90話東キャナル街道
現在わたし達は、デケンベルから東に延びる『東キャナル街道』と呼ばれる街道を、大型の馬車に乗って進んでいる。
目的地はカルナフレーメル群の中心都市『リエンキャナル
カライズ州の南北を縦断する大街道と違って、デケンベルから東西に延びるこの街道は、大街道ほどの整備は成されていない。
大街道自体も、所々
この東の街道は、玄武岩での舗装などは精々デケンベルから2キロ程度までしかされていない。
それでも流通に使われている事もあり、道は充分踏み固められていて、馬車の通行には何ら不自由は無い。
巨木が立ち並ぶ深い森を切り開いた薄暗い道。険しい勾配を幾度も越える山道。切り立った岩肌に挟まれた曲がりくねった渓谷。
平坦では無い場所を切り開いた街道である為、全てを整備するには想像以上の資金と労力が必要なのだと、ロデリックさんが教えてくれた。
だが、そんな厳しい場所では山賊や盗賊団が湧く事も珍しくは無いのだそうだ。
食詰め者程度なら、僅かな食糧や少ない金額を渡せば引き下がってくれるのだが、質の悪い強盗団ではそうも行かない。
組織力のある大きな盗賊団にでも狙われたりしたら、荷を置き去りにして逃げの一手を打つ事が、唯一の助かる手段なんだとか。
盗賊に狙われない為に、何台もの馬車で大型のキャラバンを組み、盗賊共の手に余る規模で進むのが、幾つか在るこの街道の危険ポイントを通る時の安全策だったりするそうだ。
なのに今我々は、大型馬車の一台だけ。
大丈夫なのか?ロデリックさん。
「今回は姫様がご一緒されていますから、大船に乗ったつもりでおりますよ!」
と高らかに笑い声を上げるロデリック氏。
う~~む、信頼いただいてるのは嬉しいんですけどねぇ……。
そう、今回の馬車旅は、わたし達が
しかもその依頼主は、ノースミリア商会の会長ロデリック・マクガバン氏その人!
バウンサー協会の事務所で登録を済ませた後、既に依頼が来ているからと、そのまま事務所奥のゲストルームへと案内され、そこでロデリックさんと再会する事になった。
「スージィ姫様の初仕事を、この身で受けられる光栄!この歓び筆舌に尽くし難く!」
開口一番ロデリックさんはそう仰って、握ったわたしの手を何度も何度も上下させてきた。
「姫様!何卒この度はよろしくお願いいたします!」
「ロデリックさん。も、もう少し落ち着かれた方が……」
「はっ!確かにそうですな!此処は落ち着いておりませんとな!」
大きく身体を揺らして笑うロデリックさんのモチベーションが、矢鱈と高かった。
ま、わたしも初めてのお仕事相手が、お知り合いなので緊張も無くて嬉しくもあるんですけどね。
お仕事の内容は、商談に向かうロデリック・マクガバン氏の警護。
デケンベルがあるナサントルカ群のお隣にある、カルナフレーメル郡の中心都市リエンキャナルを往復する2泊3日の護衛の旅だ。
平日を使ってのお仕事だが、学校の授業は『学外研修』と言う事で免除される。
まあ学園に戻ったら、抜けた授業の分の補習は受けなくてはいけないのだけど……。
デケンベルへ戻るのは、週末のお昼前の予定。
ギリでアニーの誕生パーティーには間に合う見込みだ。
罷り間違って、間に合わないなどとなっては洒落にもならないので、全力で仕事に臨む所存に御座います!
「アンタも力入れ過ぎて、やらかしたりしない様にしてよ!」
フンス!と息を吐くわたしに、ビビが釘を刺してくる。
いあ、分かってますって。わたしだって節度くらいは心得ておりますともさ!
しかし、更なるジト目をわたしに投げてくるビビ。なんでさ?!
そんなビビも今現在はミアと一緒にわたし達が乗る大型馬車の御者席に座って、その手綱を握っている。
御者は、クライアントのロデリックさん以外の護衛6人が、それぞれ交代で務めているのだ。
馬車はロデリックさん所有のノースミリア商会の紋が付いた大型の馬車。
全長は5メートルくらいだからワゴン車くらいかな?
当然『空間拡張』仕様なので中は悠々広々スペース!
大商会の会長専用車らしく内装も豪華で、まるで高級リムジンにでも乗っているかの様だ!乗った事無いけどね!!
「しかし!この馬車も凄いが、コレを引くウマもとんでもないね!」
そう声をかけてくるのは、バウンサー協会で出会ったハーフジャイアントのルドリさん。
「このクレイゴーレムのウマは他とはちょっと馬力が違うね。でも、まだテスト運用なんだっけ?」
「ええ、それでもとても素晴らしいウマかと存じます」
そう言葉を続けたのは、腰まで届く長い金髪と、やはり長い耳を持つ二人の女性。ルドリさんと同じチームのサンエルフのお二人だ。
ここでお二人が仰る『ウマ』と言うのは、この馬車を引くクレイゴーレムの事だ。
実はこの世界、内燃機関がない代わりなのか、こう言ったクレイゴーレムの技術がとにかく発達している。
通信に使う『ハト』なんかもその一つだね。因みに荷物を運ぶ小型の『ロバ』や『ウシ』。果てはカバだかゾウだかの大型魔獣モデルのクレイゴーレムもあるらしい。
『ウマ』以上の大きさを持つクレイゴーレムはそれなりに高価な物なので、誰もが簡単に持てる訳では無いけれど、一部のお金持ちや旧貴族など、使っている人達はそれなりに多い。
餌も食べず、馬力もあって疲れを知らないクレイゴーレムは、長距離の移動時に大変重宝される。
必要なのは御者が与える魔力だけだ。
なので必然的に、御者は魔力を扱える者となるのだ。
そんで、コチラのサンエルフのお二人とルドリさんチームの事だけど……。
実はロデリックさんの護衛は、最初からこのルドリさんのチームと一緒する事になっていたのだそうだ。
元々ルドリさんはわたし達と顔合わせをする為、パブで時間を潰していたそうな。
でも、まさか裏口であるパブから入って来て早々、あんな簡単に男を無力化するとは思っていなかったと笑われた。
本来であれば顔合わせの後、軽く手合わせして実力を確かめる筈だったのに手間が省けたと、わたし達が受け付けをしている間、ルドリさんはカラカラと笑いながらそう教えてくれた。
今ルドリさんと並んで座っているサンエルフのお二人は、ナミエナ・ファルマさんとサレイナ・ロクサーヌさんと仰る。
ナミエナさんは目がキリリとした美人さんで、実直な雰囲気を持たれた方だ。アーマーを身に付け『ソードナイト』という上級
サレイナさんはその逆で、おっとりとしたお嬢様と言った感じの方だ。コチラも上級
お二人とも17~8歳くらいのお姉さんに見えるけど、長寿種のエルフなので実年齢はその限りではないのだが……。
そしてチームのリーダーであるルドリ・サウザさん。
ルドリさんもこれまた上級
その手に装備した鋼のガントレットが、鈍く冷ややかな光を纏っている。
ルドリさんのチームはナミエナさんが盾で相手を引き付け、サレイナさんがデバフや回復を担当し、ルドリさんが拳で叩き伏せるという、実にバランスの取れたパーティーだ。
道中早速出て来た魔獣を、三人は危なげなく対処していた。
今回三人が対処したのは、『ファングボア』と呼ばれる体長3メートル程の大型の猪みたいな魔獣だ。
これは濃厚な魔力と共に長い年月生きて来た事で魔獣となった、所謂『魔力編成生成物』と言うものらしい。
森の中から迷い出て来たファングボアがこの馬車に出くわし、思わず驚いて襲って来た。そんな感じだった。
突っ込んできたファングボアにサレイナさんが魔法で足を鈍らせ、ナミエナさんが盾で抑え込み、止まった所をルドリさんが重い拳の一撃を側頭部に入れて仕留めていた。
実に流れるような連携だった。
アムカム以外でも、魔獣相手に巧く立ち回れる人は居るもんなんだなぁと、素直に感心してしまった。
仕留めたファングボアは魔獣とはいえ、アムカムの森の魔獣ほど瘴気に塗れてはいないものだ。
ちょいと『魔抜き』をしてあげれば十分な食材にもなる。
久方ぶりの獲物なのでちょっと嬉しくなり、解体して頂いても良いかロデリックさんとルドリさんにお聞きしたところ、快諾してくださったので近くの木に吊るしてサクッと魔抜きと解体をしてしまった。
サレイナさんとナミエナさんが、わたしが魔抜きをしているのを見て目を見開いていた。
『魔抜き』が珍しかったかな?と思ったが「こんなキレイに瘴気を落とすなんて見た事がない」との事だった。
アムカムではこのくらいの事は良くやってたんだけどな。
ロデリックさんとルドリさんは、わたしの解体するスピードに驚いたそうだ。
いあ、このくらいはソニアママに仕込まれていますので……。てか、なんでミアはそこでドヤってるのさ?
バラした肉は、一週間くらい寝かせると美味しくなるのでこのまま持って行くことにした。街に着いたら、何処かで売ってしまっても良いしね。
でも、新鮮な内が美味しい内臓なんかは、この場で食べてしまいませんか?と提案してみる。
皆さんのご同意を得られたので、馬車の横で塩をふってハツなんかを焼いてみた。
そしたらこれがロデリックさん達に大好評!
「魔獣の肉がこんなにも旨い物とは知りませんでした!」
「これ、濃厚に魔力が込められてんじゃない?!」
「お肉の旨味と同時に、洗練された魔力が舌の上で踊っておりますぅ!」
なんか、良くわからないグルメ物的な賞賛を受けている気がする。いや、ホントに良く分からないよ。
でも思いもかけず、そんなホルモンパーティーな休憩を得る事が出来た。ファングボア様様だね。
この街道をデケンベルから東へ50キロ程進むと、カルナフレーメル群との群境を越える事になる。
そこから更に20キロ程度進んだ所に、中間地点もであるヘクサゴムという街がある。
この街は街道が南北へと分岐する中心に存在し、カライズ州東部のターミナルシティなのだそうだ。
ヘクサゴムは物流行き交う街だけあって、多くの人々も集まる。
人が集まれば、当然の様に善からぬ輩も集まる物だ。
デケンベルも人の多さからそれなりに脛に傷持つ者は多いけど、街の裏ではパワーバランスが取れているので、まだ秩序があるのだそうだ。
それを聞いて、なるほど姐御達が仕事をしてるんだな、と思い至る。
しかしこのヘクサゴムという街は、その辺を仕切る連中が殆ど居ない為、結構な無法地帯になっているのだとルドリさんは教えてくれた。
「ここ何年かで、大規模盗賊団の拠点が出来てるって話も伝わっているからね」
なるほどね。こりゃ入れ喰いになっちゃうかな?
まあ、コチラとしては狙い目が食い付いてくれればそれで良い。
外道が釣れても、それはそれでお掃除にもなるんだけど、今回は余り時間は無いからロデリックさんに期待ですかね。
不穏なワードを聞きつつも、この馬車旅を満喫するわたし達を乗せ、馬車は一路目的地へと向け進んで行くのだった。
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