第12話「災厄襲来(その1)」
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数年前の悪夢。
その報告は規模が大きくなりつつある。初めてムーンデビルがクロヌスに降下したあの日と同じように----
「ムーンデビルが増殖した、か。人間がムーンデビルに変貌する。これは一体どういうことなのかな?」
フーロコードからの報告を受けたビアスは記録を纏めながら呟いている。
「ムーンデビル固有の細胞が存在するのか。それとも蟲のような小型の奇声体か……人間全体そのものがムーンデビルになり得るのか。それ以前に人間から変貌した個体はムーンデビルと言えるのだろうか」
資料を手にし、情報を纏めていく。
人間からムーンデビルに変貌した個体。そして十年前に調べ上げた個体のデータと見比べた結果、その体内の構造は全く異なっている。
「真似事の作り物、か。それとも新種か」
数十年前のムーンデビルのスケッチ……それは人間の体内構造と似たもの。
臓器があり、呼吸器がある。あとはそこらの生物と似た構造となっているがその八割がた人間と酷似しているのだ。
「はっはっは! 謎は深まるばかりだね!」
次々と重なる発見にビアスは大笑いしていた。
被害を被った人間の事などまるで気にする素振りも見せやしない。ムーンデビルという怪物の生態を楽しむのみ、だ。
「……随分と冷たい男ね。被害者は貴方にとってはモルモットかしら?」
「待ちたまえ。まるで僕が血の涙もないような言い方じゃないか。こうは見えても気の毒に思っているよ?」
笑顔を浮かべたまま、だ。その言葉に何の信憑性も浮かばない。
「だが過ぎたことを引きずり続けても何もならないだろう? なら次の被害が増えないようにするためにも遺してくれたデータを調べ上げなくてはね」
「……どうだか」
上っ面の綺麗ごとだけで実際は興味本位だけの実験をしたい。被害者の事など、データを残してくれた実験生物程度に考えているのではないだろうか。
レフシィズは頭を抱えるばかりである。自分の興味だけにこんなにも冷酷になれる男。ここまで研究者に相応しい人間は中々いない。
「勉強熱心な人なんだね?」
気まずい空気を見かねて、アンリエスタがレフシィズに話しかける。
「身勝手なだけよ。
「聞こえているよ。愚痴を言う事に許可なんていらないけど、せめて本人の前ではやめてほしいよね」
苦笑いをしながら、ビアスは女性陣二人の方へ振り向く。
「それと勘違いするんじゃないぞ。僕は一番好きなのは、」
「敵襲ですッ!!」
要塞研究員の一人が叫ぶ。
「敵襲? 盗賊団か何かかい? 或いはテロリスト? 絶好のタイミングを狙ってくるね。だけどそこらの不良君達に興味はないんだ。そこらの兵士で追い払って、」
「 人じゃありません!」
外の様子が“映像出力”の魔導書により展開される。
「ムーンデビルですッ!! またムーンデビルが来たんですッ!!」
「……ほう」
冷静だった。ビアスは協会研究員達とは違い冷静であった。
「ちょっと噓でしょ……これ以上のドタバタがあるっての?」
「しかし。予想してなかった事態ではあるまい」
「そーういうことー♪」
レフシィズは勿論、エージェントのエブリカントとアンリエスタも同じであった。レフシィズは少しばかり頭を痛めていたようだが。
「本当に……絶好のタイミングじゃないか!!」
ビアスは目を光らせる。乱れていた白衣を整える。手荷物である魔導書を確認する。
まるで遠足に向かう前の子供みたいだ。ビアスは興奮を抑えることなど出来るはずもなく、要塞本部へ向かってくるムーンデビルの群れへ挨拶をしに向かう。出航前の準備など気にもせずに飛びだしたのだ。
「ちょっと! 待ちなさい、ビアス!」
レフシィズは彼の後を追いかける。
「どうする、エブリィ~?」
「我々の目的はムーンデビルとミレニアの後を追う事。そしてこの月の欠片を守り通す事だ。そうだろう?」
「あいさ~」
エブリカントとアンリエスタの二人も、三賢者であるビアス達の後を追った。
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報告通り、遠方数キロ先にその群れは確認できる。
数はざっと数えて三十以上。先日発見された個体と全く同じムーンデビル達が迫りくる。
「来た来た。僕の実験対象が」
双眼鏡を片手、ビアスはムーンデビルの群れの到着を快く待っている。舌なめずりまでして興奮もしている。
「月の欠片に呼び寄せられたのか? それともあのムーンデビルはミレニアの差し金で?」
「それは……定かではありません」
エブリカントの問いに対し、レフシィズは何処かぎこちなく返事をするのみだ。
「……すまない。まだミレニアとムーンデビルの間に関係があるのか分からない。あまり快い考察ではなかったかな」
「いえ、どうぞお構いなく」
レフシィズの対応を見るに、彼女はまだ信じたくないのだろうか。
かつて共に帝都を救った英雄の一人であるミレニア・イズレインが帝都を裏切るどころか、月の欠片を利用し、良からぬことを企んでいるということを。
「協会のメンバーはバックアップで援護するだって。割と離れた位置にいても援護は出来るから、好きなタイミングで攻撃を仕掛けてだってさ~。向こうもコッチに合わせるらしいから」
「ざっと数えて、群れの到着は残り四分というところかな? 仕掛けるタイミングはそこからがちょうどいいか?」
「……いえ」
王都エージェント二人に対し、レフシィズは提案する。
「今からでも、我々で攻撃できますよ」
「ふむ。しかしだ、ミス・レフシィズ。自分たちの攻撃は流石にあの距離では当たらないのでは? 遠すぎるような気もするが、」
「準備はよろしいですか?」
エブリカントの言い分など聞く耳持たずか。
四の五の言うよりも先、レフシィズはそっと右手をかざす。
「はじめますよ」
----瞬間、右の手のひらから眩い光。
「「え?」」
エブリカントとアンリエスタ、彼女を見るどころか双眼鏡から目を離すことすらしようとしなかったビアスの目の前が真っ白な光に包まれる。
「帝都の脅威は焼き払う」
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