第19話 愉快な打ち上げ



 花を持って、大きな建物に入る。

 アルコールのつんとした匂いが鼻にかすみ、受付に行って、スマホでチャットする。


 <着いたよ。何号室?

 >702号室。迎えに行こうか?

 <大丈夫。行ける。


 あたしはエレベーターで7階に上がり、綺麗な廊下を進んだ。そして、702と書かれた病室の前に立ち、ノックをした。向こうから足音が聞こえて、扉が開かれた。


 クレイジーがあたしを見て、微笑む。


「ノックしなくていいのに」

「念の為」

「……あ、花」

「ミランダ様が持って行けって」

「うん。綺麗。ありがとう」

「入って良い?」

「もちろん」


 クレイジーに花を渡し、病室に入る。ベッドの側にエリスが座っていて、ベッドには――呼吸器をつけたセインがいた。あたしを見て、瞬きさせる。


「……来てやったぞ。相方」


 からかうように言うと、セインがあたしをじっと見た。


「わかる?」

「……ルー……チー……」

「……元気そうだね」


 セインが弱々しく微笑む。


「また会えて嬉しい。セーチー」


 あたしはその手を握りしめて――クレイジーと一緒に、セインに今まであったことを話しだした。


 父親に手術代を持ち逃げされてから、魔法警察で働く長男のリベルがすぐに指名手配の手続きをし、魔法省で働く次男のコリスは腕のいい弁護士を見つけ出し、魔法情報局で働く三男のジェイは情報をかき集めた。そんな中、末っ子のユアン・クレバーは廊下で魔法ダンスコンテストのチラシを見た。賞金の金額を見て、これなら手術代に当てられると思い、すぐに行動を起こした。目をつけてる人のリストを作り出し、この人ならばこの方法。この人ならばこの方法と、沢山のルートを計算し、どうやって優勝賞金を獲得するか考えた。しかし、――まだ理由を教えてくれないのだが――ユアンはあたしとやりたいと思い、絶対に断れないネタを見つけるため、しばらくあたしを見張ったらしい。その結果、ミランダ様の弟子であることがバレてしまった。そのネタに脅され、あたしは彼の誘いに乗った。


 夏休みはこうして幕を開けた。


 ミスターパンサーがぎっくり腰になった時、クレイジーはいざという時のためのコネも隠し持っていた。しかしその人物はリベル経由だから、どうしても兄達に言う必要があった。その報告をしている間に、あたしからコネがあると聞いて、一度そのコネを使ってから判断しようと思って練習に来てみれば、最高の先生すぎて、そのままそのコネに甘えることにした。


 練習は過酷だった。クレイジーに煽られたもんだから、あたしは泥まみれになって、寝る時間もないままその日に絶対に幻覚魔法を使えるようになるまで練習して、持ってきた。その話をすると、クレイジーが横から言ってきた。


「それも奇策の一つ。試してみたんだ。こう言ったらどういう反応して、次の日に何を持ってくるかなって。それによって優勝までの計算も変わってくるから」


 クレイジーの中では、あたしが幻覚魔法を持ってくるのは一週間後の計算だった。しかし、翌日に持ってきたものだから、それはそれはとても喜んだそうだ。読みが外れたから。結果、練習は早く進み、ここまで出来ればCステージは楽勝に通ることも予想していた。Cステージ当日、この日も本番前にセインが発作を起こし、かなり危険な状態になったらしい。その連絡を受けたクレイジーはさっさと発表を終わらせて、セインのために途中で抜けた。でもあたしが幻覚魔法を使えたから、Cステージは通ることはもうわかりきっていた、らしい。


 Bステージに向けての練習で、一度認められてふわふわしている精神状態を叩き落とす必要があると思ったクレイジーは、兄弟の中で一番魔法を見ている魔法省の人間を連れて行くことにした。そして言った。本気で思ったこと言っていいよ。きついことを言われた分、相棒は悔しくて頑張ろうとするから。結果、あたしは泳がされた。直後は涙を流したけれど、絶対にめげず練習を誰よりも続けた。その姿を見て、クレイジーはBステージの通過はもらったと確信した。結果、その通りになった。ただ、予想外な事が起きた。あたしがBステージのラストにアドリブの魔法を使った。そんな素晴らしい魔法を隠し持っていたことに気づけず、また読みが外れて、クレイジーはめちゃくちゃ興奮した、らしい。


 Aステージに向けて、計算通りに進んだので曲とダンスを変更。パルフェクトが早めに考えてくれたお陰で早く練習に打ち込めた。その間もセインの症状は悪化。いつ心臓が止まってもおかしくない状態が続いた。あたしが寝坊した日、あの時、一度セインの心臓が止まった。クレイジーは血相を変えて早退した。セインは無事だったが、夜に心細くなり、あたしに電話してきた。翌日もセインの世話をして過ごした。セインは薬が効いて元気になり、クレイジーは非常に安心した。その次の日に、アーニーから色々聞いたあたしと言い争いになった。二人で話し合いし、和解し、再び練習の日々が続いたある日、セインが仮死状態になった。セインの心臓は無事に動き出したが、クレイジーがかなり取り乱し、学校を辞めると言い始めた。そのお金を使って手術するよう言うと、リベルがクレイジーを殴って、長男と五男の大喧嘩が始まり、リベルはジェイに押さえられ、クレイジーは夜の街に逃亡。あたしを呼び出した日だ。それをコリスが捜しに来た。二人は病院に帰り、そのままコウモリに襲撃された怪我を診てもらった。そこからパルフェクトの地獄の特訓の日々が再び始まり、練習し、その後もバイトに明け暮れ、夜は熟睡し――魔法ダンスコンテストでは、会場に来た観客が投票する【ベストマジックダンス賞】を獲得し――クレイジーの魔法使いデビューが決まった。


(まさか『先生達が決めた生徒』っていう前提があったのを知らなくて、勝手に浮かれた過去のあたし、馬鹿)


「だからね、さ、さ、3学期から、クレイジー君は新人魔法使いになるんだよ。2学期の間は、準備のた、ための移行期間だって」

「あんた、飛行魔法どうすんのさ」

「……電車でよくね?」

「魔法使いが電車使うんじゃないよ!」

「……うっせーな。……2学期中に練習するってば……」

「ジェイ君がつ、付き合ってくれるって言ってたよ」

「ジェイ兄ちゃんも小言うるせーんだよな」

「だから、あたしはま、まだ、学生。研究生クラス。で、デビュー、出来ないって連絡きた時も、残念だったけど……やっぱり、まだその時じゃないかなって、あたし自身納得してるんだ」


 セインが優しい目であたしを見つめる。


「2学期も頑張る。それ、それで……セーチーにすごい魔法見せてあげるんだ」


 セインとあたしが手を握り合う。


「ね、あたしね、今、光魔法使いの……ミランダ・ドロレスの弟子になったんだよ? ふふっ。すごくない?」


 セインが小さく微笑んだ。


「すごいでしょ」

「セイン、今夜、ルーチェちゃんの友達の家でね、パーティーするんだって」

「あ、そうなの。セーチー、退院したら連れてくね。あのね、アンジェ・ワイズっていう、今年デビューしたばかりの子がいて……その子のお父さんが、い、居酒屋、や、や、やってて、そこのそこのそこの料理がね、す、すごく美味しいの」

「俺っちも今夜行ってくるんだ」

「ユアンね、そのために今日お昼食べてないんだよ」

「まじで腹減った!」

「うふふ! ……色々あったから、まだダンスコンテストの打ち上げが出来てなかったんだ。今日やっと出来るから嬉しい」


 ――セインが口を開いた。


「……ル……チ……」

「ん? なーに?」

「……俺……も……い……き……た……い……」

「……うん。退院したら行こう」

「……ね……」

「ん?」

「……ま……ほ……う……見……せ……て……」

「……いいよ」


 あたしは鞄から杖を取り出した。


「見てて。セーチー。ちょっとは成長したから」


 あたしは杖を構えて、息を吸い――唱えた。


「この手に注目。光が輝く。これは何? これはユニコーン。癒やしの力を与えてくれる」


 あたしの杖から光の粉が放たれた。粉がセインの手にどんどん集まっていき、光で出来た小さなユニコーンが現れた。セインの手のひらで華麗にジャンプし、じゃれて、遊び、腕に飛んで、肩に乗って、セインの頬にキスをした。その直後、ユニコーンの体が爆発し、光の粉が周囲に降り落ちる。セインの目が光の粉に夢中になり、どんどん瞼を下ろしていき――閉じられた。


 眠ったようだ。


「……ルーチェちゃんに会って、気分が上がったんだろうね。ちょっと疲れちゃったみたいだよ」

「……お大事に。セーチー」


 手を撫でる。


「また、来るからね」


 あたしはクレイジーに振り返った。


「打ち上げ、行く?」

「行く。腹減った」

「めちゃくちゃ美味しいから、て、手が止まらなくなるかもね」

「ワイズの父親ね。俺行って虐められない?」

「あはは。大丈夫だよ。サイモンさん、いつだってだ、第三者目線の、良い人だから」


 ――ご馳走が目の前に並んだ。


「ほれ、沢山食べな!」

「やば!! めっちゃ美味そう! ……何これ、おっちゃん、超美味すぎー!!」

「はっはっはっはっ! そうだろう! そうだろう! ほれ、こいつも食べな! 遠慮はいらないぞ! 魔法使いデビューなんて、めでたいからな!!」

「ルーチェはなれなかったけどね……」


 アンジェが不満そうな表情を浮かべて、お茶を飲んだ。


「おかしくない? デビューする権利が与えられるって言ってたじゃん。こんなの理不尽すぎ」

「しょうがないよ! アンジェ! ルーチェも納得してるみたいだし!」

 今の状態でデビューは自信ないかな……。幻覚魔法も最近ようやく覚えたばかりだし……。

「だとしても、理不尽!! なんでよりによって、クレバーがデビューするわけ!?」

「あー、よろしく頼んますわー。せんぱーい。あ、もう先輩じゃないのか。……早いうち仕事量抜かすから、魔法磨いとけば?」


 アンジェが怖い顔をしてグラスを持って立ち上がった。サイモンとミランダ様が笑いだし、あたしとアーニーがアンジェを必死に押さえた。


「どけーーーーーー!!」

 アンジェちゃん、落ち着いて!

「クレイジー君もそんなこと言わないの! みんな仲良くして!」

「こいつは威勢がいいじゃねえか! 坊主! 気に入ったぜ!」

「どうも!」

「まじでお前なんか嫌い!」

「あっそー」

 クレイジー君!

「はいはい。ごめんだっぴー」

 もう!

「アンジェにそんなことが言える男なんて初めて見たぜ」


 クレイジーがきょとんとした。黒猫が喋った。セーレムがクレイジーを見つめてる。


「怖くないの? おっかなくないの? 俺、アンジェの怒った顔見たら、丸くなりたくなるんだ」

「それはね、大人の余裕が足りないんだよ。何歳?」

「……ミランダ、俺、何歳?」

「年は食ってるけど、精神年齢は5歳」

「だって。……5歳っていけてないかな?」

「全然いけてるいけてる。声かっこいいし、男らしいし、しっかりしてんじゃん?」

「そうそう。俺、声かっこよくて、男らしくて、しっかりしてるの」

「怖いと思うから怖いんだよ。小さな犬がきゃんきゃん喚いてるって思えば、余裕も生まれるんじゃない?」

「なるほど! 確かに、小さな犬はうるさい! 俺はいつだって思うよ。威嚇してきゃんきゃん鳴いてるあいつらを見て、余裕がない奴らだなって。そうか。俺が余裕を持てば良いんだ。怖い顔した奴はみんな小さな犬!」

「そうそう。そういうこと」

「やーい、アンジェ! 俺にミルクを出しやがれ!」

「は?」

「あ、もう駄目! 睨まれた! おしっこちびっちゃう! 畜生! 覚えてやがれ! トイレシートはどこだ!? ダニエル、どこ? 優しく教えて!」

「あっち」

「ありがとう。お前はアンジェに似てなくて優しいから大好きだ。愛してる。ラブミー!」

「……。と、と、父さん、ネギ切る?」

「あ! よく気付いたなー! ダニエル! そんじゃ、頼めるか!?」

「……ん」


 ダニエルが静かにネギを切り始め、サイモンは料理を続ける。怒ったアンジェを落ち着かせるために世間話を始めたら、女子三人で話が盛り上がり、クレイジーはクレイジーでサイモンやダニエルと会話し、時々ミランダ様と話をしている。アンジェとアーニーと会話しているのに、集中がそっちに逸れて、あたしの耳に会話の一部が入ってくる。


「一緒に仕事することがあればよろしく頼むよ」

「いや、ミランダちゃんによろしくされたら、俺っち頑張るしかないっしょ!」

「はっはっはっはっ! ミランダちゃん、期待の新人じゃねえか!」

「ああ、そうだ。……ルーチェから聞いてるよ。賞金は受け取ったかい?」

「あー。もちろん。税金から引いた分貰ってます」


 クレイジーが小さな声で言った。


「全額くれたルーチェっぴには、まじで感謝してます」

「……あの子はね、……生活費は私持ちだからいいんだよ。貰っときな」

「……半分、ちゃんと返します。魔法使いとして……もっと、腕磨いて、仕事を貰って、……あんたよりすごい魔法使いになって」


 クレイジーとミランダ様が不敵な笑みを浮かべながら、目を合わせた。


「一気に返してルーチェっぴを感動させるのが、次の目標」

「生意気なガキは嫌いだよ。坊や、女を口説くならもっと上手くやりな」

「ふひひひ! 手強いな! ミランダちゃん!」

「そうだぞ。坊主! ミランダちゃんは手強いぞー!」

「……あの、お、おかわり……」

「あっ、もらいたい! ダニエル君だっけ? まじサンキュー!」

「は、はい。へへ」


(……楽しそう。呼んで良かった)


 あたしの集中がアーニーとアンジェに戻った。


「ルーチェ本当に去年と比べて、全然違うよ! すっごく成長してるの! 一緒に司会やった時覚えてる?」

 もちろん覚えてるよ。アーニーちゃんは相変わらずすごかった。

「でもルーチェも滑舌良くなってるし、呪文もすらすら言えてる! デビューも近いかもね!」

「違う。デビューできたんだよ。今回ので。本当なら。マリア先生が担当なら絶対デビューできてた」

 ……ありがとう。アンジェちゃん。怒ってくれて。

「……理不尽じゃん。悔しすぎ。ルーチェ、すごく頑張ってたのに」

 うん。本当にありがとう。……2学期も頑張る。

「……いつでも呼んで。また魔法の練習しよう」

「私もしたい!」

 うふふ! ぜひ!


 ――スマートフォンが鳴った。


 あ、びっくりした。誰だろう。(ん?)


 着信相手の名前が顔文字だった。


(……あ)


 あたしは立ち上がった。


 ごめん、ちょっと……。

「あーはいはい」

「誰?」

 あ、ちょっと、えへへ。


 アーニーの質問に笑って誤魔化し、店から出る。手すりに手を乗せ、応答ボタンを押し、耳に当てる。


 もしもし。……突然、びっくりしました。

『ボンソワール。間抜けちゃん』

 ……こんばんは。

『今、少しお話いいですか? ……ミランダが近くにいるなら、遠くに行っていただきたいのですが』

 ……。


 あたしは振り返る。ミランダ様は店内で楽しそうにサイモンと話してる。


 えっと、……あ、……魔法ダンスコンテスト、ありがとうございました。

『こちらこそ、素晴らしいものを見せてもらってありがとうございました』

 ……あの、……直接が良かったんですけど……感想を聞いてもいいでしょうか? 反省にしたくて。

『え? 私から?』

 ええ。ぜひ……聞きたいです。ジュリアさんから、正直な感想を。

『んー。……そうですね。まあ、滑舌は継続的に練習を』

 はい。

『イメージをもっと強く、細かく頭に持つこと』

 はい。

『相手に頼りすぎてるところも見受けられました。もっと自分の腕を磨いてください。それじゃあ、全然足りない』

 ……はい。

『……けれど、非常にトレビアンでした。以前の君からはとても考えられない。本当に素晴らしい成長です』

(……やった)……ありがとうございます。

『そこで、聞いたんですけど、……なんだか、デビューが出来なかったって』

 あ、……はい。相方の子がデビューしました。

『どうして?』

 ……学校の方々が選ぶシステムなので。

『君を選ばなかったの?』

 ……デビューして、一番困るのはあたしです。幻覚魔法も最近覚えたところだし、飛行魔法なんて……とても出来ませんでした。……来週から2学期が始まります。そこで、なんとか挽回できたらなって。

『挽回なんか出来ないよ? 学校にいる以上、そこのルールに縛られる。デビューさえ出来れば、あとはどうにでもなるけれど』

 ……そうなんですか?

『君より魔法が出来ない魔法使いも、若いって理由からデビュー出来てる人は大勢いますよ。目を輝かせて魔法調査隊に入るのが夢だったんだと言って、私のテストを受けて、みんな砕けていく』

 ……。

『君くらいですよ。あのテストを笑ってクリアしたの』

 ……覚えてないので、なんとも。

『ね、間抜けちゃん。いつまでそこにいるつもり?』

 ……そこ、というのは?

『ホーネット校長の狭い巣の中です』

 ……えっと、ヤミー魔術学校、ですか?

『この際、もう辞めたらどうです? もっと良いところありますよ。10年以上君を飼い殺しなんて可哀想』

 ……飼い殺しじゃありません。……あたしが出来てないんです。……どこ行ったって一緒です。今のままでは、どこに行ったって魔法使いになれない。

『じゃあいつまでも一生懸命学生やって、いつまでもプロになれずに、また次の学期で頑張ろうって思うんですか? その繰り返しは辛くありませんか? 悔しくなーい?』

 ……ジュリアさん、貴女には感謝してます。本当に、前から……見守ってもらってますから。でも、時々、ジュリアさんがわからなくなるんです。……つまり何が言いたいんですか?

『うふふ。本題に入りましょう。間抜けちゃん……魔法調査隊に入りませんか?』

 ……。

『私というコネがある。使わない手はありません。プロっていうものに資格などはない。ええ。何もない。その人が魔法使いのプロなんですと言えば、魔法使いのプロなんです。つまりね、間抜けちゃん。どこにいたって魔法使いになれないんじゃなくて、君の価値をわかってるところに行けば、簡単に魔法使いになれるんですよ。プロのね?』

 ……また闇魔法ですか?

『私は見てました。とても観察してました。君は必死になると光魔法を使わない。使えない。集中しないと発動出来ないから。でも闇魔法なら? 無意識に出てくる。簡単に楽に出せる。だからパニックになる時に限って君は闇魔法ばかり使う。ですよね?』

 ……違います。

『いいえ。そうですよ。くひひひ! 間抜けちゃん。私の目をなめないでください。どれだけの若い魔法使いを見てきてると思ってるんですか?』

 ……びびると思ったんです。闇魔法を使えば、驚くかなって。

『だからって闇魔法を使おうという人はいない。だって闇魔法はとても危険だから。君の相方君もそうですよ。緑魔法、火魔法、水魔法、風魔法を使っても、闇魔法は出さなかった。なぜか。コントロールが出来るほど使えないから。下手に練習したら、闇魔法の魔力に呑み込まれるもの』

 ……。

『でも君は違う。遊ぶように闇魔法を使う。まるで手足のように簡単に。ねえ、その才能を潰すのはね、間抜けちゃん、非常に惜しいんですよ』

 ……その件は……以前、断りましたよね?

『ああ、時間が経ったし、考えが変わったかなと思いまして。だって……またデビュー出来なかったんでしょ? 選ばれたのは君じゃなくて、相方君』

 ……。

『魔法調査隊に入れば、私が一から百まで魔法を教えます。ミランダから屋敷を追い出されたら私のところに転がり込めばいい。君は私といても平気なのだから』

 ……あたしは……光魔法使いに……。

『間抜けちゃん、いつまで』


 あたしの手に、白い手が重なった。


「『地獄の道を辿るの?』」


 右から電波音、左から人の声が重なり、あたしは目を見開き――ゆっくりと――恐る恐る――左を見た。





「いい加減、私の弟子にならない?」





 ジュリアが笑顔で、あたしを見ていた。


「言ってるよね? 君は闇魔法の方があってる。闇魔法で世界を飛び回る方がずっと簡単だよ?」

「……闇魔法は……いいです」

「闇魔法を使える若手はなかなかいない。それも君のような逸材は特に」

「ですから」

「君は魔法を愛してる。そしてそんな君よりも魔法を愛してるのがこの私。特に闇魔法の魅力は誰よりも熟知している。そうだ。ひらめいた。一発プレゼンでもしましょうか?」

「ジュ」

「私は君に散々現実を突きつけてきた。何度も辞めろと言ってきた。それは君が君自身に見合った魔法を使わず使おうとせず使えることすら気づいてなかったから。努力を怠り、研究を怠り、周りの人々の努力を妬みながら何もしようとしなかったから。でも今は? トレビアン! 見て取れる、見てわかる! 魔法に向き合い、魔法を操り、自分だけの魔法を探して路頭に迷っている。滑舌は甘いけど、まだまだ吃るけど。基礎が出来てないお間抜けちゃんだけれどね、ひひっ、改めて、私はね、間抜けちゃん、ひひひっ、言わせてもらえば、普段はこんなに人に執着しないのよ? 例え君が私の側にいたって平気な女の子だからってここまで執着なんかしないんですよ。嫌なら嫌だし、私にだって好みがある。まあ、それは置いといて、世間話はこの辺にして、言いましょう。答えましょう。私が執着しているのは」


 ジュリアがあたしの胸に指を当てた。


「私にも手に入れられない壮大な闇を操る、君の力」


 紫の瞳があたしを見つめる。


「誰にでも手に入れられるものじゃない。ルーチェ・ストピド。何度も言ってる。君は逸材です。闇魔法を使う君は見たことがないくらい輝いてた! 他の魔法はポンコツもポンコツ。ミジンコウジ虫出来損ない。けれど闇魔法に関しては……、……言葉を失うくらい完璧、いや、それ以上。君は魔法使いになりたい。ならばなればいい。偉大なる! 闇魔法使いに! 長年馬鹿みたいに金だけ払って真面目に学生やってるなんてとんだ間抜け! ジョークもいいところ! ふははは!! つまんない! つまんない! そんなジョークは全く笑えない! 私はね、君の才能、実力、その力を認めるんですよ。あんなもの見せられたら、認めざるを得ない! 素晴らしい事です! これ以上に素晴らしいことがありましょうか!? さて? どうでしょう? あるかな? うーん。今の時点では出てきません。ね? ここで終わらせるのは非常に惜しい。君ならば素晴らしい闇魔法を使いこなせることでしょう。私にはそれがわかる。この目で直接沢山の魔法使いを見てきましたから」

「……あたしは……」

「安心して。間抜けちゃん」


 優しい指があたしの手をなぞる。


「私が教えます」


 優しい声があたしの耳に響く。


「君にとって正しい道を」

「光魔法……」

「君に光は向いてない」

「でも」

「無理だ」

「あたしはっ」

「君は闇そのもの。闇に染まればこそ輝く岩石」

「……ミ」

「あははははは!! トレビアン! なんて素晴らしい!」

「ミランダさまっ……!!!」


 堪え切れず声を張り上げれば――強く手首を引っ張られ、店の柱に体を押さえつけられ、白い手に口を塞がられる。紫の瞳が怪しく光り――笑みを浮かべてあたしを見つめる。


「……ねーーー? なんでそんないけないことするの? 私と話してるのにミランダを呼ぼうとするなんて。あの女はいつだって私の邪魔をするんですよ。昔からそうだ。事あるごとに私の邪魔ばかり。心の底の奥底の最果の奥まで気に入らない。あの女は君の才能をわかっていながらいつまでもいつまでも君を離そうとしない。それこそ執着。あの女こそ君に執着してるんだ。出来損ないほど可愛い教え子なんていませんもの。ええ、そうですとも。そうだとも。君をぽんこつのままでいさせたいんだ。君の才能を潰して素晴らしい闇を潰してあの光オタクはそれで満足するんです。なんて最低な女。そんなの許されない。あの魔女の行動全てが闇魔法の侮辱そのものだというのに、それでいいと言うの? 間抜けちゃん。あの女は、君の崇高なる偉大な可能性を潰そうとしてるんですよ?」


 あたしは恐怖で体を震わせ、それでも必至に足掻こうとすれば、強く手首を押さえられる。逃げられない。抜け出せない。声が出ない。どうしようもできない。


「……反抗的ですね。間抜けちゃん。このジュリアがこんなに可愛がっているのに、とても悲しいです。ふふっ。でも大丈夫。それは君が闇の魅力に気づいてないだけってことは、私十分わかってますから。若い子ってみんなそう。最初は怖いの。でもね、大丈夫。理解したら闇しか見えなくなる。そういうものです。でも、そうですね。ここじゃ、闇についてのプレゼンテーションは満足に出来ないでしょう。だって扉のすぐ向こうにミランダがいるから。今私がここにいることも気付かれたらすごくとても面倒なことになる。ならば、だったら、いっそのこと――誘拐しちゃおうかな。君を。ね? 私の部屋で楽しい楽しい監禁生活。どこまで持ちこたえられるかな? もしかしたら30分位で光魔法じゃなくて闇魔法が良いって言い出すかも」


 ジュリアの口角が上がる。


「わあ! ナイスアイデア! トレビアン! いいですねえ。いいですねえ。ね? 楽しそうでしょう? 間抜けちゃんもそう思うでしょう?」

「……っ!」

「大丈夫。私、間抜けちゃんには優しくするから。すごくすごく、優しくするから。だって、なんだかんだ言っても私、この話を横に置いて、世間話を手に持って言わせていただけるならば、私ね、むふふっ、……君が大好きなんだもの。愛してるんだもの。間抜けちゃん。私のルーチェ」


 ジュリアがあたしのこめかみにキスをした。あたしはぎゅっと体を強張らせる。


「怯えないで。可愛いルーチェ。間抜けた間抜けのお馬鹿なルーチェ。光魔法から闇魔法に希望を変えるだけです。簡単。楽勝。とっても楽しいよ?」


 あたしは首を振った。――ジュリアがきょとんとする。あたしはもっと首を振った。ジュリアがため息を吐いた。


「あら、そう。残念。……じゃ、ま、とりあえず、私の弟子になるって言うまで……」


 そうだな。まず手始めに。


「君の……親指の骨から折ってくのはどうだろう?」






 勢いよく扉が開いた。


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