87話採寸とランクアップ

 アルファルファ通りの中程に位置する『可愛い火打石ミミ・シレックス』は、デケンベル一の高級ブティックとして有名なお店だ。

 奥様のアンナ・バーバラ夫人は、デザイナーとしてとても優秀で、お店の品の殆どのデザインを手掛けているのだそうだ。


 ブティックのお名前が、何故『火打石』なのかと夫人に聞いてみたら「素敵で可愛い衣装を身に付けたら、それだけで殿方の胸の内には火が灯るものよ」と、それはそれは素敵な笑顔でウィンクまで飛ばされた。


 成程、お店はとても可愛らしい創りだった。

 眩しいくらいに真っ白な外壁と、丸みを帯びたオレンジ色の瓦屋根。

 上辺がアーチ型の窓には、ドームの様な丸いひさしが帽子のように被さり、それが鮮やかなカーマインで白い外壁にとても映えていた。

 白くて大きな入口の扉には、花束の様な細工を施された真鍮のドアノブが取り付けられている。

 きっと、まるっとオーナーの趣味が生かされているのだろう。


 入口の扉を開かれ夫人に中へと招き入れられると、直ぐに一人のお姉さんがお店の奥から飛んで来た。

「ああ!お嬢様!お待ちしておりました!お陰で傷一つない身体でいられます!聖女様のお力に感謝を!!」

「わ、わたし!聖女では無いのです、が!?」


 目を潤ませながらわたしの手を握り、それを力強く上下にガクガクと振るお姉さん。

 この方が、夫人が言っていたジュディさんらしい。

 ジュディさんはわたしが「聖女では無い」と説明しても、「ええ!ええ!わかっております!分かっておりますとも!!」と繰り返して取り合ってくれる様子がない。だからわたしゃ神学科の生徒じゃないんだってばよ!


 ジュディさんはお店のトップテーラーで、その実力は国一番だと夫人は仰る。

 お店の子達からの人望も厚く、優秀でいて頼りになる人材なのだと道すがらご夫妻は語ってくれた。


「ジュディ!感謝の気持ちを伝えたいのは分かります。ですが時間は限られていますよ!」


 アンナ夫人がパンパンと手を叩き、そのよく通る声を店内に響かせた。


 するとジュディさんは「そうでした!」と言ってわたしからサッと離れる。

 どうやら最初から、今日中にわたし達の採寸をしてしまおうと話は決まっていたらしい。

 むふぅ……。あの時のミカン目にもう一段含みがあったか。今更ながらに、コリンの笑顔の意味に気が付いた。初めからこうする段取りで進めてたって事なのだ。

 


 そして直ぐにジュディさん号令の下、わたし達はスタッフのお姉様方に囲まれてしまった。

 そのまま店の奥へと連れていかれると、忽ち制服を剥かれて採寸が始まったのだ。


 突然服をはぎ取られる展開に、わたしもカレンも大いに慌てた。

 股下などを計られたりしたら、咄嗟に変な声も出てしまう。


 しかし、ビビとミアは平然としたものだった。

 特にミアなどは、これでもかという程堂々とした佇まいで……。

 そのあまりにも堂々としたブツに、感嘆の息を漏らすお姉様までいたりした。ぐぬぬぬ……。


 それでもわたしが恥ずかしがる間も無く、直ぐに採寸は終わってしまった。「聖女様には例の生地が届きましたら、改めてお願いいたしますね」とアンナ夫人に囁かれた。

 ですから聖女ではありませぬと言うに!


 意外と早く終わったなと思ってたけど、カレンの場合はそうは行かなかった様だ。「赤がお好きと言っていたから、明るめのスカーレットを使いましょう」「ドレープをもう少し腰回りに」「リボンはここで押さえて」といった感じでお姉様方に取付かれている。

 沢山の布が持ち寄られ、片っ端からそれを体に宛がい合わせられ、相当にこねくり回されていた。


 夫人監督の元、カレンは採寸するのと同時に仮縫いまで済ませてしまうのだそうだ。

 まるで戦場のような慌ただしさの中心にいるカレンの目玉は、既にぐるぐる渦巻き模様だ。

 最後の方ではカレンの口から魂が零れ出ているのを、確かにわたしは視た!!


 まだしばらくは時間がかかるという事で、カレンを夫人にお願いし、わたし達は『可愛い火打石ミミ・シレックス』を後にする事になった。


 わたし達は今日、本来の予定は別にあったからね。

 何時もの様に、『大きな前庭ビックフロントヤード』のシフトが入っていると云うワケではない。

 今、お店の方はわたし達もカレンも、少しの間シフトから外してもらっているのだ。


 カレンは例のごたごたが落ち着くまで。

 わたし達は冒険者組合のランクが上がったので、その手続きが済むまで。


 そう、つまり今日は冒険者組合に行って、ランクアップの手続きをしに行く予定だったのだ。


 落ち着いたらカレンもわたし達も、またお店に出ることになると思うけどね。


 目で「置いていかないで」と訴えるカレンに後ろ髪を引かれながらも、「バーバラ夫妻を信じろ」とビビとミアに引きずられ、わたし達は冒険者組合へと向かう事となったのだ。



     ◇




「皆様、ランクアップおめでとう御座います」

「ありがとう御座い、ます。クゥ・エメルさん」


 冒険者組合の窓口では、クゥ・エメルさんが出迎えをしてくれた。


「一般会員である『Dランク』へと上がった皆様には、今後は其々ご自身の適正、技能に応じて専門部署でのお仕事が可能となります。ご説明をお受けになりますか?」

「お願いするわ!まだわかっていない者もいるからね!」

「畏まりました」


 ビビがわたしに目を向けてから、クゥ・エメルさんに説明するようにお願いした。

 む、確かにわたしは分かってないけどね。

 ビビは分かってたって事?なんか釈然としないな。むーー。


「まず、私共ノースミリア冒険者組合ではお仕事を受けるに当たり、いくつかの専門部署を設けております。それは会員様の専門性を生かすためのもので御座います」


 クゥ・エメルさんの説明によると専門部署は、技術や知識、技能などに特出した人に向けての物なのだそうだ。

 例えば調理技術。例えば魔法技術。例えば計算技術。例えば調剤技術。

 其々の専門技術を有している人が、その方面に向けて仕事が出来るように専門部署スペシャリストの窓口があるのだそうだ。


「アムカムの皆様には、此方への所属をお願いしております」


 そう言ってクゥ・エメルさんが示した専門部署は、『用心棒バウンサー』と呼ばれる物だった。

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