第17話メリディエスの特使

 朝食を済ませた後、そのままハワードパパはアムカムハウスへと向かって行かれた。

 騎士団本隊が到着されるまでは、もう戻られないと云う事だ。


 昼前には、ソニアママも向かわれると云う事なので、わたしもお昼を学校で頂いたら、そのままアムカムハウスへ向かわせて貰う事にした。


 その事を学校に着いてから話したら、ビビとミアも一緒に行くと言い出した。


 ビビは、まだ帰宅されていないお父様の顔を見に行きたいと言い、ミアは……わたしの付添だそうだ。


 午前の座学が終わった後、先生にお断りを入れ、食事を急いで済ませてアムカムハウスへ向かった。

 学校からアムカムハウスまでは、西へ1キロちょい進んだ所にある。わたし達の帰宅路から途中南へ少し逸れて在る感じだ。


「……スーちゃんは……明日、誰かに上げるの?」

「はひ?」


 道の途中で、唐突にミアが何か聞いて来た。何の話をしているのだ?この子は??


「ビビちゃんは、今年もアーヴィンに上げるんでしょ?」

「…………うん、……まあ」

「一生懸命作ってたもんね?」

「………………そうね」


 なんだろう?ビビの顔が心なしか赤くなっていくぞ?


「もう!感謝祭なんて!面倒臭いだけだわ!!」


 ああ、なるほど、やっとわかった!明日は感謝祭だからか。


 感謝祭というのは、春の女神であるエイアナに捧げる物で、秋に行われる収穫祭と比べるとかなり小さなお祭りだ。

 元の世界にもあった『感謝祭』的な物とも、随分趣が違うんじゃないかな?

 コチラの物は、冬が越せて春が訪れた事、そして子供が無事成長した事(主に女子)を、エイアナに感謝を捧げる。と言ったお祭りだ。


 やる事も実にこじんまりしている。

 蓮華の花輪を作って、一日家の入口に飾り付け、日が暮れる前に近くの川に花輪を流して、エイアナに感謝のお祈りを捧げるといった感じだ。

 どっちかというと、雛祭りに近いイメージかもしれないね。


 そんで、この日に女の子は、好きな男の子に手作りのバングルを贈って、男の子はそれを受け取ったら、女の子の気持ちも受け取った。って事になるらしい。


 今でこそこのバングルは、木を削り出した物とか、革を編み込んだ物とかの手作り感ある軽い物になっているけど、嘗ては金属製の厚みのある腕輪だったのだそうだ。

 それは身を守る防具としても使えて、『貴方の身を護ります』ってな意味合いがあったのだとか。

 ついでに言うと、裏の説ではこれは手錠でもあって『彼はあたしの物よ!』ってなアピールで、男子には言えない女子の裏理由なんだとか……。コワイね女子って。

 手錠を自分から受け取っちゃう、男子も男子だけどね。


 そんなワケで、感謝祭が近付くと、女の子は好きな男の子の事を想って、一生懸命バングルを作るのが風物詩なんだとかなんだとか……。

 まあ、わたしは今年のこの時期は試練だったワケで、ミアは試練中に誰かに作ったのか?と聞きたかったようだ。


 わたくし、そんなモン作ってませんわよ!まったく!!

 大体!試練中に作っていたのは、ハワードパパの彫像くらいの物よ!

 結構自分でもよく出来たと思うし、ハワードパパも凄い喜んでくれたんだからね!

 だからそんなモン、わたしには関係無い世界の話なのだわよ!!


 そう言えばココの所、やたら男子達は袖を捲っていたね。アランなんかは「あー左手首が軽いなー」とか、あからさまなアプローチをしていたっけ。

 ミアとそれを思い出してしまい、二人で顔を見合わせ「呆れちゃうね」と溜息をついた。


「あ、そう言えば、メアリーやグローリアが、用意してたのって、そうなのか、な?」

「うん、あとイルマとジャーニスもかな?みんなアーヴィンに上げるって燥いでたよね」


 あふ!ミアが落とさなくても良い爆弾落とした!ビビの頬がヒクヒクと動いていゆわよ?!

 うんヨシ!見なかった事にしよう!

 アーヴィン!ちゃんと責任もってフォーローしなさいよね?!



 と、そんなたわいもない話をしながら到着したアムカムハウスは、大変な喧騒の最中にあった。


 多くの大型の馬車が行き交い道を塞ぎ、建屋に取り付き荷卸しの順番を待っていた。

 その下ろした荷が積み上げられ、その荷を分類している者、分類された荷を運ぶ者。

 運ばれた荷を開き中身を確認し資材を取り出す者。そしてその資材を使い、作業を始める職人さん達。


 アムカムハウスの周りが、突如、騒々しい工事現場にでもなった様だった。


「な!なんなのよー!これーー!!」


 ビビが両手の掌で耳を塞いで怒鳴っている。


 全くだ、これは長閑なアムカムには似つかわしくない、雑然たる喧騒だ。



「姫様?!アムカムのスージィ姫様じゃないですか?!」


 そんな喧騒の中でも良く通る綺麗な声が、後ろから赤面させるような単語を投げかけて来た。


「なぁっ?!なっ!にゃにをっ?!!」


 作業をしてる周りの人が、皆コッチ見てるんですけどぉ?!

 顔が熱を帯びるのを感じながら振り向くと、そこには可愛げなお姉さんがいらっしゃった。


 コロコロと笑顔を浮かべて小走りで此方へ向かって来るその人は、先日我が家へ訪れた騎士団のお1人、ライサさんだった。


「やっぱりスージィ姫様だ!よかったぁ!またお逢いできましたぁ」

「えっ?!……ラ、ライサ、さん?」

「はい、ライサ・ウルノヴァです、姫様!憶えてて下さったんですね!ありがとう御座います!」


 騒音を抑えようと、耳に手を当てながら訝しげな顔をしているビビとミアに、ライサさんの事を紹介した。

 てか普通に挨拶してるるんだけど、わたしが『姫』呼ばわりされた事はスルーしてないかぃ?!


「騒がしくて申し訳ありませんね……」


 ライサさんが頭の後ろに手を置いて、周りを見ながら申し訳無さ気に苦笑して見せた。


「もう、突貫工事でもしなけりゃ間に合わないんですよぉ」


 やっぱり工事現場だった。


 ライサさんのお話では、この後から来る騎士団本隊と、そのサポート関係の方達の仮設宿舎を用意しているのだそうだ。


「もうですね!ウチの使節代表、人使いが酷過ぎなんです!!休み無しのとんぼ返りなんですよ?!アムカムに着けば休めると思ってたら宿舎建設の監督をしろとウチの部隊長がっ!あぁ!きっとアタシは彼氏も出来ずに過労死してしまうに違いありませんっっ!!」

「そ、それは……、大変です……ね」


 図らずも、騎士団のブラックな労働環境を知る事になってしまった様だ。

 ビビもミアも天を見上げて嘆くライサさんに、同情の視線を送っている。


「あ!申し訳ありません、お引止めしてしまって!お父様に……、御頭首様に御会いに来られたのでしょう?」


 ライサさんが ハタ と、今気が付いたと言う様に手を叩きわたしに言った。

 わたしが そうだ と告げると、ハワードパパ達は遅い昼食を摂る為、少し前に執務室を出たから、今頃は大広間に居られる筈だと教えてくれた。


「ああ!アタシももう戻らないと、マグリット部隊長に大目玉貰ってしまいますぅー!姫様!またお会いしてくださいねー!!」


 教えてくれた後、そう叫びながら大慌てでライサさんは走り去ってしまった。意外と慌ただしい人だったんだなぁ……。

 ビビもミアも呆れたような顔をして見送っているよ。


 そうしてわたし達は、ハワードパパ達のいらっしゃる大広間へと喧騒の中を向かって行ったのだ。





     ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





 デケンベルからコープタウンへの距離は凡そ300キロ、それを繋ぐのは舗装され整備された街道である。

 道は50センチ程の亀甲型の玄武岩が敷き詰められ、頑丈な造りをしていた。

 道幅は5メートルを超え、馬車のすれ違いも容易に行う事が出来る物だ。

 それはこの大陸の中央を跨ぎ、果てから果てを繋ぐ国の動脈の一つでもある。


 その街道に今、数十の騎馬と、馬車数代から成る集団が北へと向かい道を進んでいた。


 馬上の者達は背嚢を背負い、手足に装甲を纏わせ、胸元にはシアンブルーに輝く魔珠を身に着けていた。

 時折光を煌めかせるその集団が、一般の旅団では無い事は明らかだ。


 その中で十数頭の整然と並んだ騎馬に先導され、一際目を引く他よりも大きな黒檀作りの馬車が、周りの騎馬に護衛をされる様に進んでいた。


 その馬車に、一騎だけで近付く騎馬が居た。

 それは馬車に並走し、自らのフードを外し馬車の窓を数回軽くノックする。


 フードから現れた顔は、30代後半程の厳つく鋭い目を持つ男のものだった。

 短く揃えた黒髪を撫で付け、口髭を乗せた口元はきつく結ばれている。頬に走る幾筋もの傷跡が、男が数多くの戦場を知る者だと知らしめていた。


 暫しの間を置き、馬車の窓がユックリと横へ開き始めた。

 豪華な装飾が施された窓から顔を覗かせた男は、不遜な表情で馬上の者に視線を向ける。


 窓の中では、顔を覗かせた男がシャンパングラスを手に持っているのが見えた。

 更に奥には、グラスに注いだシャンパンのボトルを持つ女性の姿も見て取れる。

 顔までは見えないが、胸元を大きく開けたドレスを着ているのが判る。恐らくは、酒と会話の相手をする事を生業とする者達なのであろう。


 しかし馬上の者はその様な存在は視界内から省き、顔を覗かせた馬車の主へと言葉を掛けた。


「フーリエ代表。コープタウンまでは予定通り、2の蒼月あおつき25日に到着出来そうです」

「ふむ……思うのだがね?デケンベルからアムカムまで7日の行程と言うのは、少し時間を掛け過ぎなのでは無いかね?」


 馬上の男が旅の予定が恙ない事を告げれば、馬車の中のフーリエと呼ばれた男は、大きく特徴的な鼻から溜め息の様に息を出し、その予定に不満を表した。


「本来であれば10日以上かかる距離を、最低限の兵糧だけでの進行です。これは相当に強行軍である事は、ご理解頂いている筈ですが?」

「む…、しかしな!王都メリディエスを発ちどれだけ経っていると思っている?既に2ヶ月だ!それが未だ現地にすら到着をしていない!何という不甲斐なさであろうか!貴公は国民が一刻も早い成果を求めているのが判らぬか?!」

「お言葉ですが、僅か2ヶ月です。僅か2ヶ月でこの隊を此処まで到達させた事こそ偉業とは思われませんか?」


 馬上の男が旅程の強行さと、それを十分に熟している事を説明するが、フーリエと呼ばれた人物はそれでもまだ納得がいかないとでも言いたげだ。

 そこへ馬車の奥から、神経質そうな目をした男が馬上の男に苛立たしげに言葉を投げかけて来た。


「マイヤー隊長!いくら騎士団とはいえ、代表に対して意見が過ぎてはおりませんか?!フーリエ様は仮にもこの使節団の代表なのですぞ!」

「……ふん、構わんよクラーク君。それよりも、コープタウンだったか?大丈夫なのかね?高々人口2,000人程度の小さな田舎町なのであろう?満足の行く資材調達は可能なのかね?デケンベルで済ませるべきでは無かったのかね?」


 男は浅黒い顔を歪めながら馬上の男に苦言をぶつけるが、それをフーリエが諌め、更なる不満をマイヤーと呼ばれた馬上の男に投げかけた。


「コープタウンは我が国最北端、最後の商業地ですが、一日の来街者は一万を超えています。その規模は決して小さな物ではありません。ましてや足を落さぬ為に荷を少なくし、先を急がれる事は使節代表の御判断であった筈」

「……ふん。そうだったかな?ならば現地での資材調達は問題は無いのだな?」

「先行したマグリットが、アムカムとの接触を済ませています。彼女が今、我々の受け入れ準備を進めております」

「ふむ、ハトの報せか……。宜しい、君に任せる。第十二機動重騎士団千人隊長セドリック・マイヤー。急いでくれたまえ」

「お任せ下さい、キャメロン・フーリエ調査使節団代表」


 もう話す事は無いと言いたげに手を振り、キャメロン・フーリエが馬車の窓を閉めて行く。

 その奥で、クラークと呼ばれた男は窓が締め切られる最後まで、セドリック・マイヤーを睨み続けていた。


「相変わらず勝手な事ばかり言って来ますね……」

「そう言うなカイル。ああやって我々に発破をかけているのだと思えば、悪い気もするまい?」


 セドリックが馬車から離れるのに合わせ、カイルと呼ばれた男が馬を寄せた。

 カイルは、纏う風に柔らかなブロンドの髪をなびかせ、眉根を寄せながら言葉を掛ける。


「まあ、大隊長がそう言うなら良いですけど」

「事実、この隊をこの期間で此処まで引っ張って来たのはあの御仁だ」

「実際に動いているのは我々や、あそこで隈を作ってるアチラの部下の方達ですけどね?」


 そう言ってカイルは後方に位置する馬車と、その前を進む馬上の人物に目をやった。

 馬車は、先程フーリエが乗っていた豪華な物とは違い、10人以上が乗り込める様に座席を括り付けた最低限の作りをされた幌馬車だ。


 その幌馬車の中では、多くの者が目の下に隈を作り書類の確認、制作に追われていた。また馬車に揺られたまま、意識を失っている者も半数以上居る。

 全てこの使節団の資金とスケジュールを管理する事務官達だ。

 そんな中、彼らの上司にあたる馬上の人物は馬車から差し出された書類の確認作業を次々と行っていた。一人馬上に居る為に意識を落とす事も出来ない。彼の隈は誰よりも深く刻まれていた。


 カイルはその様を見て、黙ってソッと目を伏せた。


「それでも代表は代表だ」

「細かな休憩を要求して来るのも、その代表ですよ?宿場街では二日三日の停泊は当たり前ですしね……」

「英気を養う為には必要な事だ。それも考えてのスケジュールなのだからな」

「優秀な人材達ですよね、勿体無い。いっそウチの事務方に引き抜きませんか?」


 改めてカイルが後ろの者達に目をやる。馬上の人物の眼が、先程よりも血走っている様な気がするのは気のせいか?

 彼らの上司で有るが故、差別化で馬車に乗れずに単騎の馬で進まねばならない彼は、移動中に眠る事など許されないのだ。

 カイルは再び目を伏せ、ゆっくりと首を振った。


「我が隊の事務方も優秀な者が揃っているぞ?何れにしても、全て終わってからだ……。先ずはアムカムへの到着が先決だ」


 マイヤーの言葉にカイルも そうですね と応え、口を閉じる。


 アムカムまでは後3日で到着だ。

 道中何事も無く、あの事務官達がこれ以上神経と睡眠時間が削らる事なければ良いのだが……。

 カイル・アーバインはそんな事を考えながら、セドリック・マイヤーと並んで馬を進ませた。


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次回「マグリット・ゴーチェの安堵」

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