第1話/あまの荘
「よお!
少し肌寒いくらいの季節。枯れた紅葉が、視界を遮るようにして空を踊り散っているその先に、一人の女の子が手を振って声をかける。
空を彩る茶色の葉を落とした短い茶髪が、朝日に照らされて艶めいており、見てるだけで元気を貰えそうなその眼は、いつも輝いていて、ニコッと笑うさまはとても絵になっている。そんな女の子が手を振っているのは。
「おはよう
外で竹箒を持つ手を止めて、返事を返した天藤こと、僕がいたからだ。
僕と櫻井は現役高校生かつ同級生。だからこうして会うのも決して珍しくはないけれど、実は登校時間まではまだ二時間ほどある。故に僕は制服こそ着てるけど、家の前の掃除に励んでいた。
けれど登校が早いのは櫻井も同じこと。こんな早くに学校に行ったところで誰もいないし、校門は開いてないだろう。ならなんでここにいるのかというと、まあ早い話、
「私が寒いって言ったら寒いの!じゃなくて、今日も手伝うよ」
そう、手伝いに来たのだ。というのも僕の家は、普通の家じゃあない。かといって豪邸とかでもないんだけど、僕の家は後ろに建っている
で、大家だからこそ毎朝掃除と朝食を作って、住んでいる人をもてなしているわけだ。ただ、僕は学生。他にもやらなければならないこともあったりで、一人で家事を回すことがなかなかハード。
それをどこで知ったのか、近所に住んでる櫻井がこうして手伝ってくれる――と言っても朝食を作るだけ――ようになったのだ。最初は悪いからと遠慮してたけど、どうしてもって言うから手伝ってもらっている。
「毎日わるいね」
「良いってことよ!」
無い胸をどんっと叩く櫻井だが、正直彼女の料理の腕はプロ顔負けだろう。いやプロの味を知らない僕が言うのもあれだが、ともかく彼女が作る料理は優しくて心が温まる味。それを知っているから、ここの住民からも評判が良く安心して任せられる。
彼女が料理を作る間に、僕はせっせと掃除を終わらせて支度を済ませる。と言っても必要なものは大体前日に用意しているため、着ていたエプロンを外して、充電満タンのスマホをポケットに忍ばせるだけだが。
味噌の優しい匂いが鼻をくすぐり始めたため、リビングへと向かえば案の定、目玉焼き定食とも思える立派な朝食が机に並べられている。それも僕と櫻井を含む五人分。
一人は既に座っているが、あと二人は未だこの場にはいない。つまりは寝ているのだろう。
「おはよう優人」
「おはようございます須藤先輩」
先に座っていたのは切れ細やかな黒いポニーテールを揺らした、
それでも、僕を名前で呼んでいるのは、単に殆どここに来ない本当の大家である、僕の祖母と苗字が同じだから。呼び捨てなのは顔見知りかつ、君付けがめんどくさいかららしい。
あと二人の住居者は社会人で、僕達とは少し活動時間が違う。そのためそれぞれの朝食にカバーをかぶせた後、僕と櫻井も朝食をお腹の中へと入れる。
「あ、天藤!私と先輩ちょっと早めに行かなきゃだから!」
「おう、じゃあ洗いものはやるから、またあとで」
「おう!あと洗い物は任せるけど、可愛い可愛い私と先輩が口にした箸を舐らないでよー?」
「んなことするかっ!!」
いつもは私がやるって率先するほど櫻井が洗い物をやるのだが、どうやら用事があるらしく冗談を言いながら先輩を連れ、一足先に学校へと向かっていった。
何があるのかとかは興味はないが、考えてみればなんとなく早く出る理由の答えは、簡単に導き出せる。
櫻井と須藤先輩は部活は違うが、二人とも生徒会のメンバーである。ならば用事は生徒会にちなんだことなのは間違いないな。なんて思いながら、美少女の二人が口を付けた箸も、しっかりとスポンジで洗ったところで、僕も通学路に出る。
ここら辺の学生は朝練で、今日の櫻井達と殆ど同じ時間帯に通学路に入っているから、今の時間帯はしばらく僕だけの一人だけ寂しい通学路。
そんなかわいそうな僕を励ますように、ひゅうっと冷たい風が身体を撫でる。
「うー。確かに少し寒いか。早いけどマフラーとか付けとくべきだった」
掃除してるときは気づかなかったが、早朝櫻井が言っていた通り今日は寒かった。いや、多分掃除してた時はあまり風が吹いてなく太陽が出ていたから、暖かく感じていたのかもしれないし、今は風が吹いてるし、どことなく薄暗いから体感温度が下がっていても不思議じゃない。
ふと、あまりの薄暗さに少し違和感を覚えた。
というのも今日の天気予報――と言っても昨日時点だが――は雨は降らず快晴だったのを思い出し、天気予報が外れたのかと思って空を見上げた時だった。
「へ?」
直後、薄暗さの正体に気づいた僕は、思わず尻もちをついて無意識にも素っ頓狂な声を出していた。
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