お前こそボロモーケじゃないか 後編

「はっ! セイレーンさんが連れて行かれる!」

 我に返ったカケルが、セイレーンを連れ戻そうと門番に近づいた、ちょうどそのとき——


「やあ、門番の皆さん、こんにちは。その子が何か問題でも起こしたのかな?」

 そう言って、爽やかに登場したのは——


蹴人シュウト!」

 カケルが叫ぶ。


塔山トウヤマ君!」

 委員長も叫ぶ。


「2人合わせて、シュウト・トウヤマ!」

 なに言ってんだ、舞?


「ねえ舞、僕は戦隊モノヒーローじゃないから、別に合わせてもらわなくても大丈夫だよ? それから、僕は外国の人でもないからね? ちなみに、北関東は外国じゃないよ? これだけツッコんだんだからもういいよね? さあ、じゃあ舞はちょっと黙ろうか」

「了解した!」

 流石はご近所さん。蹴人は舞の扱いに慣れているようだ。


「えっと…… それで、その子が何か問題でも?」

 再び門番に問う蹴人。


「こ、これは勇者様でしたか、失礼致しました。この者は王宮から手配書が届いている容疑者、神官セイレーンです」


「そんな、まさか。その子は僕がお世話になっているチイキ・サイハケーン村の女の子だよ」


「え? 私、セイレ——」


「そこの村の女の子、ちょっと黙って」

 委員長のスキル『説教』が聖女サマに炸裂。


「まさか…… この者は、先ほど教王の任命書を——」

「ああ。僕が村で、水の聖女セイレーンの話をしたものだから、その子、面白がって聖女サマごっこをしてたんだと思います。あとで叱っておきますので、とりあえず、その手を離してもらえますか? レディに失礼ですよ?」


「こ、これは失礼を……」

 そう言って、聖女サマを掴んでいた手を離した門番だったが……


「しかし勇者様。教王の任命書を見た以上、私の一存でその娘を解放する訳には……」


「そうですね。あなたの立場もわかります。それではしばらく僕がその子を預かりますので、改めて上官の方とでも一緒に僕の家に来てもらえますか?」


「…………わかりました。そうさせていただきます」

 渋々といった様子で、門番は引き下がった。


 それにしても…… 蹴人はその若さで、もう家まで持ってるのか……

 なんてことは、どうでもいい。


 それに、すごく門番から敬意を払われいるし。

 蹴人、侮るべからず。



♢♢♢♢♢



「多分、あとをつけられてると思うから、黙って話を聞きながら、僕の後をついてきてね」

 蹴人は小声でそう言うと、快活に街の大通りを歩き出した。


 門を通ってしばらく歩くと、高さ5階建ぐらいだろうか、とにかくこの世界では珍しい高層建築物が見えてきた。


「あれは『知識の塔』って言うんだよ。日本でいうところの図書館みたいなものさ。さっきまで、僕はあの塔の最上階にいたんだ。なんとなく塔の窓から入場門の様子を見たら、なんと、みんながいたんだよ! だから、驚いて飛んで行ったって訳さ」


 蹴人はさり気なく、自分が助けに来た経緯について、説明してくれているようだ。


「ほら、あそこに赤い屋根の家が見えるだろ? あれが僕の家なんだ。と言っても、小さな家なんだけどね」

 いや、その若さで一戸建ての家を持っているのだから、たいしたものだと言わせてもらおう。



 そんな話をしながら、家の門をくぐった蹴人とカケルたち。


 家の中に入った途端、蹴人が——


「ここまで来ればもう門番に聞かれる心配はない。委員長、あの時は助けられなくてゴメン。それから、みんなには隠していたことがあるんだ、ゴメン。あとでちゃんと説明して謝るから、今は急ごう。もうすぐ、さっきの門番たちがやって来ると思うから。さあ、みんな二階に上がって!」

 蹴人は早口でそう言った後、二階目指して階段を駆け上がった。


「ねえ舞。ここでスキル『飛翔』を発動させることは可能かい? 壁をぶち破って2階から逃げようと思うんだ」

 蹴人が舞に問いかける。


「そりゃ、出来るけど…… いいの? こんな立派な家を壊しちゃって。ローンとか残ってないの? アタシのお父さんなんて、65歳まで住宅ローンを払い続けなきゃいけないって、嘆いてたよ?」


「いいのさ。そんなに高い買い物でもなかったからね」

 蹴人よ。お前はいったいこの世界で、どれだけ成り上がったのだ?


「じゃあ、今から荷物を透明ボードの上に乗せるから」


 そう言って、蹴人は部屋に置いてある木箱をボードの上に置いていった


「アタシ、もう集配センターの主任じゃないんだけどな…… って、おい蹴人! あんまりアタシに近づくなよ! アタシのプライベートスキル『芸人』が発動して——」


「大丈夫さ。『スキル防御の指輪』をつけてるから」

 そう言って、指にはめている指輪を舞に見せる蹴人。


「なあ蹴人…… その指輪、聖道具ってヤツだろ? 俺もボロモーケの街で、いろいろ道具屋を見て回ったから、だいたいの値段はわかるんだよ…… 俺も一緒について行ってやるから、今から警察に行こう」


 蹴人は荷物を透明ボードの上に運びながら、笑ってカケルに応える。


「まったく、カケルは相変わらず面白いことを言うね。これはちゃんと買ったものだよ。チイキ・サイハケーン村で考案した香辛料漬け肉を、この街で売ったんだよ。そうしたら、結構儲かっちゃったんだ」

 蹴人の商才、天井知らず。


「さあ、大事な荷物はあらかた積み終わったよ」

 日本で言うところのみかん箱10個分ぐらいの荷物を透明ボードの上に乗せた蹴人。


「しかし…… お前、なんでこんなに段取りが良いんだよ? ひょっとして、いつでも夜逃げ出来るよう、準備してたのか? やっぱり俺もついて行ってやるから、ここは警察に——」


「ふふ、カケルはやっぱり面白いね。いいかい? 僕は情報を掴んでいたのさ。ある日突然現れた変態転移者が王宮から逃げ出し、委員長と舞を連れて行方をくらませたっていう情報をね。だから、絶対カケルは僕のところにもやって来ると思って、準備して待ってたのさ。まあ本当は、北へ向かった女子5人を救い出した後に来ると思ってたんだけどね」


「……おい、ちょっと待て。なんで変態転移者が俺だって即断するんだよ。ちょっとぐらい『変態って誰なんだろう』とか言って悩めよ」


「ふふ、それは——」

 蹴人がカケルの問いに答えようとしたそのとき——


 ——ドン! ドン!


 蹴人の自宅のドアを激しくノックする音が聞こえた。そして——


「勇者殿! ワシはこの街の衛兵たちを管轄する、衛兵連隊の隊長である! 勇者殿のお望みどおり、わざわざ来てやったぞ! さあ、早くドアを開けてもらおうか!」


 玄関から、大声で叫ぶ男の声が聞こえて来た。


「どうやら、さっきの門番が上司を連れて来たようだ。まったく、みんなとお茶を飲む時間ぐらい与えてくれてもいいのにね。じゃあカケル、これをもって、一緒に壁を壊してくれるかい?」


 そう言って、蹴人はカケルに鉄の棒のようなものを渡した。


「なんだかよくわからないんだけど…… 委員長、本当にやって良いんだよな!?」


「ええ! 派手にやっちゃっていいと思うわ!」


「ふふ、カケルたちは信頼関係が出来ているんだね。じゃあ、僕も派手にやっちゃうよ!」


 カケルと蹴人は、鉄の棒っぽいものを振り回し、表通りに面した壁をぶち壊した。


「ゆ、勇者殿、何をしている!」


 玄関の前で、門番たちとその上司が騒いでいるようだ。


「さあ、透明ボードが通れるスペースは確保出来たね…… ねえ、カケル。もう壁は壊さなくていいよ?」


「そうなのか? なんかコレ、すっごく気持ちいいな。夜の校舎の窓ガラスを割ってまわる人の気持ちが、ちょっとわかった気がするよ」


「ちょっと早瀬君! 調子に乗ってると、門番たちが二階に上がって来るわよ!」

 委員長がカケルを叱り飛ばす。


「わかった!」

 そう言って、カケルはボードに飛び乗った。

 すでに全員、ボードの上に乗り込んでいる。


 ボードの上から蹴人が口を開いた。

「じゃあ、出発しようか。えっと、こういうときは、これまで誰が出発の号令をかけてたのかな」


「ん? だいたい、俺か委員長が——」

 口を開いたカケルが最後まで言い終わる前に——


「出発、チ◯コーーー!!!」

 笑顔を爆発させた舞が叫んだ……


「……………………変わった号令だね。いつも舞がその…… ユニークな号令をかけていたのかな……」


「もう、舞ったら! 蹴人君が誤解するでしょ! それから、下品なネタは禁止だって、いっつも言ってるのに!!!」


「ミサちゃん、ゴメンよ! もう絶対、言わないから!!!」

 そう言って、舞は豪快に笑った。

 でも…… なんだかまた言いそうな気がする。


 お下品な号令についてはさておき、舞のおかげで透明ボードは学研都市オリコサーンの街上空目指して軽やかに舞い上がり、衛兵たちの頭上を悠々と通り過ぎることに成功した。


 しかし舞はボードの上で、女子全員に怒られていた……

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