第31話ソニア・クラウドの昔語り

「母様!馬車の準備が出来たって父様が呼んでるわ!」

「あら?早かったのね?支度は済んでいるけれど……、まだ予定の時刻より随分早いわ」

「父様、なんだか張り切ってらしたから……。今も、母様の支度はまだか?ってわたしに言うんですもの!」

「まぁ。でも、少し待ってて頂きましょうか。こちらの準備も必要ですものね?」

「母様?今、お支度は済んだ……と、おっしゃってませんでした?」

「私では無いの。貴女のよ!ラヴィ!」


「私?私は準備なんて必要無いわよ?お出かけは父様と母様なのよ?」

「もう!良いからいらっしゃい!そんなに髪を乱して……、梳いてあげるから此処へお座りなさい」

「え?こ、これは鍛練の後だし……、いつもの事だし……、問題無いわ。ウン!問題無い!」

「いいからお座りなさい!ホントにもう……この後、皆さんと神殿でお顔を合わせるのでしょ?少しは身嗜みにも気を掛けないと、お気に入りの殿方にもガッカリされるわよ?」

「そ!そんなのいないもの!!」


「あら?そうなの?収穫祭に迎えに来てくれる子は、まだ居ないのかしら?」

「そ、そ、そんなことは……、向こうの都合もあるだろうし……、わかんない!わかんないわ!!」

「まぁ……そう?私はてっきりハッガード家の二男が、お迎えに来てくれるものとばかり思ってたわ……」

「な!ななななんでそこでライダーが出て来るの?!」


「あら?だってあなた達、小さい頃から仲良しさんだったじゃない?」

「……そう……だった…………かしら?」

「そうよー、何処へ行くにも一緒に手を繋いで……」

「そうだったかしら?!!!」


「ふふふふ、それで?ライダー君はお迎えに来てくれないの?」

「ラ、ライダーは……駄目よアイツは!」

「あら?どうして?何かあったの?」

「だってアイツ、諦め良過ぎるんだもん!」

「あら……」

「手合せでも、私が転がすと直ぐに参った!って言うのよ?せめてもう少し粘りなさいってのよ!」

「あらあら、そうね、男子たる者、諦めず粘り強く挑み続けなくては……ね?」

「そ、そうよ!簡単に諦められても……、困る……し……。と、とにかく!ライダーはまず、私に勝てる様になってからってお話し!!」


「ふふ、それはライダー君も大変ね……はい、できたわよ。ねえラヴィ?貴女、お下げはいつも一つだけど、二つにはしないの?可愛いと思うんだけど?」

「ありがとう母様!えー、二つだと子供っぽいわ!それに一つの方が動きやすいし……でも、母様がして下さるなら、……あ!そうだわ!お土産!髪止めが良い!リボンか髪紐が良いわ!お下げのココの所結ぶの!」

「そうね、それじゃ帰る前にセシリーのお店で見繕ってみましょうか。貴女に似合う色を探してみるわね」

「うん!楽しみにしてるわ!あ!父様が呼んでる!母様行きましょ」

「ふふ、流石にお待たせ過ぎたかしらね」





「いってらっしゃいませ。父様!母様!」

「ウム、行ってくる。くれぐれも怪我の無いようにな」

「もう!父様!何の心配してらっしゃるの?!お出掛けするのは父様母様なんだから、用心するのはお二人なのよ?!」

「ム、そうか、そうだったな。ウム」

「もーーっ!」

「ふふ、大丈夫ですよハワード。ラヴィはしっかりしてますから。ラヴィ、明日のお昼前には戻ります。お留守番よろしくね?」

「任せて母様!あ!そうだ!お昼は私が用意しておくわ!ハーブ鳥!どう?!」

「ほお!それは楽しみだ!何時の間に完璧に作れるようになっていたんだね?」

「うっ……完璧……には、……えっと……」

「ふふふ、怪しかったらメルベールにお聞きなさいな」

「わ、わかりました、ロングのおば様に教えて頂きます……。と!とにかく!家の事は私に任せて!!」

「ああ、よろしく頼むラヴィ。ハーブ鳥楽しみにしているよ」

「行ってきますラヴィ。しっかりね」

「いってらっしゃい!父様!母様!お気をつけて!!」





     ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






「それが、ラヴィと話をした最後だったわ……」


 ソニアは、遠くを見る様に静かに語っていた。


「次に会った時、あの子はベッドの上だった。その日の夜、村が襲われたと知らせを受け、ハワードが急ぎ向かったのだけれど……。村の子供達が何人も犠牲になったの。ラヴィはそれを護ろうと闘って力及ばなかった、と……。私には何者が、どの様に襲撃したかは教えて貰えなかった。でも、ラヴィは最後まで子供たちを護るために、誇り高く戦ったと聞いているわ」


 ソニアの口元はきつく結ばれ、手も強く握られ小さく震えていた。


「・・・ソニア、さん」


 スージィが、ソニアに重ねる手に力を籠めて、気遣わしげに見上げた。


 ソニアは片手をスージィの頭に寄せ、優しく撫でながら「ありがとう」と目で答えた。


「何と戦ったのかは教えて貰えなかったけれど、ラヴィの状態を見れば想像は付いたわ。血の気を失い蝋の様になった肌。喉元に残る二つの禍々しい傷跡。ヴァンパイア。それも上位の。子供ばかりを好んで襲うという忌むべきヴァンパイア『チャイルド・イーター』。恐らくソレがこの村を襲い……ラヴィを奪った!」


 ソニアが、吐き出す様に憎むべき相手の名を告げた。


「ソニアさん・・・」

「それから三日後。辛うじて繋ぎ止められていたラヴィの命の灯が、潰えてしまった。その当時この村へ来られたばかりのヘンリー神殿長のお力でも、身体の傷は癒せても、失った命の泉は、……戻せなかったの」


 ソニアは静かにそう言うと、天を仰いで瞑目した。

 その目尻からは、幾つもの滴が零れ落ちてくる。


「ソニアさん・・・ソニアさん!ごめんなさい!そんなお辛い事、話させたくなかった!思い出させたく、なかった!ごめんなさい!だから!だから・・・わたし!!」



     ◇



「もしワシらがあの子を見て、ラヴィの事を思い出すのなら……、辛い思いをするのなら、自分はワシ達の目の触れない所へ行こう。……そう考える子なのだよ」

「そんな、まだ13の子供ではないですか」

「ふふ、そうだな見た目はまだ子供だな。だが言っただろう?あの子は聡明で思慮深いと。ウィル。あの子はその辺りの子供より、遥かに落ち着いた考えを持っておるよ。ワシもあの子から見たら、もっとしっかりして欲しいそうだ」


「そ、そうなのですか?伯父上……楽しそうですね?」

「ふふふ、楽しいよ。楽しくて嬉しい。あの子が来てくれて、消えていたこの家の灯りが再び灯ったのだ。だからワシらはあの子を失いたくない。だから、ラヴィの話をする事を躊躇った」

「…………」

「ラヴィの事を話せば、ワシらは今でも心乱さずおる事など出来ん。それを見たスージィは、どう思うだろう?自分の存在がラヴィを思い出させ、ワシらに辛い思い出を甦えらせるなら……、自分の姿をワシらの前から遠ざけ様とするのではないか?そうワシとソニアは考えたのだ」

「………………」

「いつかは話さなくてはならない事だ。これは問題の先送りでしかない。分ってはいるのだ。分ってはいるが、ワシらにはその勇気が持てなかった。もう一度……今、あの子を失う様になる事は、ワシらには耐える事が出来ん」



     ◇



「わたしの、せいで、ソニアさん、泣いてしまうなら、辛くなってしまうなら、ごめんなさい!わたし、居ては駄目!このお家に居てはイケナイ!ごめんなさい!」

「スージィ!お願い!そんな事は言わないで!お願いスージィ!落ち着いて!お願い!!」


 涙を溢れさせながら訴えるスージィを、ソニアは全身で抱き締め落ち着かせようとする。

 そして優しく囁く様に。


「スージィ、聞いて?私ね貴女が来てくれて嬉しかったの。貴女の髪や物腰は何故かラヴィを思い出してしまう……でもね、私、貴女の髪を梳いていて楽しかったわ」

「・・・ソニアさん?」


「貴女が美味しそうにお料理を食べてくれて、凄く嬉しかった。二人でお洋服を選んで衣装をあれこれ合わせるのは、とっても楽しい。毎日、貴女とお料理をしたり、針仕事をするのがとても幸せなの」

「・・・ソ、ソニ、アさん?」

「神殿から貴女達が戻ったあの日の夜、ハワードから貴女の身の上を聞かされました。ご両親はいらっしゃらず、おじい様に育てられ、既に自立をして生きていた事。そこから何処とも知れぬ、この地へ来てしまった事」

「!!?」


「ご両親もいらっしゃらない、帰れる事が出来るかも分らない。そんな子が、たった一人で今私の前に居るのよ。私ね思ったの。この子と一緒に居たい。この子の家族になりたいって」


 ソニアのスージィを抱く腕に、ギュっと一際力がこもる。


「・・・・・」


 ソニアはスージィを抱かかえたまま優しく話し続けた。


「そう、家族になりたいの。ラヴィはもう居ない……それは変えられない。今でも思い出せば胸が押し潰される。でもそれは、貴女が居るから辛くなる訳では無いのよ?寧ろ貴女が居てくれる事で、私はもう一度幸せを感じられたの。それは貴女が家族だから。ラヴィと同じ、もう一人の新しい私たちの娘だから……」

「・・・家族?・・・ラヴィさんの・・・同じ?・・・ラヴィさんの・・・わたし・・・同じ・・・娘?」

「そう……そうよ!そう!貴女はラヴィと同じ私達の娘!もう一人の私達の娘!貴女にラヴィの妹に、新しい私達の家族になって欲しい!」

「妹?・・・家族・・・わたし、の・・・」



 スージィの、親が居なく祖父に育てられたというのはゲームの中でのお話しだ。

 同じアカウント内の自キャラで構成し、家族という設定をしたロールプレイだ。

 しかし、霊査装置エーテルスキャンでは、それが事実として認識された。



 そして実際のところ、ゲームをプレイしていた彼のリアルでの環境も、似た様な物ではあった。

 両親は彼が生まれて直ぐに別れ、母親がシングルマザーとして彼を育てていた。

 母親は昼夜働いていた為、彼は余り母の手料理と云う物を食べた覚えがない。


 実質、彼の面倒を見ていたのは祖父母だった。

 彼が高校に上がる前、母が再婚したが、その時に一緒に住もうと新しい父に誘われた。

 しかしその前年祖母を亡くし、一人になってしまう祖父を思うと離れ難く、両親二人には新しい生活を二人で過ごして貰いたいと、祖父と一緒に生活する事を選んだ。


 その祖父も大学在学中に他界する。

 今度こそ一緒にと祖父の葬儀の時に両親に誘われたが、二十歳を過ぎた男が両親に甘えるのはどうかと思う。と、そのまま一人暮らしを32の現在まで続けていたのだ。


 母親とも10年以上会って居ないが、変わらず元気の様だ。


 特に自分が不幸だとも、特殊な環境だとも思った事は無い。

 それが当たり前だったから。

 祖父母は優しかったが、世間でいう家族と云う物は今一つピンとは来なかった。


 此方の世界に来て、元の世界へ戻りたいと言う気持ちが余り沸かないのは、家族が居ないと云う事にも起因しているのかもしれない。



 しかし今、ソニアから家族と言う言葉を投げかけられたスージィは、自分の心が揺れているのを感じていた。


 その家族が居ない記憶はこの世界の物では無い。

 この身体の物でも、この心の物でもない。

 この世界には何ら関わりの無い『記憶』でしかない。


 そしてこの『身体』も、この世界の物では無い。

 元はゲーム世界のデータでしかなかったはずだ。

 しかしそれが肉を持ち、現実ここに存在する物になっている。


 この肉体は何処に帰属する物なのか?

 それが解らないのだ。


 自分が此処に居て良いのか?と言う疑問は、これが夢ではないと自覚した日から持っている。


 それはクラウド家の人々を好きになる程、村の子供達と仲良くなる程、この村が好きになればなる程大きくなっていた。




 ---でも、ソニアさんはわたしを家族だと言ってくれている---




「家族?・・・ソニアさん、ハワードさんと、家族?」

「家族よ。貴女は私の二人目の娘です。だから、ずっと一緒!一緒に暮らして行きましょう?」

「家族、娘、ソニアさんの・・・この家で・・・一緒?」

「そうよ、この家で一緒よ?ここは貴女のお家なのだもの」

「わたしのお家・・・居て、いいの?わたし、此処に居ても、良いの?」

「勿論よ。私達は家族なのよ?此処は貴女のお家。貴女が帰ってくるお家なの。居て良いに決まってるわ」

「わたしの、お家。帰って来る、お家。居て良い・・・お家」


 スージィは一つ一つ、単語を確かめる様に何度も言葉を口にした。

 ソニアは辛抱強く、その言葉に重ねる様に何度も肯定して行く。


 ソニアは、スージィの強張っていた身体から力が抜けていくのを感じていた。

 スージィはソニアの身体に手を回し、しがみ付き身体を預け、そのまま顔も埋もれさせて行く。


「わたしの、帰るところ・・・居て良い、ところ」


 ソニアは腕の中のスージィを優しく幼子をあやす様に、背中を静かにポンポンと叩きながら静かに言葉をかけて行く。


「良いのよ此処に居て。此処は貴女のお家。何処に居ても、何処からでも、此処へ貴女は帰って来て良いのよ」

「わたし・・・わたしの・・・」


 スージィは、更に顔を埋め小さく震えていた。


 ソニアはそんなスージィの頭を優しく撫でる。

 嗚咽を漏らしながら、声を殺して泣くその子の頭を、我が子を抱く様に、ただ優しくいつまでもいつまでも。


――――――――――――――――――――

次回「ウィリアム・クラウドの災難」

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