第12話「災厄襲来(その2)」
「……おおぉ~」
「なんということだ」
光が晴れ、次に視界の光景がハッキリとした瞬間には……“眼前”だった。
「いつの間にかッ……我々が群れの前に……!!」
数キロはあった距離、四人の魔法使いはあっという間にムーンデビルの目の前にまで移動したのである。
「うわぁあ! すごいすごい! 奇術師の私もビックリだよぉ~!?」
「いやぁありがたい! 君の“空間原理改竄”には助けられっぱなしだ。テレポートでの移動、実に感謝だ」
「そのつもりは一切ないから。ビアス」
空間原理改竄。その名を聞くに……『その場一体の空間になしかしらの仕掛けを施す』ものだ。
「移動の際、通過する予定だった空間の存在を一時的になかったことにしました。これにより瞬間移動したのです。一国またぐ大移動までは出来ませんが、これくらいの距離なら余裕で移動できますとも、ええ」
今使った能力はテレポート。すなわち瞬間移動だ。
こっちから待たずともムーンデビル達の元まで駆けつける。そして要塞に準備された“魔族用迎撃兵器”の射程距離にも届いている。戦闘はいつでも開始可能だ。
「……やれやれ。さすがは大賢者! 規模が違うッ!!」
エブリカントは抜けてきた気をすぐに引き締める。
現れた魔法使い達を前にムーンデビル達は一斉に咆哮を上げる。地上を歩く個体、空から移動する個体。総攻撃が開始されようとしていた。
「アンリエスタは空だ!」
「おーけー、おーけーッ!! 私たちも凄いってところ見せなくちゃ!!」
ピースサインで返事をするアンリエスタ。手に持っていたステッキを振り回し、空から襲い掛かるムーンデビルにウインクをする。
『『『〓〓----ッ!!』』』
「怪物などには負けん! いざっ!!」
エブリカントのマントが勢いよく暴れ出す。
風など吹いてはいない。背中のマントは餌を前にしたピラニアのように震えはじめ、次第に変形を行っていく。
「触れてはならないと言ったが自分は触れるッ! このマントで触れることができるのだッ! 鋼鉄化したこのマントは竜の鱗だろうが、遺跡の大理石だろうが斬ることができるのだぁアアアア!」
刃だ。マントは全てを切り裂く刃に変化を遂げると、それこそムーンデビルの触手のように無数の刃となり、襲い掛かる。
「急所を確実に狙うァアア!!」
変形したマントは針となり、襲い掛かるムーンデビルの体を突き刺す。
生き物の熱源に反応しているのか分からない。マントの針はムーンデビルの胸、頭、下半身とそれぞれ別の個所を狙う。風穴を開けたと同時、消滅させる。
乱雑に攻撃しているわけではない。確実に弱点を突いている。
「さぁさぁ、どうぞご賢覧あれ! 今から皆に、とっても綺麗な“キラキラ”を見せてあげるよ~!!」
ステッキを振り回す姿はまるで大道芸人の奇術師のようだ。奇抜なメイクが注目を集める表情を陽気な雰囲気で塗り固め、アンリエスタは空のムーンデビル相手にステッキを向ける。
「これより始めますは、とっても綺麗なイリュージョンッ!」
光だ。粉雪だ。
ちがう、あれはまるで“星”だ。
「星空って不思議なんですよね~。ちょっと切ない気持ちになるけど、同時にロマンチックにもなるし、心も暖かくなるんですよ……冷めきって、カチコチになっちゃったソレを溶かしてしまうくらいに~~~~……ねっ♪」
まだ夕刻ですらないこの時間。空に星など見えるはずもない。現れるはずもない無数の輝きが弾丸となってムーンデビルに降りかかる。
次々と星の弾丸で撃ち抜かれたムーンデビルは悲鳴と共にハチの巣になっていく。瞬く間に塵となって空を舞う。
「星は不思議な力がある光なんです! 今、それをお見せいたしましょーー!」
星は空に溶け込むと同時、塵となったムーンデビルの肉体を引き連れていく。空へ、更に上空へと連れて行くのだ。
「たぁああんっと! お楽しみください~♪」
消えていく。空から襲い掛かるはずだったムーンデビル達は地上へ到着する前に星に連れられ、あっという間に消えてしまうのだ。
「【怪鳥エブリカント】と【奇術師アンリエスタ】。報告通りどちらも手練れじゃない……ならば、後れを取るわけには行かない……!」
王都のエージェントの大活躍。これを見せられて帝都代表格である三賢者も遅れるわけには行かない。レフシィズも行動を開始する。
「見せてあげるわ。年季の違いを!!」
再び伸ばされる手はまるでタイプライターを打ち込むかのように指先を動かす。人差し指、中指、そして親指。光り輝く指は空気に何かを仕込んでいるかのようにそれぞれ交互に動く。
『『『------ァァァ』』』
「耳障りよ……その存在事……!」
王都エージェント二人が対応している個所とは違う方向。エブリカントは地上、アンリエスタは空。それぞれ二人がかりで共闘することで王都組は対応を成功させていた。
「消えてなくなりなさいッ!!」
しかし、だ。
レフシィズはそれを一人でやってみせている。
【空間原理改竄】。ビアスはそういった。
その名の通り、空間の法則そのものをいじ繰り回し、自身の思うが儘に何かしらの変化を仕込ませる。今、ムーンデビル達に起きていることがそれだ。
空間が歪んでいる。
波動、波長、空気、光の屈折。その何もかもが“目に見えない何か”によって崩壊を起こし始めている。ムーンデビル達は反撃をする事も出来ず、まるで“クシャクシャに丸められた新聞紙”のようにつぶれていき、次第に空間そのものから姿を消していく。
数十匹はいたムーンデビルがあっという間に一掃された。十年前、帝都の危機を救った伝説の魔法使い三人の一人と言われるのも頷ける。
「ビアス! 貴方も手伝って!」
「君が本気を出すから、僕の出番がないんじゃないか~? あっははは」
ビアスは大笑いしながら、頭を片手で搔いている。
「……嘘言いなさい。観察するために手出ししていないだけの癖に」
しかし、レフシィズは断言する。
ビアスはこの光景を“記録したいだけ”。その眼に収めることに集中したいからこそ、何も行動していないだけだと。
「そりゃあまぁ、ねぇ」
消えていくムーンデビルを前、ビアスは微笑みを崩さない。
「僕が本気を出したら一瞬だもの。折角の観察の機会だ、殲滅に集中するだなんて勿体ないじゃないか」
「貴方という人は本当に……ッ!」
「わかったわかった怒らないで。今やるからさ」
舌打ちの一つでも鳴らしてやろうか。レフシィズは険しい表情でビアスを睨みつけていた。
「さぁて、残るムーンデビルは、」
『相変わらずだな』
現状の確認。ビアスが空へ視線を向けたその瞬間だった。
『ビアス』
----それは誰かが予想できたであろうか。
「……おやおや、随分とお早いご到着じゃないか」」
或いは予感できたであろうか。
エブリカント、アンリエスタ。そしてレフシィズは勿論、待機しているバックアップの一員達も唖然とする。
「ミレニア」
ミレニア・イズレイン本人。
宣戦布告をした張本人が帝都外の大地の上空に再び現れたのだから----!!!
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