異文化 こみゅにけーしょん ムズカシ

やなぎ怜

前編

 スレンダーと言えば聞こえはいいけど、実態はただのノッポの貧乳ガリ。


 兄が四人もいたので年相応の「女の子らしさ」というものがよくわからず、通年ショートカットで私服はパンツスタイル。


 そういう振る舞いだったから、女子高時代は女の子によくモテたっけ。


 でもその「モテ」ってやつも今となっては蜃気楼のようなものだった気がしてくる。


 そもそも、私は同性愛者ではない。今のところは。ちやほやされて素直にうれしかった反面、複雑な思いを抱かざるを得なかった。


「女の子らしさ」を求めるのは現代の風潮からするとナンセンスなのかもしれない。


 けれども私はやっぱり「女の子らしさ」というやつが、ときおりうらやましくなる。


 私が言うところの「女の子らしさ」というのは、ふわふわした巻いた髪だとか、ひらひらしたフレアスカートとか、すれ違ったときにいい匂いがするとか、きゃあきゃあ可愛らしい声でおしゃべりするとか……まあそんなところ。


「女の子らしさ」とは皆無だったせいで、いざ特徴を挙げろと言われれば答えに窮する。おまけにひねり出した想像図はなんだか童貞臭い気さえする。


 実際、男友達の私の扱いはそんな感じだ。彼らは私を恋愛対象たる異性とは認識していない。


 そういう認識をして欲しいとは思わない反面、やはりこれまた複雑な感情を抱いてしまうのが、なにかとめんどうくさい人情というやつではないだろうか。


 別に彼らのいずれかを恋愛的に好ましく思ったこともないのだから、これでいい。


 それはもしかしたら負け犬の遠吠えというものかもしれない。


 けれどもそれでもよかった。……留学先で彼に出会うまでは。



 エンリーハ先輩は竜人だ。立派なツノが二本頭から生えており、両耳の先は尖っていて、特別製のズボンからは硬い鱗に覆われた、そこそこ長い尾が伸びている。


 瞳を覗けば瞳孔は縦に割れていて、爬虫類を思わせる。


 地毛は黒だが、右半分は白く左半分は青という、思わず二度見をしたくなるカラーリングだ。


 実際に私はそんなトンチキな染髪をしている人間が地元にいなかったこともあって、初対面のときは存在自体を不可思議に思ったものだ。


 肌は色白というよりは青白い。竜人は大体そんな感じらしい。他の竜人を見たことがないので、比較のしようがないのだが、本人がそう言っているのだからたぶんそうなんだろう。


 気だるい表情も、力の入っていない立ち姿も、妙に似合うエンリーハ先輩はたまにどうでもいい嘘をつくから、まあもしかしたら肌の色云々の話が虚偽である可能性もあるが。


 そしてエンリーハ先輩は色んなところにピアスをつけている。それはもうじゃらじゃらとつけているので、目立つ髪色とあわせてやはり二度見したくなる。


 別の先輩によると、遠い場所にある竜の国から、珍しい竜人族の留学生がくると聞いていたのが、フタを開けてみれば「こんなの」がやってきたから当時はみんなそれはもうおどろいたそうだ。


 その気持ちは私にもちょっとだけわかる。竜人といえば一般には「高貴」とか「高尚」とかいう仰々しいイメージがある。


 けれどもエンリーハ先輩はそういった言葉とは無縁に見えた。


 めんどうくさいことは他人に上手いこと押しつける狡猾さがある一方、それでも許してしまう妙な愛嬌がそなわっているので、非常に世渡り上手。


 かといって優男的見た目に反してケンカは滅法強い。竜人だからなのかはよくわからないが、あれは理屈抜きの強さだとだれかが言っていた。


 幸いにも私はエンリーハ先輩がケンカをしているところも、ましてや怒っているところも見たことはないが。



 そんなエンリーハ先輩との出会いのきっかけは実のところもう思い出せない。


 恐らくなにかの歓迎会で知り合ったのだと思うのだが、気がつけば仲良くなっていて、いつの間にか時間さえあればいっしょにいるのが当たり前になっていた。


 それは他者から見ても同じらしく、気まぐれでスマートフォンを携帯しないことすらあるエンリーハ先輩が見つからないときは、とりあえず私を見つければいいという認識がはびこっているくらいだ。


 不思議と私が「会いたい」と思ったときに会えるので、大体それでエンリーハ先輩が見つからない問題は解決する。



 エンリーハ先輩とはくだらない話をいくらでもできる。相手の反応を恐れて舌が凍るなんて経験は、エンリーハ先輩の前で起こったことはない。


 くだらない話も真剣に聞いたり聞かなかったり……そもそもおしゃべりしたりしなかったり。けれども「それでいい」と思えるのが一番大きい。


 だから一緒にいられる時間を少しでも増やそうとするかのように、私はエンリーハ先輩の部屋に入り浸るようになった。借りたアパートに二三日帰らないなんてこともザラだった。



 自分が意外とアルコールに強いということに気づいたのも、エンリーハ先輩の部屋でだった。


 留学先のこの国では既にお酒に飲める年齢に達していたこともあって、エンリーハ先輩に勧められて普通に口をつけたのが始まりだった。


 お酒のよさはまだよくわからないが、少しだけふわふわとした心地になるのは面白いと思った。


 エンリーハ先輩は私が意外と「いけるクチ」だとわかってからは、夜になれば色々とお酒を勧めてくるようになった。


 エンリーハ先輩はアルコールには強いほう、らしいのだが、実のところ怪しいのではないかと私は思っている。


 それというのも、お酒がだいぶ入ったある日の深夜に、色気の「い」の字もない私の体を求めてきたからだ。



「酒の勢いで」という話は現実でもフィクションでも聞いたことがあるから、酒精というのは恐ろしいというニュアンスで語られるものだということも、わかっている。


 だから、「酒の勢いで」だなんて、そういうのはあまりよくないことなのだ、ということもわかっていた。


 わかっていたが、私は己の欲望に屈した。


 私の薄っぺらい、骨が浮いた腰を撫でるエンリーハ先輩の手つき。濡れた目と、物言いたげな唇。


 それがなにを意味するのかすぐにはわからなかったほど、私の恋愛経験値は低かった。


 けれども、そう、その経験値が低かったからこそ、私は己の欲望に抗う選択肢を取れなかった面もあるのだと思う。


 そしてエンリーハ先輩はそれを明瞭に見抜いて、私と。



「酒の勢いで」でもよかった。


 別にエンリーハ先輩が私のことを好きだから求めてきたわけではなく、湧き上がった性欲に突き動かされての行いでもよかった。


 そんな風に己の尊厳など投げ捨ててしまえるほどに私は――エンリーハ先輩のことが好きだったから。



 エンリーハ先輩の腰に脚を絡めると、かかとに先輩の硬い尾が当たった。


 のしかかられる体重だとか、首筋にかかる熱い吐息だとか、そういうもので私はエンリーハ先輩とそういうことをしているのだと実感して、陳腐な喜びに浸った。


 一方、この行為が終わったあとにどうなるのかが怖かった。


 私がどうも、エンリーハ先輩よりもアルコールに強いらしいことは先輩も知っている。都合よく記憶が飛ぶなんてことも、ありえないだろう。


 その中で一番ありえると思ったのはいつも通りの日常に戻ること。


 一番ありえないと思ったのは……この行為をきっかけに、恋人になること。



 結果は、一番ありえると思った、行為前となんら変わりないいつも通りの態度。


 同じベッドで目覚めたのに、エンリーハ先輩はいつも通りの朝の挨拶をしたのだった。



 けれども予想外だったのは、それ以来エンリーハ先輩がたびたび私の体を求めるようになったことだろうか。


 私はそれがイヤじゃなかったから、求められるたびに受け入れた。


 それはつまり……「セックスフレンド」ってやつなんだろう。「セックスのためのフレンド」じゃなくて、私たちの場合は「セックスもするフレンド」といったところだろうが、世間様にはどちらも大差ないに違いない。


 まさか色気の「い」の字もなく、異性からモテた経験もない自分にセフレができるだなんて想像もしなかった。それも相手はあのエンリーハ先輩だなんて。



 私はエンリーハ先輩に対して明確に恋心を抱いていたが、それを告げるつもりは一切なかった。


 だから、そういう関係になる可能性はゼロだと思い込んでいた。たとえそれをいくら望んでも、思いを告げる気がなければ可能性は皆無なのだと思っていた。


 それがまさかこんな形で望みの一部が叶うなどとは思いもしなかった。


 しかしまあ、セフレをいつまでも続けられると思えるほど、私も楽観主義ではない。


 エンリーハ先輩が飽きて恋人を作るのが先か、留学期間が終わるのが先か。いずれにせよ終わりがあることが前提の関係であることに変わりはない。


 やはりここまできても、エンリーハ先輩に思いを告げる勇気は湧かない。


 陳腐だが、今ある居心地のよい関係が壊れてしまうのは、恐ろしい。恋愛感情があってもなくても、私はエンリーハ先輩のことが好きで、そばにいたいと願ってしまうから。


 たとえエンリーハ先輩が私にだけ特別優しいような気がしても、それはきっと気のせいなのだと思う。


 私はエンリーハ先輩のことが好きすぎて、正常な判断を下せていない自信があるから。



 だから、今はひとまず、終わりがくるまで「いい思い」をさせてもらおう。

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