49話深緑の願い
模擬戦が始まる前、ロッカールームの前でルゥリィ達の背中を見送りながら、ミアちゃんは言った。
「大丈夫だよ。スーちゃんにお願いされているからね、カレンちゃんの事は守ってあげるよ?」
「え?そ、それは……」
「でもわたしね、カレンちゃんの事……あんまり好きじゃないかな」
「え?」
「だって、カレンちゃん強いじゃない」
「……そ、そんな、私そんな事……強くなんて……」
「全然強いのに、そんな守られてるだけって、わたしにはちょっと分んないかな。上手く言えないんだけど、そう言うのって何か違うかなって思うんだ」
「…………」
「きっとビビちゃんだって、同じだと思うよ」
「でも、スーちゃんがカレンちゃんを守るって決めたから、だからわたしも、カレンちゃんを守ってあげるよ」
あの時のミアちゃんの言葉が、胸に重く残る。
私がミアちゃんに嫌われるのは当たり前だ。
スーちゃんを始め、アムカムの人達は本当に凄い人ばかりだもの。
自分みたいな人間が、あの中に入れて貰えてる事自体、本当に奇跡みたいな物なのだ。
そんな中で、皆んなの中心に居るスーちゃんに、一方的に守られている私を良く思わないのは、やはり当たり前な気がする。
……でも、アリシア先輩やアムカムの人達との立ち合いは楽しかったなぁ。
何年ぶりだろう、あんなに楽しかったのは。
魔導を修める事をおじ様に勧められてから、こういった鍛錬も止められていたし、実際に2年くらいはしていなかったと思う……。
出来れば空拳科に進んで、もっと色んな人と手合わせが出来たらどんなに楽しいだろう……。
だけど、そんな物は望むべき事ではないのは分かっている。
私はおじ様のご指示に従って、早く御恩を返さなくてはいけないのに。ダンとナンの為にも、いつまでも他所ごとに気を取られていている訳にはいかない。
そんな中でかけられたミアちゃんの言葉は、私の中でとても重く響いた。
……だけど、ミアちゃんの言葉と同じくらい、あの時のあの子の眼差しも、どうしても心から離れない。
あの、泣きそうに切な気な眼。
またあの子にあんな顔をさせてしまった事が、胸を詰まらせる。
胸の奥に仕舞い込んでいたものが、沸々と込み上げてくる。
いつの間にか、自分でも気が付かないうちに、深い吐息が漏れていた。
「心配事かい?」
「あ、いえその……」
出した溜息が、思ったよりも大きかったのだろうか。
それを人に聞かれてしまった事、突然声をかけられた事に、顔が熱を帯びるのが分かる。
ココは、学園内にある薔薇園の一角だ。
この場所は、私が知る薔薇園にとても良く似ていて、不思議と落ち着ける。
入学してココを見つけてからは、時間があればこの場所を訪れ、このガーデンベンチに座り、静かな時間を過ごさせて貰っているのだ。
初めて来たときには、何か事故でもあったのか、生け垣の一部が抉れていたけれど、今では綺麗に整えられている。
今声をかけて来たのは、この薔薇園を管理されている庭師の方だ。きっと、あの壊れた生け垣の修復も、この方の尽力なのだろう。
この庭師の方とは、私がココで過ごしているウチに顔見知りになり、いつも薔薇の話を丁寧に楽しげに教えてくれて、気が付けば、気楽にお話が出来る間柄になっていた人だ。
仕事が終わった後なのだろうか、今日はいつもの作業着ではなく、白い涼しげなシャツをお召しになっている。「座っても?」と問われたので「勿論です」と答えれば、ニコリと笑ってベンチの端に腰を下ろされた。
「ごめん、不躾だったね。……でも、分かるよ」
「え?」
「ここにいると、つい安心すると言うか、気が緩むと言うか……」
「…………」
「ついつい、弱音を口にしてしまう事があるんだ……。大の男が薔薇を相手に愚痴を溢すなんて、恥ずかしい事だとは自覚しているんだが……」
その方は、少し恥ずかし気に苦笑しながら頬を掻いていた。
「わ、私も分かります!ここは……いつ来てもホッとするんです。まるで、自分の家の薔薇園の中で座っている様な……、そ、そんな気分になってしまうんです」
「…………本当かい?だとしたら、此処を育てた身としては、実に有難い言葉だね!どんな賞賛よりも嬉しい感想だよ」
思わず答えた私の言葉に、その方は、子供みたいな顔一杯の笑顔で返してくれた。
いつも眠そうな灰色の眼は、今はとても優しげだ。
日頃は麦わら帽子を被っているから、あまり目立っていないけど、帽子を被っていない今日は、柔らかな栗色の髪が風に揺れ、僅かに光を振りまいている。
それは不思議と懐かしさと安心感を与えてくれる笑顔で、とてもホッとする。
そのせいだろうか、つい私も弱音が口から漏れる。
「……私はに、助けて貰う価値なんて無いんです」
「…………」
「助けてくれる人がいます……。手を取ってと言ってくれた人が居ました……。でも、私にはそんな人達に応える資格があるとは思えないんです」
その方は、私が零した言葉を受け止める様に、見守る様に、静かな視線を私に向けている。そしてその後、何かを思うように少しの間上に顔を向けてから、もう一度ゆっくりコチラに顔を向けた。
その眼差しに私は、それまで以上の暖かさを感じてしまう。
「……人間の価値と云うのはね、自分で分かるものでは無いし、ましてや、決める事なんて出来るものじゃないんだ」
静かに話し始めたその方の声はとても優しくて、そっと私に言い聞かせているようにも思えた。なぜだろう、それがとても懐かしさを感じて、この方から目が離せない。
「少なくとも君の友達は、君が思っている様な、資格とか、価値とか、そんなモノの事は気にもしていないと思うんだ」
あぁ、そうか……、お父様だ。
私はこの方の言葉に、お父様の事を思い出していたんだ。
「それとこれは、お節介と言うか、老婆心と言うか、……お願い、かな?」
「?……お願い、ですか?」
「手を伸ばしてくれる友達がいるのなら、どうかその手を取って上げて欲しい。きっとその手は、精一杯の勇気を振り絞って伸ばしたモノだと思うから。でもきっと、その手を取る君にも勇気は必要なのだろう。しかし、どうか相手のその勇気に向き合ってあげて欲しい」
なぜ、お父様の事を思い出したのかは分からない。
だけど、今はその言葉を、その真っ直ぐに私を見据えるその瞳を、ちゃんと受け止めようと思う自分がいる。
「手を伸ばす事すらせずに、後悔に苛まれる未来を拒み、恐れを抱きながらも伸ばした筈だ。どうか、どうかその時は、その手を取って上げては貰えないだろうか……」
その方の向ける真剣な眼差しと話を、私はただ黙って聞いていた。
すると、ふと私から視線を外して、はにかんだ様な笑みを浮かべながら頬を掻き始めた。
「いや、すまない。何を言っているのか?って感じだね。こんな事、本当に大きなお世話だ」
「そんな事……。でも、よく分かりませんでしたが、貴方が真剣に心配して下さっているのは、分かりました」
「…………君の瞳は、お母さん似なのだね」
「え?母を……、母を知っていらっしゃるのですか!?」
真剣な眼差しで私を見ながら、突然言いだした言葉に驚いた。
思わず母様のお知り合いなのかと思い聞いてみたが、その方は静かに首を振るだけだった。
「いや……、そうじゃないかな?と思っただけだよ」
そう言ってその方は、その眼を再び優し気に綻ばせ、楽しそうに微笑んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます