第十六話 祭礼の舞曲

 本番前に少し練習をさせてもらい、俺の担当部分も形になってきた――ような気がする。


 ハープを演奏するアリーさんは職業が『吟遊詩人』であり、特技を用いた演奏は場の空気をがらりと変える力を持つ。マリノは『羊飼い』ということで、こちらも笛の演奏が関わる特技を持っている。


「二人とも、演奏で身を立てられるくらい上手いですね……」

「はい、若い頃は歓楽都市の劇場で演奏をしていましたので」

「お父さんは、お母さんのファンだったんです。お父さんは『農夫』なんですけど、凄いんですよ。クワを持つと人が変わっちゃうんです」

「『農夫』なら地霊に感謝こそすれ、戦うなんてことはありえないか」


 野菜の魔物に襲われて負傷してしまったのは、その辺りが理由だろう。『農夫』は戦闘向きの特技も持っていて、農具を武器にして大型の魔物を討伐したりもできる。


「私も普段は、牧場で羊を追ってるんです。職業って不思議ですよね、家族でも全然違っていて……」

「二つの職業の特徴を持っている職業が、羊飼いだった……ってことか」

「そうなんです、娘も笛が得意なので、一緒に演奏できるのが嬉しくて……」


 和やかに談笑しながら、馬車の方に視線を送る。こちらからは見えないように、馬車の向こう側でリスティたちが振り付けの練習をしているのだが――そのリスティが、顔だけ出してこちらを見る。


「あの、アリーさん。練習の仕上げに一度見てもらえますか?」

「はい、拝見させていただきますね」

「じゃあ、合図をくれたらこっちも音を出します。合わせた方がいいと思うので」


 アリーさんとマリノは、衣装に着替えてきてからずっと白い布を羽織っている。リスティたちもそうなのだが、踊りの練習をする時は脱いでいるようだ。


「……見えないと、逆に気になったりします?」

「仕事のために必要なら、どんな衣装でも気にしない。というと、誤魔化してるみたいだな……まあ、気になるといえばなるよ」

「あの三人のうちの誰かとお付き合いをされてるんですか?」

「い、いや。俺たちは昨日会ったばかりだし……」


 大胆に切り込まれて、我ながら押されている――若い娘は恋愛の話が好きだというが、マリノもそれにあたるようだ。


「それにしては、三人ともマイトさんのことをとても頼りにしてる感じじゃないですか?」

「昨日一日のうちに色々あったってことだな」

「あー、気になる。マイトさんはいつもそうやって、女の子の関心を惹いてるんですね」

「もうすぐあっちから合図があるんじゃないか?」

「あっ……いけない。お話の続きは、無事に儀式が終わった後でお願いしますね」


 アリーさんがハープの音を出したのに合わせ、こちらも演奏を始める。横笛を吹くマリノの姿は様になっているが、俺は手打ち太鼓が似合っている気はしない。


 しかし音楽というのは、演奏しているうちに乗ってくるものだ。ハープと笛、そして太鼓のみという編成ではあるが、ちゃんと音楽になっている――本番もこの調子で行けばいいが。


   ◆◇◆


 練習を終えたあと、ようやく出てきたリスティたちも白い布を羽織っていた。しかし、足だけは隠れていないので、膝から下は素足が出ている。


「では……始めさせていただきます」

「……このまま布を羽織ったままで始めてしまっても、問題はなかったりしないですか?」


 真顔で言うリスティだが、アリーさんは首を振る。すると冷静を装っていただけだったのか、リスティの顔が一気に赤くなった。


「ふぅ……もう覚悟を決めるしかないわね。マイト、こっちをあまり見ないようにね」

「こうなっては覚悟を決めるしかあるまい。これからもマイトとはパーティを組むのだから、恥ずかしい姿を見せることにも慣れなくては」

「恥ずかしいところは、見せなくていいならそれに越したことはないと思うんですけど……」

「あんまり恥ずかしい恥ずかしいって言わないで、今でも逃げ出したいくらいなんだから」

「申し訳ありません、ご無理を言って……」

「ここまで来て逃げられると思いましたか? 逃げても百匹の羊が行く手を阻み、モフモフ攻撃で快適な眠りをもたらしますからね」


 脅しているのか何なのか分からないことを言っているマリノだが、リスティは怒る気力もないらしく、プラチナたちと顔を見合わせる。


 三人が羽織っていた白い布を外す。プラチナは結構思い切りが良かったが、リスティとナナセはゆっくりで、その焦れったさが緊張感を生む。


「どうして祭礼の衣装って、色々小さいの……?」

「おそらく例年、暑い時期に行われてきたのだろうな」

「虫除けを持っていて良かったです。こんな格好で蚊に刺されたら、人に見せられないところが赤くなっちゃうかもしれないですし」


 ナナセが色々言っていたのも無理はない。リスティは出るところは出ていながら、均整が取れている――そしてプラチナは重い鎧や盾を扱えるほど鍛えているにも関わらず、普通なら鍛錬で減ってしまいそうな部分が減っていない。


 ――ファリナは毎日鍛錬を欠かさないけど、その分食べてるから胸が減らないのかしら。


 ――シェスカもエルフなのに胸が大きい。エルフは華奢な人が多いのに。


 ――魔導人形にも用途によって体型の個体差は存在します。私にはこの大きさが適正なのでしょう。


 ナナセはその大きさが適正なので恥ずかしがることはない――などと言ったら、新作ポーションの実験台にされるだろうか。賢く生きるには、時に寡黙になることも必要だ。


「……マイトさん、今何か考えましたか?」


 乙女の勘が今はひたすらに恐ろしい――答えを間違えれば死ぬ、こんな凶兆を感じたのは久しぶりだ。


「い、いや……その、ナナセは恥ずかしがってたけど、かなり……に、似合うな」

「えっ……い、今似合うって言いました? 私も本当はそうなんじゃないかなって思ってたんですよ、この衣装って私のために作られたみたいなところがあるって」

「大変お似合いです、ナナセさん。まるで天使のようです」

「舞い降りちゃってましたか、天使。マイトさんも私の魅力に気づいたことは褒めてあげます」


 どうやらナナセはとても調子に乗りやすいらしいが、褒めて伸ばすという方針でいいのだろうか。


「それでは、私たちも……すみません、お見苦しいものをお見せして」


 アリーさん、マリノが白い布を外す。二人とも恥ずかしそうにしているが、ナナセが我に返るくらいには、ある部分の高低差が激しかった。


「あっ……そうですよね、やっぱり大きい方が迫力っていうか、そういうのもありますし……」

「それぞれの個性というものがあり、それは尊いものだ。マイトもそう言っている」

「……そうなの? マイト」

「アリーさん、そろそろ始めてもらってもいいですか」


 やや強引に話題を変えに行くが、アリーさんは頷き、まずハープの音をポロンと奏でてから、三人での演奏が始まる。


 祭壇の周囲でリスティたちが舞う――水着の上からつけている腰布パレオがふわりと浮き上がり、手などにつけている装飾がシャラシャラと鳴る。


(……空が暗くなり始めた。地霊が祭礼に呼応している……見ているんだ)


 祭壇のある丘の周囲だけが、夜になっている。祭壇が光を放ち始め、明かりの中でリスティが、プラチナが、ナナセが舞う。


「地霊よ、その怒りを鎮め、今一度我らに慈悲を……」


 アリーさんが地霊に祈詞を捧げ始める。これが聞き入れられれば、農地に魔物が出ることはなくなる――しかし。


『――人間たちよ。我が怒りを鎮めたければ、これから一日に五度祭壇にて舞いを捧げよ』


 聞こえてきた声は、おそらく地霊のもの。それはまるで、子供のように幼さのある声だった。


 しかしそれゆえの、無邪気な振る舞いとでもいうのか。一日に五度というのは、ミラーさん一家に対する負担があまりに大きくなりすぎる。


「……野菜の魔物化を止めていただけるのなら……一日に五度、こちらに訪れます」


『その三人の娘たちも連れてくるんだ。賑やかでなければ祭礼にならない』


「っ……そんな……」


 マリノが絶句する。無理もない、事実上不可能な条件を突きつけられているのだから。


『答えは明日まで待とう。明日の日没までに解答がなければ、祭礼は意味をなさなくなる』


 一方的に俺たちに条件を突きつけると、地霊らしき気配は消え、空が元通りに明るくなる。


「……アリーさん」

「いえ……分かっています。祭礼を怠った私たちの責任ですから……報酬はお支払いします」

「……皆さん、無理を言ってごめんなさい……っ、私、こんなに地霊様が怒ってるなんて思わなくて……みんなで祭礼をしたら、許してくれるって、思って……」


 泣きながら謝るマリノを、プラチナが抱きしめる。リスティとナナセの目を見れば分かる――彼女たちもまだ諦めてはいない。


「……こうなったら、地霊に直接会うしかないな」

「っ……い、いえ、そんなことをしたら、地霊様の怒りで何が起こるか……っ」

「もう十分に起きています。そして、出された条件には理不尽なものがある……無理を強いている。無理な条件を飲む必要はない」

「で、でも……地霊様に会うなんて、どうやって……」


 マリノは不安そうに言うが、アリーさんには心当たりがあるようだった。


 俺は祭壇に近づき、装飾のように見えるレリーフの一部を見る。


 地霊が祭礼に反応したとき、そこが光って見えた――祭壇に隠された鍵穴。『白の鍵』を使って開けられる場所が。

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