第16話ハワード・クラウドの暗影

 一週間ぶりの学校でのお昼は、修練場の西側にあるガゼポで頂く事にした。

 これは昨年、修練場を修復した際に出た余剰材料で作られた物だ。


 6メートル程の良くある六角形のガゼボで、中央に大きなテーブルとベンチが据えられていている。これには7~8人はゆったり座れるスペースがある。

 周りの壁に置かれているベンチも含めれば、学校の女子全員が収まる事も出来る大きさだ。



 でも、今日は高位階の子供達だけだ。


 コリン、ダーナ、ミア、ビビ、わたし。そしてメアリーとヘレナの7人。

 何時ものメンツとも言える。



 そして何故かわたしは、ミアの膝の上に乗せられていた。

 ミアの膝の上で、堕肉ソファーに背中を包まれての食事と言う、何ともシュール(?)な状態です。


 何故かミアは朝から、妙にわたしから離れようとしない。

 何かあったのか?

 『危険がキケン……』とか言って、今も抱えながらわたしの頭をクンカクンカしているし……。

 ちょっと恥ずかしいから、もう少し控えてくれると嬉しい……。




「それでスーちゃん、高台を均しちゃったの?」

「凄いですわ!スージィお姉様!」

「スー姉様さすが!!」


 野営地を作った時の話をすると、ミアが驚き、両脇に居るヘレナとメアリーが凄い凄いと騒ぎ立てる。


「ヘレナ、メアリー、判ってると思うけど、普通の人は出来ないからね?」


 コリンがわたしが普通の人では無い様な事を言って、ワキャワキャしてる二人を諌めていた。

 なんか失礼じゃないかしら?


「何?!ロックブロックで出した岩を切って、テーブルを作ったですって?!大体!テーブルを作れる程大きい岩の塊なんて!誰も作れないから!!ましてやそれを斬る?!どんな達人よ?!」


 ビビまで、然もわたしが非常識だと言いたげに、言葉を連続で撃ちこんで来た。


「分るわね?参考には出来ないのよ?」


 コリンがヘレナとメアリーに更に釘を刺す。


 オカシイ、試練中の話をすればする程に、皆から呆れたような空気が漂って来る気がしる……。

 挙句の果てにはビビに、ダーナやアーヴィンと同じ『脳筋仲間』だというレッテルまで張られた!

 解せん!!





     ****************************************





「で?アンタは何か聞いてる?!」


 食後のお茶を頂いていると、ビビが徐に聞いて来た。


「今朝方、先駆けの方が到着したとしか……、聞いて無い、よ」


 恐らくビビは、騎士団の動向が気になっているのだろう。

 生憎わたしも今朝早くにハワードパパが、アムカムハウスから知らせを受けた事しか知らない。


「そうか……そりゃそうよね!今朝あったばかりの事だものね!」


 ビビが力を抜く様に息を吐き出した。


「父様も!朝早くにアムカムハウスに向かったし……!何か慌ただしくなりそうね!」

「うちのパパも昨日、ママを連れてワンド村に行っちゃったし……、一月は戻れないって言ってたよ」

「父さんも、もう3ヶ月戻って無いよ。パーン兄なんて半年だ」

「ホントね……、今、12班の家長達が殆ど居ないタイミングですものね……」

「『溢れ』が深刻って事よ!何処もかしこも人手が足りないのよ!」

「でも10thテンスのチームは十分居る、から、騎士団の事は気にしないで良いと、パパは言ってた、よ?」

「あぁ!何かジッとしてらんない!なぁ!明後日の週末!皆で狩り行かないか?!」


 皆しっかりと、アムカムが今大変な状況にあると理解してる。

 ダーナも判っているんだろうけど、やっぱり身体が先に動こうとするんだろうね。


「子供達の申請が!一日二日で通る訳無いじゃない!ましてや『溢れ』が出てる危険なときに!」

「そうね、申請は受け付けてくれないと思うわ、それにセーフゾーンから出られ無いんだから、『溢れ』に対抗とか端から無理よ」

「そうだよねー、せめてスーちゃん位強くないとねー」

「くっ……、そうか、そうだよな。レッドポンゴの群れとかに出会ったら、あたしらじゃどうしようも無いもんな!」

「やっぱり、お姉様が凄いのですわ!」

「あ!スー姉様!今度ナイフの投げ方を教えて下さい!」


 肩を落とすダーナを横目に、ヘレナが自分の胸元で手を叩き、光の加減ではピンクにも見える緩いウェーヴのかかったストロベリーブロンドの髪を揺らしながら、嬉しそうに無垢な瞳をマカライトグリーンに煌めかせ、わたしの所業に賛辞を送って来た!

 ぅあ!何?その無垢な瞳の輝きはっ?!

 眩しい!眩しいよヘレナ!!


 かと思えばメアリーが、兄のヴィクターそっくりのミディアムカットにした柔らかなプラチナブロンドを振り撒き、コチラも瞳をキラキラさせ、おねだりをして来た!


 ヤメテーッ!

 眩しい!眩しいの!!

 その素直な瞳のキラキラが、とってもとっても眩しいから!ヤメテーーーッ!二人ともぉぉ!!


「ぇ?え?メアリー……ナ、ナイフ投げ覚えたい、の?」

「ウン!遠距離の敵を一撃で粉砕するそのナイフの技!絶対覚えたい!」

「あぁ!ズルいメアリー!わたくしも、わたくしにも教えて欲しいですわ!スージィお姉様!!」

「え?あ、あぁ、うん……そう、ね」


「ねえ、スー!槍でも、スーがやってるみたいに、剣先から何か飛ばして敵に当てるって技あるのか?」

「え、あ、ある……か、な?」


 『インパクト系』のスキルは確か、ナイフや杖以外なら使えたと思ったけど……。

 でも困ったな……、皆わたしが『インパクト系』使うの見てるんだよね、チョイと切れてたとはいえヤリ過ぎだったかしらん?

 ま、今更言ってもしょうが無いんだけどね!

 教えることは出来ても、使える様になるかは別の話だしね。


「ホント?やぁった!へへーこりゃ頑張っ撃てる様にならないと!」

「でもアレは、武器にちゃんと、『剣氣』が籠ってないと出来ない、から……。だからダーナはまず、安定した『氣』の扱いを、練習した方が良い、よ?」

「そっかー、やっぱソコだよねー。じゃあ、あれ、槍を振り回して周りの敵を薙ぎ払うーー!ってやつ?アレも今イチ上手く行かないんだよねー」


『ウインド・ブロゥ』の事かな?ダーナってば力任せに振り回しちゃうから、『氣』を放つ意識とかがお留守になっちゃうんだよね。


「それも『剣気』をシッカリ把握していないと出来ない、よ?」

「やっぱり『剣氣』かぁー、これも魔力並に扱いが難しいよね」

「でも魔力の時と違って、ダーナはもう『氣』を掴んでるから、後は鍛えて扱いに慣れる事だと思う、よ?」


「確かに!よし!じゃぁ今日は付き合ってよ、スー!」

「あ!ダーナお姉様ズルいですわ!わたくしもナイフ投げを教わるんですもの!」

「そうだよダーナ、ズルいー!わたし達の方が先だったモン!」


「え?あ、あ、そか、そりゃゴメン」

「いいよ、じゃ一緒、にやろう。三人を見て、アドバイスする、よ?」

「よっしゃー!じゃ!午後は皆で修練場で修業だな!!」


 ダーナが午後の予定を決めてしまった。


「どうせだから、今日はコリンたちもコッチでやろうよ!」

「え?私達も?」

「そうね!暫くソッチには行って無かったし……!たまには行かないと鈍っちゃうものね!今から試練の為の体力も整えておきたいし!」

「わたしはスーちゃんが行くなら行くから!」

「そうね、じゃぁ久しぶりに立ち合いに付き合って貰おうかしら」


 結局その日の午後は、女子全員で修練場での鍛練になってしまった。

 何だかんだ言っても、やっぱりみんなジッとしてられないみたいだ。


 因みに~、魔法組の子達も、肉体の鍛練は定期的に行っているのだ。

 魔法を使う者は身体は使わない、と言う一般常識は此処アムカムには無い!


 魔法を主に使う者にとって、魔力を上げる事は最重要事項だ。

 魔力を上げる為には、精神力を鍛え上げる必要がある。

 精神を鍛える為に、最も確実で手っ取り早いのは肉体を鍛える事だ!


 という実に脳筋な発想の元、此処アムカムでは魔法職の人間は体を鍛える事も怠ってはいない。

 まぁヘンリー先生のお話では、これは『アムカム特有』のやり方らしいんだけど、ね……。


 それでもやはり、アムカム出身者の魔力値は総じて高い値を出すらしいので、間違っている訳では無いそうだ。でも、やっぱり、この辺の発想は流石アムカム!って感じなのか……な?


 そんな訳でビビ達は、素手でもその辺のゴロツキ程度では相手にならない程の実力を持っているのだ。





     ****************************************





 そんなこんなで皆で気持ち良く汗を流した後、いつもより少し早い時間に学校を出た。

 みんな早く帰って騎士団の動向を知りたいらしい。


 でもわたしは何故か学校を出たらミアに拉致られ、そのまま自宅のマティスン家まで連れて行かれてしまった。

 何でもミアが言うには 一週間分の『スーちゃん成分』の補給 をする為なのだとか……。


 ……どんな風に補給されたかなんて、言えませんけど……ね。

 ええ!そりゃ言えませんともさっ!!





 マティスン家から帰宅すると、今日もアンナメリーが家の前で待っていてくれた。


「あの……もしかして、ずっと外で待ってた、の?」

「お嬢様にお仕えする事が、私の務めで御座いますから」


 聞いてみると、やっぱりわたしが帰るまでずっと外で待っていたらしい。

 ひょっとして随分此処で待たせちゃったのかな?


「あ、あの、ごめんなさい……遅くなってしまって」

「いえ、お待ちする事も仕える内ですので」


 そう言って「うふふ」と微笑むアンナメリーの眼は、何故か少しコワかった。



 その日の夜、次は二週間後と言っていた筈のマッサージを……。


「今の内に、もう少し整えておいた方が良いかもしれません」


 と言うアンナメリーに促されるまま、やって貰う事になった。


 その施術の程は昨日を上回り、声を抑える事が出来なかった……と思う。

 何故『思う』なのかと言えば……、途中から意識がハッキリしていないから……だ!


 結構大変なトコロまで凄い事されていた気もするが、定かではないのだ!

 あぁ!わたしがタレタレになりゅっ!


 コレ、マジパないっスよ?!

 なにがパないとか、ちょっと言えやしないンですけどぉー!


 ……まさか一日の内に何度もこんな声をあg……ゲフンゲフン!


 と……兎に角!この日もアッサリと深い眠りに落ち、夢も見ずに健やかなる目覚めを翌朝迎える事になったのだ!





     ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





 その日の朝、走り込みから帰って来ると、中庭ではハワードパパが剣の鍛練をされていた。


 パパは、わたしが夢も見ずに眠っていた昨夜の遅い時間、静かにお戻りになっていたそうだ。


 わたしは自分の汗を流した後、いつものようにタオルを持ってハワードパパの鍛練を見学する。


 ハワードパパの剣技はやっぱり格好良い。

 一つ一つの動きが流水の様にしなやかで力強い。

 もう、一年近く毎日の様に見ているので、型は覚えてしまった。


 そこで引き、次に踏み込む。重心を脛骨の直下から流れる様に前に落して、そのまま突きを入れる。肩に剣を回しながら息を吸い、吐きながら正面に撃ち下ろす。


 もう息吹きのタイミングも覚えてしまったので、パパに合わせて呼吸も一緒に行ってしまう。


 でも、何でだろう……。今日のパパは何時もと少し違う。


 普段から泰然自若とした佇まいを持つ剣筋なのだが、今日はいつも以上にその落ち着きが深い。

 パパの振るう剣の様相が、いつにも増して深く重いのだ。


 その重い落ち着きが、わたしに中で何かを疼かせる。

 トクリと胸の奥が小さく鳴った。


 わたしはハワードパパが鍛練を終えた所へ、何時もの様にタオルを運ぶ。

 そして一呼吸開けてから思い切って聞いてみた。


「あの、ハワードパパ。何か……、ありました、か?」


 わたしがそう言うと、受け取ったタオルで顔を拭いていたハワードパパの手が一瞬止まった。


「何か?……かね?ワシの剣に何かを感じたのかね?」

「え……、はい、剣筋がいつもより重厚に感じました……。まるで……まるで、何かの、何かにお気持ちを据えた様な……、そんな感じを受けまし、た」


 それをお聞きになったハワードパパは、一瞬目を見開いたけど、直ぐに目を細め嬉しそうな笑顔をお見せになった。


「そうか……そうか。剣筋と云う物はつくづく誤魔化しが効かぬ物だな」


 そう言ってカラカラとお笑いになる。


「我が心の在り様が、こうも容易くスージィの眼には捉えられてしまうか!ハッハッハッ!コレは昨日の趣旨返しだね?」

「え?い、いえ!そんな事は……!」


 わたしが言葉を続ける前に、ハワードパパの手がわたしの頭を優しく撫でた。


「ありがとうスージィ、ワシを心配してくれているのだね?だがね……大丈夫だ、心配する事など何も無い」


 そう言うとハワードパパは、わたしの頭の上に置いた手をそのままユックリと下ろし、わたしの頬を包むように手を添えてくれた。


「確かに今、アムカムは大変な時だ。しかし、この程度でどうにかなる程、アムカムはやわでは無いよ?」

「……はい」

「ふむ……、そうだね。昨日は余り出歩いてはくれるな、と言ったが……。もし、我々の手が足りない様であれば、キミの手も貸してもらえるかな?」

「ハ、ハイ!も、勿論です!わたしに出来る事なら、幾らでも、お手伝い致しま、す!」


 わたしが透かさずお答えすると、ハワードパパはわたしの頬に手を添えたまま嬉しそうに微笑まれた。


「そうか、それを聞いて安心したよ。村を……村の事をよろしく頼むスージィ。皆を守ってやってくれ……」

「……はい、お任せ……くだ、さい」

「約束だ……頼んだよ」


 わたしは、わたしの頬に添えられた大きく硬い手の上に、自分の小さな手も添え、ハワードパパの眼を見ながらユックリと頷いた。


 朝日が、ハワードパパの大きなお背中を照らしている。

 その陽の光は何故か、ハワードパパの背中を押している様にも感じられるけれど、でも同時に陽に陰り、そのお顔が良く見えなくなっている。

 今、ハワードパパは、どんな表情おかおをなさっているのだろうか?


 いつも以上にお優しい目をしているのは分かる。

 分かるのだけれど……。

 それでもやはり、胸の奥に生まれた小さな憂いは消える事無く、いつまでもユラユラと燻り続けていた。


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次回「メリディエスの特使」

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