139話ルシール・ムーアの不安

 コーディリア様の従魔であるスタージョンは、あるじであるコーディリア様とはある意味一心同体だ。

 そのスタージョンが、先程まで死んだように動かなくなっていた。

 コーディリア様の身に、何かがあった事は間違い無い。


 だけど今は私の手の中から顔を覗かせ、しきりに周りを窺う様に顔を動かしている。

 この子の様子を見るに、コーディリア様も恐らくは事なきを得たのだろうが、だからと言ってとてもジッとして居られる物では無い。

 キャサリンと一緒にコーディリア様を探しに行こうとした私達なのだが、そこをアーシュラ・ルイン先生に止められてしまった。


「ルシール・ムーアさん。キャサリン・ムーアさん。迅速に避難指示に従ってくださいねー」

「で、ですが先生! コーディリア様とカレン・マーリンがまだ!」


 そのアーシュラ先生の足元に、スタージョンとは別の小動物が駆け寄って来た。

 そしてそのまま先生の体を登っていく。

 先生はその場で腕を胸元まで上げて、その小動物を腕に乗せた。


「あ、少しお待ちくださいねー。ふむふむ、なるほど、なるほどー」

 キュッキュッ! キュキュー!


 それは、私の手の中に居るスタージョンと同じく白い姿の従魔だ。

 でもあちらは、ウチのスタージョンより随分大きいのですが……。

 あれはベアトリス・クロキ嬢の、白いネズミの従魔だったはず。

 それがアーシュラ先生の腕に乗り、何かを語りかける様に鳴き声を上げていた。

 その様子に、私は思わず目を疑ってしまう。


「彼女達の事はー、任せて欲しいそうですよー」

「せ、先生?! 先生は……その従魔と会話がお出来になるのですか?」

「えー、まあ、なんとなくニュアンス? ですかねー」


 なんとなくのニュアンスだけで、従魔と会話が成り立つものなのだろうか?

 実際のところ、しっかりコミュニケーションを取れている様には確かに見える……。


「それでも! 私達だけで避難なんて出来ません! コーディリア様もご一緒でないと!!」

「お気持ちはよく分かりますー。それでもわたし達はー、迅速に避難しなければなりませんー」

「コーディリア様達はご自分達だけでは動けないのかも知れません! 私達が行ってお助けして差し上げないと!! 場所はきっとこのスタージョンが……!」

「落ち着いて下さいルシール・ムーアさんー。残念ながらそれは教師として許可出来ませんー。ここはプロにお任せするところですよー。あなた達だけではー、二次災害の危険が発生しますからねー」

「そ、そんな……」


 その時、足元から這うように低い鳴動が響いて来た。それは大地の底から伝わる振動だった。

 大きな揺れこそ無かったが、その地鳴りは異変が迫っている事を知らしめるには十分な物だ。


「地鳴り?!」

「ル、ルシール! 地震が来るのですか?!」

「キャサリン! 落ち着いて下さい!!」


 思わずキャサリンと身を寄せ合ってしまう。

 普段冷静なこの子も、かなり顔色を無くしている。


「お2人ともー、大丈夫ですよー、落ち着いてー。さあさあ、急いで避難用馬車に乗車しましょー。わたし達のこの馬車が最後ですからねー」


 響き続ける地鳴りに、私とキャサリンの2人はつい及び腰になってしまう。

 3年前の地震の事を、どうしても思い出してしまうからだ。

 そんなわたし達にアーシュラ先生は、落ち着く様にと言葉をかけて下さった。そしてそのまま、避難用馬車へと優しく導いて下さる。


 恐る恐る馬車に乗り込もうとステップに足をかけた時、抱えていたスタージョンが突然激しく身じろぎをし始めた。


「スタージョン? どうしたのです?」


 キュピピピピピッッ!!


 スタージョンが何かに焦るように、腕の中で大きく動き出したのだ。

 まるで取り返しのつかぬ事でも起きたかのように。居ても立っても居られぬと言いたげに。

 そしてついに私の腕から飛び出してしまった。


「スタージョン?! どこへ行くのですか?!!」


 慌てて追いかけようとしたけれど、相手は小動物。とても直ぐに追い付けるものではない。

 ですがそのスタージョンを、クロキ嬢の従魔が咄嗟に走り出し、その場で素早く抑え込んでくれた。


 キュピッ!キュピピ――――ッ!!

 キュキュッ! キュキュッッ!!


 スタージョンを抑え込んだクロキ嬢の従魔が、仕切りに声をかけているようだった。

 まるで動揺するスタージョンに、「落ち着け」とでも言っている様に。


「あ、えっと……。ありがとうございます」

「ありがとうございますー、アルジャーノン」


 私はクロキ嬢の従魔にお礼を言いながら、この子が抑えてくれているスタージョンを抱え上げた。

 アーシュラ先生も一緒に、クロキ嬢の従魔にお礼を言って下さった。

 そう言えばこの子は、アルジャーノンと言う名前でしたね。


 キュピッ! キュピピ――――ッッ!!!


 私が抱えても、まだスタージョンは鳴き声を上げています。北の……ずっと森の奥に向かって。


「……北の空が」

「赤い……?」


 スタージョンがしきりに向かおうとする北へ視線を向けた時、私とキャサリンは思わず呟いました。


 ローハン火山の麓には、割れ目火山からのマグマの明るさが、その上に漂うガスに赤く照り返されている。

 今はその赤が、とてもとても強く光っている様に見えた。

 まるで何か不吉な事の前兆のように…………。


 キュキュキュ――ッ!!


 その時、私達の不安を諫めるように、クロキ嬢の従魔……アルジャーノンが高らかに一声鳴き声を上げました。


「大丈夫ですよー。心配ないですからねー」


 アーシュラ先生が優しく窘めるように、スタージョンの頭をそっと撫で、静かに声をかけて下さった。


「ですが先生。きっと今森の奥で何かが……」


 先生は大丈夫だと仰いますが、やはり私達の胸騒ぎは収まりません。

 森の奥で何かが……コーディリア様の身に何かが起きていると言う確信じみた思いは増すばかりです。


「大丈夫ですよー。何しろこの子の話ではー、彼女がもうすぐそこまで来ているそうですからー」

「……彼女? ですか?」

「はいー、彼女ですー。だからー、何にも心配はいりませんよー」


 アーシュラ先生は心配はいらないと優しく微笑まれている。

 それでも私はキャサリンと手を繋ぎ合い、不安と共にスタージョンを胸に抱く。

 赤く光るあの夜空の元、私達はコーディリア様のご無事を祈らずにはいられなかった。

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