を閉めてしまえば中の怒鳴り声なんて嘘のように静かな外。


 蒼太はこの静けさと控えめな電灯の空間が好きだった。


 静かな階段を3階分降りて、車の多い道を歩く。


 目的地はコンビニのゴミ捨て場であり、標的は廃棄された食料。


 捨てられているとはいえ絶対に褒められた行為ではない。誰かに見つかるわけにはいかなかった。



「今日もいただいていきます」



 小声で人がいないのを確認し、ゴミ捨て場に侵入。適当に食料をいただいき、その場から離脱する。


 戦利品を少し離れた換気扇の上に広げ、早く胃へと詰め込む。



「ごちそうさまでした」



 ゴミ袋から漁ったものを平らげ、近くのゴミ箱に捨てる。


 大人に見つかる前に、早く帰ろう。


 早足で電灯が少ない道へと進んでいると、突然、真っ暗だった道が照らされた。



(あれは……星?)



 足を止めて空を見上げると、満月の隣に流れる無数の流れ星が目に入った。



 紫、黄、赤、青、緑、白、黒、橙、藍、茶、桃、水色の12色の流れ星。



(綺麗……流れ星なんて初めて見るし、何かお願い事をしようかな)



 そう、呑気なことを考えていると、2つの星がおかしな動きをし始める。


 真っ黄色な星が、先頭を流れていた紫色の星に光を放ったのだ。


 攻撃を受けた紫の星は他の星々が落ちる軌道から大きく外れ、青い光を撒き散らす。


 青い光の尾を描きながら落ちる星はどんどん赤へと変色していく。


 元紫色の星はあっという間に空から消えてしまった。


 落ちていく方向は恐らく……近くの河川敷だろう。




【チャンスは取りに行かなきゃ変わらないよ? これは飛び込むべきだと思うけどなー】




 星を目で追っていると、蒼太の勘が追いかけろと告げてきた。


 蒼太は声に従い、河川敷に向かって走り出す。


 時間帯的に誰かとすれ違ってもおかしくないのに、河川敷はおかしなぐらい静かだった。


 近くに車道があるのに車は一台も通ってないし、人の歩く音も何もない。


 蒼太の耳に届くのは虫の鳴く声と川の流れる音だけである。


 どこか変だと思うが、何がおかしいのかを表現できない。


 言葉にできない感覚に意味もなく口を動かしながら、ぐるりと周囲を見渡す。


 目的のものはすぐに見つかった。


 今にも消えそうなぐらい弱々しい赤色の光を放つ何かを拾い上げる。


 それは周りの変な形のした石と比べなくてもわかるぐらい、綺麗な球体の石だった。


 大きさは成人男性の拳ぐらいだろうか。石にはヒビが入っており、そこから青い煙ような何かが漏れている。


 石を持っていない左手で青い煙に手を近づけてみるが、手が青に変色することもなく、冷たさも感じない。


 煙が出ているだけの不思議な石だった。



「なぁんだ……」



 まるで、物語の冒頭のシーンのような流れ星。


 何かが始まるかもしれないと、変わるかもしれないと心のどこかで期待してしまいそうな光景だったのに、何もなかったのだ。


 蒼太は落胆を隠せなかった。






『……………ない』





 石を置いて帰ろうかと迷っていると、音が聞こえた。


 声は声でも虫の鳴き声でもなく、川の流れる音でもない。


 周りを見ても誰もおらず、周囲は無人のまま。



『……ない……足りない』



 それなのに声は聞こえる。目の前から、声が聞こえてくるのだ。


 弱々しい光だったはずの石は周囲を爛々と照らす程、赤い光を放つ。


 蒼太は好奇心で持ち続けていたものの、輝きを増す石を見ているとだんだん投げ捨てたくなってきた。



『足りない……足りない……足りない足りない足りない足りない足りないタリナイタリナイタリナイナイナイナイナイナイナイ』



 声に合わせるように光が点滅する。点滅と同じように胸からドクドクという音が主張してきた。


 すでに蒼太の頭には好奇心なんて消し飛び、怖いという感情が頭を支配している。


 自然と息が荒くなり、上手く呼吸ができなくなっていく。


 そんな蒼太の内心なんて関係のないのだろう。


 石から漏れていた煙は警告のように、青から赤色に変化していて。


 恐怖に振り回される蒼太に構わず、赤い煙は形を作っていく。



『青が足りない足りないんですあなたのその青い二つの色を──』



 やがて煙は人の形を取り、両の手を目に向けて伸ばしてきた。



「うわぁぁぁっ!?」



 慌てて石を投げて捨てても、もう遅い。


 煙の指は目に触れそうなところまで伸びており、息を吹きかけられそうな距離まで近づいていた。


 せめてもの抵抗に、蒼太はぎゅっと目を閉じる。


 しかし、状況は変わってくれるはずもなく、力一杯目を閉じる彼の耳に囁くような声が届く。



『──目の青色を、くれませんか?』



















 ……







  ……?
















「……あ、れ?」



 恐る恐る片目を開けてみたが、人の形をした煙は無くなっていた。


 いや、煙だけではない。近くに投げた赤い石もなくなっている。


 念のために歩いて周りを見ても、宝石のような赤い石はなかった。



 体に何かあるかもと、思いつくところを触っても、いつも通りだ。


 外見的な変化はないし、見えてる景色も異常なし。


 念のために服を捲って体を確認するが、不健康な肉付きもいつも通りである。


 先程、経験したことなんて悪い夢じゃないかと言われても信じられるくらいに何もなかった。



(目が欲しいって言ってたくせに、何もしなかったんだ……)



 これ以上ここにいても意味はないだろう。


 気がつけば恐怖も引いており、蒼太の思考は普段通りに戻っていた。



(本の中みたいに何かが変わったり、するはずないのにね──どうせ僕は、逃げられないんだから)



 異常な現象を体験した割には、何も変化しない現実に酷く落胆した蒼太は河川敷を後にする。





 ただ、この時、川が近くにあるのだからと自分自身の姿を水面に映していたら。








 蒼太が望んでいた変化に、気がつけたのかもしれない。







 ──────────


[特に話には関係ない後書き]


この作品に辿り着き、ここまで読んでくださったあなたとの縁に感謝を込めて、ありがとうございます!


面白いと思った方も、期待できるかなーと思ってくださった方も、☆評価やフォロー、♡の応援等よろしくお願いします。


目標は完結させることです(背水の陣)ので、よろしくお願いします。

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