第十三話 錠前と絆
マイトと会ったあと、メイベルはすぐに休む気になれずに、何度目かのため息をついていた。
「……はぁ」
冒険者になるために、この盗賊ギルドを出て行くと言ったマイトと、今のマイトは、年齢だけならば変わらない姿をしていた。
魔竜を倒したと聞いても、メイベルには現実感がない。王国から出された『魔竜討伐のための冒険者招集』についても、この辺りのレベル帯では志願者が出ることはなかったからだ。
「……そんな話になれば、この辺りの街でも伝わってきそうなのに。本当に魔竜を討伐したんだったら……マイト、あんたは……」
紛れもない、世界を救った英雄。その彼がレベル1に戻ったことには、よほどの事情があるのだろうと察することはできる。
『転職』は、神の力が無ければ果たされないほどの奇跡。それが現実に起きて、魔力のなかったマイトが魔力を手に入れている。その事実は、魔竜討伐の報酬として女神の恩寵が与えられたのだと思うには十分なものだった。
「……でも、絶対に『レベル1』そのものなんかじゃない。あんたはやっぱり、英雄なんだね……」
思わず口にせずにはいられない。他の誰にも相談することができないような、そんな思いがメイベルの胸にある。
マイトの頬に触れたのは、昔のままの姿で戻ってきたマイトを見ているうちに、悪戯心が疼いたからだった。
そんなことをしたからなのか、それとも別の理由なのか。メイベルは今までの自分とは、マイトと話しているうちに何かが変わってしまったように感じていた。
「……本当は、あたしはあんたを許さないくらいの気持ちだったのに。こんなに簡単に
マイトが盗賊ギルドを離れた時に閉ざしたはずの感情が、もう一度開かれた。突拍子もない考えだと思いながら、メイベルは自分の胸に触れ、努めて息を落ち着けようとする。
『ギルド長、下部のギルド員が三人、報告があるそうです』
「っ……あ、ああ。何だい、そのままで話しな」
ドアの外から聞こえてきた声に、メイベルは硬質な声で応じる。マイトのことを考えている今の状態で、部下に顔を見せる気にはなれなかったからだ。
『なんでも、盗みをやっちまったらしく……守備隊にはバレてないらしいですが、ギルド長に謝罪したいとのことで。どうします? しばらく懲罰房にぶち込んどきますか』
「ああ、いいよ……その話なら把握してる。もう悪さしないだろうから、直属の上役の指示を聞いて動けって言っときな」
『わ、わかりました。さすがですねギルド長、さっき起きたばかりの件まで関知してらっしゃるとは』
「世辞はいいよ。用が済んだのなら行きな」
扉の向こうにいたギルド員が離れていく。それを確認した後で、メイベルは机の上にある小さな鏡を見た。
「……なんて顔してんだか、あたしは」
マイトがいなくなってからも身体の熱が冷めないようで、頬が紅潮している。盗賊の特技『冷静沈着』でも抑制することのできない感情がある――メイベルはそれについて考えることを避け、眠れない夜を執務に費やすことにして机の前に座った。
◆◇◆
翌日――俺はギルドにいて、掲示板を見ていた。
やはりレベル1の冒険者はパーティへの参加募集がない。そして、依頼についてはパーティの人数が条件になっていて、単独で受けられるものは報酬が安い。そうなるとフリーで魔物を倒すなり、魔術書を探すなりした方がいいか。
「おう、今日も会ったな。あの娘たちとは組めなかったか?」
「ああ、こんにちは。まあそういうことになりますね」
「健気だねえ、そういう奴は嫌いじゃないぜ」
確かゴッツと言ったか、中年の冒険者が声をかけてくる。昨日は酒を飲んでいたが、今日は仲間と一緒に冒険に出るようだ。
俺が強がりを言ったと受け取られているようだが、事情を説明すると長くなるし、訂正せずにおく。実際、リスティたちと組んでいないのは事実だ。
昨夜は飛び込みで入れる宿を探したが、最初に見つけた宿は近所の店から聞こえる声が大きく、二軒目で比較的静かな宿を見つけたが、銅貨五枚という安さだけあって寝床は相応に硬かった。外套を寝袋代わりにして寝られる俺にはさほど問題にはならないが。
リスティたちの宿も一階が酒場ということで遅くまで騒がしそうだが、慣れればどうということもないのだろうか。稼ぎが安定してきたら宿を変えればいいことだし、三人なら無謀な仕事を選ばなければ問題なくやっていけるだろう。
カウンターに行き、賞金がかかっている魔物がいたりしないか聞いてみることにする。今日も同じ受付嬢がいて、俺を見ると微笑んでくれた。
「おはようございます、マイト様。昨日はお疲れ様でした、デビュー初日から大きな仕事をされましたね」
「いや、俺はリスティ……あの三人のパーティに協力しただけです。通りすがりというか」
「昨日もそう言っていらっしゃいましたが、お三方は今朝からずっと待っていらっしゃいましたよ」
「……え?」
あまり周囲に気を配っていなかった――盗賊なら常時発動する特技で視界が広くなっているのだが、今の俺はそうでもない。
振り返ると、掲示板の前にリスティたち三人がいて、ナナセだけがこちらを見ていた――しかし、慌てて掲示板の方に向き直る。
「クエストの受注はいつでも承りますので、どうぞ行ってらしてください」
彼女はもう、この先がどうなるのか分かっているみたいに微笑んでいる。そう言われては、俺も今から気づかなかったフリはできない。
「この依頼はどう? 畑に植物の魔物が発生したから、討伐してほしいって」
「うむ……広い範囲に魔物が出るので、人手は多い方がいいと書かれているな」
「え、えっと……四人以上がいいみたいですね。もう一人、誰か勧誘したとしても、今から来てくれる人ってそんなには……」
「いや、三人ならいくらでも集まると思うけどな」
「「「っ……!?」」」
こういうのは、茶番と言われることもあるのかもしれないが。
――三人が何のためにそうしているかと考えれば、たまには、茶番も悪くない。
「……お、おはよう……マイト。昨日は、その……何て言えばいいのか……」
「非常にかたじけなかったというか……パラディンとして、情けないところを……」
二人とも俺が運んだのを何となく覚えているらしい――そうなると、こちらも照れるものがある。
「あ、あの。昨日はあんなにお世話になって、今日もというのは、都合がいいと思われるというのはごもっともなんですけど……っ」
「俺も一人じゃ仕事を受けられないから、困ってたんだ。ちょうど一人足りないなら、俺もついていっていいか」
三人が目を瞬く。何か周囲の視線が突き刺さるように感じるが、アイドル的な存在であるところの彼女たちのパーティに加わろうと言うのだから、多少のことは開き直らなくてはならない。
「……いいの……?」
「ああ。三人を見てると危なっかしい……いや、俺もレベル1じゃ心細いからな」
「う、うむ。いくら強いといってもレベル1の賢者なら、やはり私が守ってあげなくてはな!」
「はい、きのう手に入ったスライムで作った新作ポーションも、マイトさんにぜひ効果を見てほしいですし!」
「ふ、ふたりとも……そんなにはしゃいだら、私たちがマイトを待ってたみたいじゃない」
受付嬢からすでに教えられているのだが、知らなかった体でいるのが情けというものだ。
しかし素直に言えば、もう一度誰かとパーティを組むということを、知らず忌避している部分があった。
そんな俺を見て、ファリナたちがどう思うか。自分たちがいなければそんなになるのかと、呆れられても仕方がない――だから。
「攻撃魔法も、回復魔法も今のところは使えない。それでも邪魔じゃなければ、このパーティで鍵開け担当でもやらせてくれ」
――そう、言った瞬間に。
リスティ、プラチナ。それぞれの胸の前に錠前が見えて――二つともが、光の粒になって霧散した。
――『ロックアイI』によって発見したロックを一つ解除――
――ロック解除した相手に対して『封印解除I』使用可能 絆上限を解放――
頭の中に降ってくる、その知識が示すことは。
錠前が開いた相手に対して、俺の特技で何らかの干渉ができること――そして、錠前が開く条件は。
「こちらこそよろしくお願いね、マイト」
「ここで会えたのも何かの縁なのでな。またどこかで、と言われたときは、しばらく街を出るのかと思ったぞ」
「ふたりとも、心配性なんですから。私はマイトさんは絶対ギルドに来るって思ってましたよ」
ナナセはそう言うが、二人と比べると錠前が開くほどは俺に心を開いてない――とか、そういうことになるのだろうか。会ったばかりなので当然といえば当然だが。
「じゃあ……この、四人以上で受けられる依頼でいい? これから現地にすぐに行くけど」
「ああ、こっちは問題ない」
「わっ、受付のお姉さんが満面の笑顔で待ってる……ちょっと恥ずかしいですね」
「何を恥じることがある。冒険者が依頼を受けるときは、常に堂々としていなくては」
カウンターに向かう三人の後についていく――もはやギルドの中は阿鼻叫喚だ。
「あ、あいつ……よりによってこんなところで、正式加入しやがって……!」
「だ、駄目だ駄目だ! あんな年頃の娘三人と若い男を一緒にしておけるか!」
「女の子が多いパーティだったら、私たちが参加しても大丈夫そうじゃない?」
「お、おい、うちを抜けるとか言わないでくれよ! この通り、なんでもするから!」
俺が三人の保護者的な立場で加わったと知ったら、多少は落ち着いてもらえるだろうか――それも無理そうか。
しかし他の冒険者に対する申し訳なさよりも、三人と冒険に出て何が起こるのか。俺の特技は何を起こせるのか。今はそれが楽しみでならなかった。
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