84話アニーからのご招待

 その日のアニーは、普段通り慣れた初等舎の物ではない通路を、少し緊張した面持ちで進んでいた。


 同じ校内とはいえ、中等教育が行われているこの場所ではアニーの様な幼い子がやってくる事は殆ど無い。

 中等舎の入り口の警備員に許可を得て中に入った時も、一緒に着いて行こうかと提案されたが、アニーは丁寧にその申し出を辞退した。

 自分一人で目的を果たす事に意味があるのだと、アニーは考えていたからだ。


 午前で終了する週末の今日は、この時間ならあの方達は目的の場所に集まっている筈。

 アニーは年上の生徒達の視線に見送られている事を意識しながらも、まっすぐ前を向き進んで行く。



 程なくして到着した中等舎の大食堂は、アニーの想像以上に生徒が溢れていた。

 ――この中のどこかに居るスー姉さまを見つけなくてはいけない――

 だが意を決して足を踏み入れたモノの、この人の多さには怯みも感じてしまう。


 まずは誰かに尋ね聞くのが無難かと考え声をかけようとするが、殆どの生徒は自分の視界から外れるアニーには気付かず、己の食欲を満たす為に動く事に夢中になっている。


 これはテーブルを端から回って見た方が確実かもしれない。

 小さく嘆息しながらも、足を踏み出そうとしたアニーに声をかける者が居た。


「あら?アナタはもしかしてアムカムの?」

 

 声をかけて来たのは青く長い髪を持つ、細身で長身の女生徒だった。

 初めアニーを見下ろしていた彼女だったが、直ぐに身を屈め、アニーと同じ目線になると言葉を続けた。


「やっぱりアムカム総領事のご息女ね?覚えていらっしゃいません?以前コリン先輩に領事館のパーティーへご招待頂き、その時ご挨拶させて頂いたオセアノスのセルキー・マウです」


 「あっ」とアニーは声を上げる。

 そうだ。以前コリン姉さまからオセアノスの海人メロウの方だとご紹介頂いた方だ。

 この綺麗な青い髪と、透き通る様な白い肌には見覚えがある。


「おぼえておりますセルキー・マウせんぱい。たいへんお久しぶりでございます」

「うふふ、覚えて頂いていて嬉しいわ。それで、こんな上級生ばかりの食堂でどうされました?」

「……あ、じ、じつは……」

「うふふふ、大丈夫わかりますよ」

「え?」

「初等舎のアナタがこんな場所に来られるという事は、お従妹様に御用がおありなのでしょう?」

「は、はい!じつはそうなのです!で、ですがどこにいらっしゃるか分らなくて……」

「やっぱりそうなのですね。……確かクラウド様方は彼方のテーブルにいらっしゃったと思います。ご案内しますね。一緒に参りましょう」

「あ、ハイ!ありがとうぞんじます!」


 差し出されたセルキー・マウの手を、アニーは嬉しそうに取り、2人はそのまま食堂の雑踏の奥へと進んで行った。





     ◇◇◇◇◇





「アニー!どうした、の?」

「うふふ、食堂の入り口で、お従妹様を探して途方に暮れておいででしたよ」

「まあ!セルキー様がわざわざ連れて来て下さったのです、ね?ありがとうござい、ます」

「いえ、わたくしも存じ上げているお相手ですので……ねぇ?」

「はい!ありがとうございましたセルキーせんぱい!」


 アニーとセルキーさんが「ねえ?」「うふふ」と笑い合っている。

 ほむ、意外な交友関係だ。

 アニーは流石総領事であるフィリップ叔父様の娘と言うべきか。

 それともセルキーさんの顔の広さが流石と言うべきか。

 きっと両方なのかもしれないな。


 セルキーさんはそのまま笑顔でアニーに手を振り、青い髪を振りまきテーブルから離れて行った。

 相変わらず所作の綺麗な方だ。

 

 アニーをテーブルに、わたしの右隣に座らせ「お昼は食べたの?」かと聞けば、急いで済ませて来たと答える。


「じゃあ、デザートはまだ、かな?一緒にプディングを食べよう、か?」


 そう問えば零れるような笑顔で大きく頷くアニー。

 しっかりしている様で、こういう反応は年相応で可愛らしい。

 いつの間にかカーラが果実水を持って来ていて、それをアニーの前に「飲みなさい」とそっと置く。

 カーラにお礼を言ったアニーが、嬉しそうにグラスを両手で持って、一生懸命に飲む姿がまた愛らしい。その姿を見る皆の目が、ホッコリとするのは無理の無い事だ。


「ところでアニー、こんな所までどうした、の?」


 嬉しそうにパンプキンケーキを頬張るアニーに、何か用事があるのかと改めて聞けば、ケーキフォークを咥えたままハタと目を開く。

 アニーは直ぐさま果実水で口の中の物を流し込み、ナプキンで口元を押さえた後、椅子から降りてわたしを見て佇まいを正して礼を取る。


「ほんじつは、スー姉さま方をごしょうたいいたしたく、おさそいにあがりました」


 そう言うとアニーは、わたしに封書を差し出した。


「来週、わたくしの誕生パーティーがございます。ぜひ来ていただきたくぞんじます」

「もちろん、ですアニー。必ず伺います、よ」


 今日は5の紅月あかつき4日だ。

 次の週末である5の紅月あかつき11日は、アニーの誕生日である事はとうに知っている。


 でも、それがこんな形で招待状を頂けるとは思ってもいなかった。

 ハニカミながら招待状を突き出すこの仕草!このアニーのいじらしさと言ったら、もう!堪らないモノがあるよね!


 だけど、わたしに招待状を渡すだけだったら、今ここに来る必要も無かったとも思う。

 今日は叔父様の所へ寄る予定もあったし、何時でも渡せたと思うんだよね……。


 招待状を受け取りながらそんな事を考えていたら、アニーはトコトコとテーブルの向こう側へと歩いて行く。

 そして――。


「カレンさまにも来ていただきたく、招待状をお持ちいたしました」

「え?アニーちゃん、わたしにも?!」

「はい!ダンとナンも出席してくれます!」

「…………そう」


「それと、コーディリアさまもご一緒に来ていただければ、とてもうれしゅうございます」

「まあアニー!まあ!まあ!!アニー!!」


 なるほど、この2人にも招待状を手渡したかったのか。

 確かに今のところわたし達3人が揃うとしたら、このタイミングが確実かなぁ。


 コーディリア嬢ってば、感激に打ち震えていると言わんばかりに、プルプルと震える手で招待状を受け取っていた。


「ほ、本当に私も誘って頂いて宜しいの?」

「もちろんですわ!」


 ホントに感激してるんだな。コーディリア嬢涙目になってるよ。

 ルシール嬢やキャサリン嬢まで目頭を押さえてる?「ボッチのお嬢にこんな可愛いお友達が……」と言うキャサリン嬢の呟きが聞こえた気がした……。




「ありがとうアニーちゃん、嬉しいよ。でも……」


 一方で少し言い淀むカレンを、アニーが不安げに見上げる。


「でも、パーティーへ着て行けるドレスなんて今はもう持っていないし。恥ずかしいけどドレスを作る余裕も無いの……」


 そんな大きなパーティーへ着て行ける装いは持っていないと、残念そうにカレンは語る。

 

「それなら!私がカレンのドレスを用意致しますわ!お父様に言えば直ぐに何とかしてくださいます!」

「コーディ?!ダメだよそんなの!!そこまでして貰えないよ!キャスパーのおじ様にも申し訳ないよ!」

「何を仰るのカレン!お父様だって、貴女にしてあげる事が出来ると知れば、どんなに喜ばれるか!」

「ダンとナンのいしょうは、もうすでに準備させていただきました」

「そんな事まで……。ありがとうございますアニーちゃん。こんなにも弟と妹を良くして頂いて、本当に感謝しています」

 そして、せめて双子ちゃんだけでも楽しませて上げて欲しいとカレンは続ける。


 そんなカレンに「ごしんぱいはむようです!」「私が仕立てて差し上げます!」とどこまでも食い下がる2人。

 どうやらコーディリア嬢もアニーも、カレンを諦めるつもりなど毛頭無いらしい。


 今のカレンからは、最初に受けた気弱で引っ込み思案な印象は全く感じられない。

 むしろ、静かな面持ちで困った様に誘いを断る姿は、固い意志を持つ人のそれだ。

 

 って言うか、結構カレンてば頑固娘?


 昔、コーディリア嬢ともこんな感じで言い合いをしたのかな?

 だとすれば、良い加減な所で止めて上げないと、ヒートアップし過ぎてまた大変な事になっちゃうかも?


 と、その言い合いを続ける3人の傍に立つ人影が一つ。

 実はちょっと前からこのテーブルに来ていたんだけど、言い合いに夢中な3人は気が付いていない様子だ。


 そして徐に、彼女は3人に声をかけた。


「そう言う事なら、丁度良かったのかもね」

「コリン姉さま!」


 生徒会の仕事が終わったのか、コリンが来ていた。

 そのコリンがどういう事なのか「丁度良い」とか言う。


「それじゃカレン・マーリンさん。それにスーとビビとミア。お客様がおいでですから一緒に来賓室まで行きましょうか」

「「「「はい?」」」」


 そこで胸元でポンと手を叩き、わたし達に向け大きな丸眼鏡の奥でミカン目をにこやかに細め、そのままコリンはそう言ったのだった。

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