第十二話 再会/一日の終わり

 再び部屋から出てきたメイベル姉さんは、ソフトレザーアーマーにレギンスといった出で立ちで戻ってきた。肩当てはつけていないので完全武装ではないが、ギルド長としての風格が出ている。


「ん? ああ、気にしないでいいよ。こういう格好じゃないと締まらないしねえ」

「こんな時間にやってきて今更なんだけど、急にごめん」

「急ぎの用でもあったのかい? うちのギルド員と揉めでもしたとか」

「揉めたというか、知り合いが盗みに入られた。もう捕まえて盗んだ物も返させたけど、今後もこういうことが起こると……」


 話している途中で、メイベル姉さんは事情を察したように、椅子の肘置きに頬杖をついてため息をつく。


「こんな職業だと、どうしてもね……なんて言ってられないか。うちの名を汚した奴らは、粛清しないと」

「いや、そこまでは……ただ、せっかく『盗賊』なんだったら、別のことで稼いでもらえないかと思って。今後も俺の知り合いが狙われるようなことがあったら、もっとキツイきゅうを据えなきゃならなくなる」

「……ふぅん。それって、マイトのいい人?」

「いい人って……あ、ああ。そういうことは全然なくて、まだ会ったばかりだよ」

「本当に? ……なんて、あんたが帰ってきたらさすがに数日で情報は入るだろうしね。でも、その姿じゃギルドの古株でも気づかないか」

「……『ガゼル』や『エルク』は?」

「二人なら三年前に幹部になったよ。今はフォーチュンを出て、密偵の依頼を遂行中。詳しくは話せないけどね」


 外部からの依頼内容によっては、幹部クラスが直々に動くことを要求されることもある。例えばそれは、権力者からの依頼だ。


「……気になるって顔してるね。あんたとは一緒に腕を磨いた仲だし、無理もないか」

「首を突っ込むことじゃないのは分かってる。そこは弁えてるよ」

「あたしはマイトが手伝ってくれるなら、それでもいいと思ってるけどね。今のあんたは『盗賊』じゃない……それでもここに入って来れた。やっぱりあんたは、一度は職業を極めたんだ」

「極めたのかどうかは分からない。ただ、限界には達していたみたいだ」

「限界……それは『盗賊』って職業の限界ってことかい? あたしも言ってみたいね、限界までいったってさ。まだ難しい仕事をするとレベルが上がるんだよ、もういい歳なのにねえ」


 メイベルは照れながら言う。レベルが上がることは恥ずかしいことでも何でもないし、年齢も成長限界に達するには早いだろう。


「マイトは賢者になる前……ああ、それも詮索になっちゃうか。さっきの動きを見る限り、あんたは今のあたしより強い。魔法職なのに身体能力が盗賊より上なんて、反則もいいとこだね」

「職業を変えても、維持される部分もあるみたいだ。俺も知らなかったんだが……能力がレベル1相応だったら、メイベルには会いに来られなかったよ」

「まあ、見張りに捕まってるだろうね。でも、どうやってあたしの部屋の扉を開けたの? 結構凝った鍵にしてあるはずなのに」

「壊したりはしてない。賢者になったら魔法で開けられるようになったんだ」

「へえ……賢者って、いろんな魔法が使える職業ってイメージだけど。炎とか氷を出したり、回復したりは?」

「そういうのは、今のところ全くできない。ただ、昔の俺と違って魔力があるだろ」

「あ……」


 俺は自分に親指を向け、笑って言う――だが、メイベルの表情は目に見えてかげる。


「……悪いね、マイト。あんたは魔力がないことを悩んでたのに、あたしはそんなことも忘れちまって……我ながら薄情で嫌になるね」

「そんなことはないよ。こうして話せてるだけで、俺は感謝すべきだ。破門された人間なんだから」

「あれは売り言葉に買い言葉だよ。なんて、ギルドを仕切る人間が言うことじゃないか」


 メイベルは立ち上がる。そして、俺の目の前までやってくると、何を思ったのか――頬にそっと触れてきた。


「……メイベル姉さん?」

「……戻ってくると思わなかった。旅の途中で死んじゃってたらそれも仕方ないって思ってたけど、マイトは諦めなかったんだね」

「仲間に恵まれたんだ。俺一人だったらどこかで足止めを食らって、そこから進めなかったと思う」

「その仲間は、もう解散したのかい?」

「解散は……してない。けど、そういうことなんだろうな」


 魔竜を倒すという目的を達した今、三人にはそれぞれするべきことがある。


 再びパーティを組むことはない。現実的に考えればそういうことだが、まだ自分の中で実感が湧いていなかった。


「生きてるんだったら、また会うこともあるさ。そろそろ話を戻さないとね……とりあえず、うちのギルド員には引き締めをかけとくよ。都市の守備隊ガードに知れるとうちに罰則が来るからね」

「ありがとう。俺も何かできることがあったら、声をかけてくれ。礼っていうわけじゃないが」

「ああ、せっかく賢者になったっていうなら働いてもらうよ。賢者様に盗賊ギルドの手伝いをしてもらうなんて、恐れ多いけどね」


 冗談めかせて言いながら、メイベルは俺から離れる。


 これで、ここでの用事は済んだ――しかし、部屋を出る前に。


(……また錠前ロックが見える……ようになった。最初からは見えてなかったよな)


「……ん、怒った? そんなに真面目な顔して」

「い、いや……何でもない。まだ賢者になってから、色々慣れてないんだ」

「ふーん……ああ、そうだ。魔法の勉強なら、本を読むのがいいんじゃない? 歓楽都市とはいえ、魔術書を売ってるところなんかもあるしね。魔法ギルドは立場上お勧めしないけど」

「そうか、本っていう手があったか。助かったよ、メイベル姉さん」

「……マイト、見た目の歳は違うけど、中身は大人なんだから……っていうのは、気にしなくてもいいか。あたしの中では、マイトの印象は変わらないしね」


 それは成長してないっていうことか――と軽口を言いかけた、まさにその時だった。


(――ッ!?)


 メイベルの胸の前に見えていた錠前が、光の粒になって霧散する。


 俺は何もしていない――鍵を出してはいない。錠前が消えたのは別の要因だ。


 魔力で生成した鍵で開けるわけではなかった。それなら、何が条件なのか。


「……次からは、上の連絡所を教えておくから。そこに言伝をしてくれれば、あたしに届くからね」

「あ、ああ。そうさせてもらうよ」

「夜中に来てもいいけど、一応……さっきみたいなこともあるからね。気をつけなよ、今回は許してあげるけど」


 メイベルはそう言って、俺が入ってきたのとは違う扉を開けてくれる――別の出入り口に通じているのだろう。


「ああ、そうだ。今のマイトなら入ったことあるかもしれないけど、うちで出資して裏街に店を出しててね。遊びに来てくれたらサービスしてあげる」


 それは――リスティが勧誘されたような店だろうか。実情がどんな店なのかは気になるが、いそいそと顔を出すのも何なので、機会があればということになるだろう。


 再び地下道に出て、しばらく進むと登れる場所が見つかる。盗賊の特技がなければ登攀できないような場所だが、岩の隙間に指をかけてするすると登っていった。


   ◆◇◆


 宿に戻ってくると、リスティが扉の前に座っていた。剣を胸に抱いて、寝ずの番をしようとしていたようだが――これはまずい、寝落ちしている。


「リスティ」

「ん……んん。すぅ……すぅ……」


 声をかけると反応はあるが、睡魔に勝てない状態らしい。申し訳なく思いつつ、もう一度声をかける。


「盗まれたものは戻ってきたか?」

「……指輪……大事な……プラチナのも……ありがとう……」

「そうか……良かったな。ここで寝ると風邪引くぞ」

「…………」


 反応がない。よほど疲れていたのだろうし、慣れない酒を飲んでいたということもある。


 このままにしておけないがどうするか――というところで、ドアが開いた。中からプラチナが顔を見せる。


「っ……リ、リスティ、眠っているのか? 私としたことが、酒に飲まれてしまうとは……面目ない」

「色々あったが、とりあえず問題は解決した。リスティをベッドに運んでもいいか?」

「う、うむ……」


 座ったまま寝ているリスティを運ぶには、そのまま抱き上げる方法がやりやすい――プラチナを運ぶときは、人さらいみたいな運び方と言われたということもある。


 ナナセはベッドに入っていて、静かに寝息を立てている。あまり室内を見ないようにして、プラチナの指示でリスティをベッドに寝かせ、部屋を出る。


「……もう、行くのか?」

「こんな夜更けだしな。今からでも飛び込みで入れそうな宿を探してみる」

「っ……もし見つからなかったらどうするのだ、恩人を放っておくわけには……」

「大丈夫、何とでもなるはずだ。じゃあ、またどこかで」


 プラチナと別れ、階段を降りる。足音が聞こえて振り返ると、プラチナが俺を見ていた。


「……ありがとう。この恩義は、必ず……」


 気にしなくていいと言う代わりに、俺は軽く手を上げる。そして、深夜まで新規客を受け入れている宿を探して、まだところどころに明かりが残る市街を歩き始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る