第十五話 地霊の祭壇


 リスティたちの着替えには思っていた以上に時間がかかっている。


 時折何か揉めるような感じの声が聞こえてきたが、静かになって久しい。


「……あれから全く出ないな」


 窓から畑の方を見ているが、魔物化した野菜が出てきたりはしていない。


 女性を優先して狙うのはなぜなのか――その答えを、この農家の母娘は知っていそうなのだが。


「お待たせしました、マイトさん」

「ああ、終わりましたか。三人はどうしました?」


 アリーさんに聞いてみると、困ったように頬に手を当てる。代わりに娘のマリノが答えてくれた。


「ちょっとお三方の希望があって、これから祭礼を行う場所に行くまでは、三人には馬車で移動してもらうことになりました」

「え?」

「申し訳ありません、私どもが御者をいたしますので。よろしいですか?」

「いや、そこははっきり聞いておかないとまずいと思うんですが……俺が見ると何か問題が?」

「そ、そそそ、そんなことないですよ?」

「はい、お三方ともにとてもよくお似合いで……」


 アリーさんが言い終える前に、声が聞こえてくる――何やら揉めているようだ。


『あっ、い、痛いです、持病のなんやかんやが疼いてここから一歩も出られそうになりません、ここは私に任せて二人は先に行ってください!』

『お、落ち着くのだ、私もこんな防御力の低い格好をすることになるとは……』

『防御力とか関係ないです……いろんなところの高低差が激しいんです、二人はっ』

『ま、待って、落ち着いてナナセ。私たちはいつも三人一緒って誓ったじゃない、パーティを組むときに』

『ああっ、それを今持ち出さないでください! 私が薄情みたいじゃないですか! 誰のどこが薄いっていうんですか!』

『な、何の話を……ああっ、ナナセ、衣装を脱いでは……くっ、私も急に恥ずかしさが……!」


 俺とミラー家の母娘の間に、気まずい沈黙が流れる。


「……依頼は、キャンセルになりますでしょうか」


 アリーさんが泣きそうな顔で聞いてくる。マリノにもそんな顔をされては、俺としてもすぐには返答できかねた。


 俺は席を立ち、三人がいる部屋の扉を控えめにノックして聞いてみた。


「……みんな、行けそうか?」

『っ……ま、待って、絶対ドアは開けないで。このまま話をさせて』

『……少し気持ちの行きどころが欲しかっただけなので、大丈夫です。お騒がせしました。というか、聞こえてましたか?』

『私は……そうだな……マイトならば問題ないと思っている。何といっても賢者なのだからな』


 なぜか信頼されているが、俺は賢者であっても悟りを開いていたりはしない――と言ったら台無しになりそうなので、何も言えなかった。


   ◆◇◆


 三人が馬車の客車に乗り込んだあと、半刻ほどかけて小高い丘の上までやってきた。


 馬を繋いで、俺とアリ―さん、マリノの三人は御者台から降りる。リスティたちは客車の中にいるが、ここに来るまで姿は見えていない。


「あそこにあるのが、地霊を祭っている祭壇です」

「なるほど、かなり古いものですね」

「このあたりは作物が育ちにくい荒れ地だったんです。お祖父ちゃんが若い頃に、領主様からこのあたりを開墾するようにと言われて、頑張って農場を作ったんです」


 マリノはそう説明してくれるが、あえて伏せている部分があるというのはひしひしと感じている。


「それで……地霊を祭る儀式っていうのは、何をするんですか?」

「その……マイトさん、これをどうぞ」


 俺が渡されたものは、両手で抱えられるくらいの大きさの樽のようなものと、一枚の羊皮紙だった。


「太鼓……と、楽譜?」


 アリーさんは小さなハープを、マリノは笛を取り出す。つまり、これから音楽を演奏するということらしい。俺に与えられた楽譜は簡単なもので、即興でも叩けなくはなさそうだった。


「音楽を奏でて、女性たちが祭壇の前で踊る……『祭礼用の衣装』で」

「は、はい……」


 申し訳なさそうなアリーさんだが――大人しそうに見えて、彼女もなかなか大胆なことをする。


「……あ、あのっ、お母さんも私も、そんなに派手なのは好きじゃなくて。でもお祖父ちゃんたちが言うには、地霊様はそういう衣装じゃないと喜ばないって……」

『アリーさん、マリノちゃん?』

「「っ……!?」」


 客車から声をかけられ、母と娘が全く同じリアクションをする。


『……さっきは、自分たちがまずお手本を見せるって言ってなかった?』

「ああっ……そ、それは……」

「す、すみません、そんなつもりじゃなかったんですっ……!」

『ううん、二人を信用してないわけじゃないのよ。もしかしたら、私たちだけに任せて自分たちは普通の服を着て済ませようとしてるのかなって思っただけ』

「あ、ああ……ああああ……」


 リスティの声は穏やかだが、彼女の『気品』がアリーさんたちを思い切り恐縮させる。


「……こんないい年をして、と思わないでくださいね、マイトさん」

「お母さん……私もこうなったら頑張るから……!」


 ちゃっかりした母娘だが、着替えは持ってきていたようで、着替えるために客車に入っていった。


 俺は着替えなくていいのだろうか――なんてことを思っていると。


『男は余計だけど、まあいいか。さて、楽しませてもらうよ』


 祭壇の方から、声が聞こえた。


 地精と対面できるのかは分からないが、とりあえずは話が進展しているということで――雑念は捨て、依頼解決のために最善を尽くすとしよう。

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