幕間

幕間1 勇者伝え

「動くな」


 アリア・ブロウクが、トマホークの刃をセドリック・マイヤーの喉元に突き付け、低い声で静かに告げた。


「アリア?!大隊長に何をする気だ?!」

「貴方様も、お静かにお願い致します」


 突然のアリアの凶行とも言うべき行動に、ルーク・トレバーが声を上げるが、その喉元にはやはりアンナメリー・バイロスの持つナイフの刃が、ピタリと突き付けられていた。

 そしてもう一人、ケイシー・ギネスの喉元にも、後ろに立つミリー・バレットが無言でナイフを押し当てる。



 その日、アンデッドの兵団を退けた翌日。

 村へ帰還する先行隊を送り出した後、本体の出発準備を整えている最中、チームアリアから出立の為の打ち合わせだと呼び出され、急ごしらえのテントの中へ三人が入った所で、アリアがセドリックにトマホークの刃を突き付けたのだ。


「アンタなら、アタシ達が何が言いたいのか分かる筈だ」

「……彼女の事、だな?」


 アリアの眼が、静かに肯定を示す。


「彼女?!彼女とはまさか……」

「お静かに願います」


 咄嗟に声を上げたルークの喉に、アンナメリーがナイフの刃を押し付ける。


「あの子の事は口外無用だ。少なくとも、王都評議会へ報告をして貰う訳にはいかない」

「君達の言いたい事は分かる。だが、あれだけの力を持つ人物が、いつまでも表に出ずにいられる方が難しいのでは無いのか?」

「そんな事は承知している」

「人の口に戸は立てられる物では無い。現に、私たちはここに来るまでの間に、彼女の評判は聞き及んでいた」


 セドリックは、アリアから突き付けられる刃にも動じず、静かな眼差しのままアリアに答えて行く。


「今此処で、あの子の実力に気付いている者はそう居ない」

「たった独りで、大規模医療団に匹敵する癒しの力。そして単騎で数千の大軍に挑める胆力と、それに見合う実力……」

「…………」

「まさに勇者伝説の再来だ」


 セドリックの言葉に、アムカムの女達の気迫が刺さる。

 だがルークは、『勇者』と云う言葉に色めき立つ。


「な、ならば!一刻も早く、国が保護すべきでは無いですか?それこそが彼女の……」

「それこそが!余計な世話だと言っている!!」


 思わず声を上げたルークの言葉を、アリアが遮り、その怒気が静かに強く溢れ出す。


「アンタらには、御頭首とあの子の絆が仮初の物だとでも思っているのか?」

「しかし!その力は、国を……、多くの民を救う事も出来る!」

「国の為にならそれを断ち切るのも厭わないと?ふざけるなよ!!」


 アリアから吹き出す怒気に飲まれ、押し黙ったルークを、アンナメリーがナイフを押し当てたまま一歩後ろへ引き下げた。


「…………いつかは国中に響き渡るぞ」

「だが、それは今では無い」


 静かにアリアに告げるセドリックに、アリアもまた静かに返す。


「数年あれば十分だ……」

「…………そう云う事か」

「そう云う事だ」


 セドリックが、得心が行ったと言いたげに、アリアの目を見返した。


 嘗て、この国に現れたと云う勇者は、里親から離され、独り国の為に戦い続けた。

 その出自は口外を許されず、生涯里親の元へ戻れる事は無かったと言う。

 勇者として祭り上げられ、国に取り込まれた若者の哀れな話だ。

 だが彼等は、そんな悲話を今後一切許すつもりは無いらしい。


「その前に、名を上げてしまうか……」


 セドリックが肩を竦め、成程と言いたげに口角を上げた。


「よかろう!このセドリック・マイヤー、我が騎士の誇りに賭けて……」

「そんな誇りは必要無い!!」


 セドリックの言葉をアリアが遮った。


「『騎士』の誇りなど、この場イロシオでは何の意味も無い。お前達が此処で、お前が信じるに足ると思う物に!誓わねばならぬと思う物に誓え!」


 セドリックは一瞬、騎士の誇りを否定するアリアに目を見開く。

 ルークとケイシーも、アリアの言葉に抗議を向けようとするが、後ろから抑えられ動く事が叶わない。

 しかしセドリックは、直ぐに小さく息を吐き、自嘲気味に言葉を発する。


「確かに、此処イロシオで我らは唯々無力だった。貴公らに対し、『騎士の誇り』など、口にするのも烏滸がましいな……」

「大隊長……」


 ルークが口惜し気に呟いた。


「ならば……、此処で無念に命を落とした同胞と、命を賭して我等を護り抜いて下さったクラウド卿等お三方!そして、若き救い主に誓おう!我等はこのご恩を決して忘れぬと!その恩を仇で返す事など決して無いと!!」


 高らかに宣言するマイヤーを、正面からアリアが見つめ、その淀みない眼を認めたアリアが、トマホークを静かに下す。

 それに倣い、ミリーとアンナメリーも二人からナイフを離し、一歩後ろへ下がった。


 それまでテント内に満ちていた緊張感も、静かに潮の様に引いて行く。


「どこまで本気だった?」

「どこまでも、さ!」


 アリアの真意を探るようなマイヤーの言葉に、アリアがサラリと返す。


「最悪、調査団全てがイロシオの遠征に失敗したという結果になったとしても……ね」

「そ、それは……」


 ルークが目を見張り、生唾を飲み込んだ。


「あくまで、村の覚悟ということだ……。だがそんな事をしてしまっては、御頭首の意思も、あの子の思いも無碍にする事になる」


 それは誰も望んでいないからな……と、アリアが虚空を見ながら呟いた。


「アンタが物分かりの良い男で助かったよ」


 と心底嬉しそうな笑顔を、アリアはマイヤーに向けた。


わたくしは、常に何時でも刈り取る用意は出来て居りますので……」


 そう言いながらアンナメリーは、五指を短く動かすと、どこから現れたのか、飛び戻って来た4本ずつのナイフの柄を指で挟んだ。そして、8本の爪の様になったナイフを、顔の前でクロスさせる。


 それを見たルークが、顔を青ざめさせながら一歩下がると、なぜかミリーも顔を青くしながら一緒に一歩下がる。


「お前達もそれで良いな?」


 セドリック・マイヤーは、ルークとケイシーに視線を巡らせ、その意思の確認をする。

 ルークはアリア達に正面から向き合い、胸に手を当てた。


「勿論自分も誓います!我らの同胞を護り抜かれた皆様と、此処まで我等を護り、導いて下さったに忠誠と誓いを!!」


 ぶふぅ!!と何故かアリアがダメージを受けた。

 それを見て「何かおかしな事があったか?」と愚直な男がアリアに目で問いかける。


 アリアは 女神って何だよ!って…… と僅かに頬を染め呟きながら、何でもないとルークに手を向け首を振った。


「あ、あの!改めて自分にも、御礼を言わせて下さい!!」


 そこにケイシーが声を上げた。


「皆を助けて下さって!班の皆んなを、班長を……、ライサ班長を救って頂いて、ありがとうございました!!」


 ケイシーがその場で、深々と頭を下げ、本当に……本当に……ライサを……! と繰り返す。

 その足元には、ポタリポタリと雫が落ち続ける。

 アリアは、俯くそのケイシーの肩を、優しく叩いた。


 直ぐにアリアは そうだ と言いたげに振り返り、セドリックに顔を向けた。


「御頭首がアンタに伝言を頼みたいそうだ」

「伝言?私にか?」

「そうだ、アンタにだ。ラインバルト・クライナー卿に。……『頼む』と」

「…………相分かった。このセドリック・マイヤー!クラウド卿の御伝言、しかと承った!!」


 テントの外では、出発準備を急く喧騒が大きくなっていた。

 整備主任のフレッド・ローリングが、セドリックを探す声が響き渡り、スージィが、アリアとアンナメリーを呼ぶ声が聞こえて来る。


 アリアとセドリックは、互いの目を見合わせると、僅かに口角を上げながら軽く拳を合わせ、それぞれ、テントの外で自分を呼ぶ者の元へと戻って行った。


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次回「死者の渇望」

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