86話フローライトシルク
「特に聖女候補のお嬢様!貴女のおかげでジュディは傷ひとつ無い身体で済んでおります!感謝しても仕切れません!どうぞ貴女にもとっておきの一品を仕立てさせて下しいまし!」
「ふぇ?!わ、わたしです、か?!」
夫人がカレンから離れ、今度はわたしに向かい顔を近づけ捲し立てて来た。
いやいや!わたくし聖女候補じゃ御座いませんけど?!
「でも、わたしたちはドレス持って来ているから、来週に間に合わせる必要はないよね」
「そうね!急ぐ必要はないわね!その子の後で、ゆっくりお願いできれば良いと思うわ!」
ミアとビビは特に断る事もなく、普通にお礼を受け取る心づもりの様だ。
まあカレンにお礼を受けさせる以上、わたし達が断るわけにはいかないしね。
「そうね。でもスーは年末の事があるから、どうせならちゃんと仕立てて貰う方が良いんじゃないかしら?」
「「なるほど!」」
え?なに?コリンは何の話をしてる?
年末の事ってなんだ?
ビビとミアまで「そうだ!」みたいな顔して、何を納得しているのさ?
「そうだ!スーちゃん、村を出る前にラージクロウラーの糸を持って来たじゃない。アレを使って貰ったら?」
「そうね!製糸も済んで、そろそろ生地に仕上がっている頃よね!」
「あら、それは良いんじゃない?とても相応しいと思うわ」
確かに村にいた夏休み終わりの頃、森の中層を超えた辺りでラージクロウラーに出会ったのでその糸を採取した。
『ラージクロウラー』は名前の通りデッカイ芋虫だ。
体長5メートルを超える巨大チョコパンだ!
なのでその吐き出す糸も、まとめると結構な大きさになる。
もう、軽く1メートルを上回る大玉になった。
持って帰ったら大変に驚かれたけれど、滅多に取れない物だとハワードパパも村の皆んなも喜んでくれた。
その時にも珍しい物だとは言われたけど、「相応しい」ってナニ?
「ちょっ、ちょっとお待ちください。今、ラージクロウラーの糸と聞こえましたが……。も、もしや……まさか、『フローライトシルク』のお話……でしょうか?」
「あら、ラージクロウラーをご存じでしたか。流石ですね。ええ、そうです。ラージクロウラーの糸で紡いだ生地は、一般には『フローライトシルク』と呼ばれる物です」
「……おお!そんな……そんな、まさか!」
バーバラ氏の問いかけにコリンが答えていた。
そういやあの糸、生地にすると『フローライトシルク』とか呼ばれるって言ってたっけ。
魔力を練り込んで糸を紡ぐから結構時間がかかるけど、出来上がると綺麗で丈夫な糸になるとソニアママが教えてくれた。
紡いだ糸で織り込んだ生地は、とても柔らかで淡く放つ輝きが綺麗なのだそうだ。「生地が出来たら、セシリーの所で下着に仕立てて貰いましょうね!」とママは仰っていた。なんでも肌触りがとても良くて、一度使用したらもう手放せなるのだそうな。
でも、なんかバーバラ氏、『フローライトシルク』と言う単語にやたら反応しているな。
まるで感極まった様に、プルプルとしてるよ?
「『フローライトシルク』!他に類を見ないしなやかと、夢見心地のようなその極上の肌触り。魔力が纏われる事で淡く儚い輝きを帯びる様が、多くの人を惹きつけて止まぬ稀少な逸品!そしてその高い魔力保持力による、そのしなやかで儚げな質感に似合わぬ永続的な頑強さも併せ持つ!現在、王都に200年以上前フローライトシルクで仕立てられたドレスが現存していますが、その品質は衰えるどころか未だに輝きを増しているとか!生地そのものも50年以上は市場に出回っていない筈!私も直接手で触れる事が出来たのはもう20年も前の事でございます!一体そんな物をどうやって?!!」
何か一気に捲し立てられた!
生地に対する価値基準が、村とはかなりかけ離れている気がするんですが?!
そしてバーバラ氏の圧がしゅごい!すっごいグイグイ来るんですけど?!
ひょっとしてこのお2人、似たもの夫婦か?!
「彼女達はアムカムから来られていますからね。何よりも彼女、スージィ・クラウド嬢は、アムカム現頭首のご息女にして次期頭首でもありますから」
「なんとっっ?!!」
そのバーバラ夫妻に、わたしを『次期頭首』とサラリと言い放つラインバーガー生徒会長様!!
なんで笑顔の爽やかさが更に増してるんですか?!お顔周りの煌めき具合がひと際眩しいんですけど?!
「これぞ神々の思し召し!糸紡ぐ運命の女神モイルナよ、その導きに感謝いたします!」
それを聞いたご夫妻は、女神への感謝の言葉を口にすると直ぐにわたしの方に向き直った。
その姿に更なる圧を感じて、ちょっと身を引いてしまう。
「是非ともあたし共にお任せ下さい!この様な希少素材に出会えるなど、思ってもおりませんでした!」
「今から『ハト』で知らせれば、一週間程度で現物は届くと思いますよ」
「では!では!それまでにデザイン案をまとめなくては!後は現物を拝見してから!きっと止めどなくインスピレーションが湧き上がるはず!ああ!ジュディにも早く教えて上げないと!こうしてはおられませんわ!急いであたし共のお店に参りましょう!まずは皆さんの採寸を致しませんと!」
なんか怒涛の勢いで話が進んでいるような気がするけど気のせいか?!
わたしとカレンだけが「え?え?」と話に付いて行けていない気がするけど、他の全員が「さあさ、とっととやっちゃいましょう」とばかりに事を進めてく。
そんな中わたしとカレンとは二人して、手を繋いで戸惑うばかりになっていた。
みんなの笑顔に妙にビビっている、わたしとカレンだったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます