第17話 家庭の事情
あたしは愕然とする。クレイジーはうなじを掻く。
マリア先生から衝撃の事実を聞いた。
「あの演技は審査対象には出来ません」
マリア先生がため息を吐いた。
「審査員の先生達も凶暴化した猫の対応に追われてちゃんと見てなかった、というべきかしら」
「あー……」
「そ……そんなっ!」
あたしは思わず声を張り上げた。
「そんなのっ、り、り、理不尽です!」
「ルーチェ、本当に気持ちはわかるんだけど……」
「あの状況で、あれ以上どうしろってい、言うんですか!? 凶暴化した猫だって、く、クレイジー君がいなかったら、あんな上手くまとめられなかったしっ、み、み、見に来た人達だってずっと怖がってました!」
「ええ。ルーチェ。ユアン。あなた達のした行動は私から見ても魔法使いの対応だった。そこを評価して……再挑戦の時間を設けようって話になってる」
クレイジーが時計を見た。マリア先生が訊いてくる。
「どうする?」
(どうするも何も……)
またやるの?
(あれ以上のもの、出来る?)
あたしはクレイジーを見た。
(クレイジー君、どうする?)
「……そうねー」
クレイジーがあたしを見た。
「ルーチェっぴ、決めて」
「えっ?」
「やるか、やらないか」
「……や、そ、そこは、クレイジー君の意見聞きたい……」
「俺っちはどっちでもいいよー」
(……え、じゃあ……やった方がいいのかな)
いや――あたしでもわかる。あれ以上のものは出来ない。魔法というのは最初で最後だ。出たもので終わり。
でも……審査対象に……ならない。あんなに……壮大で……面白くて……楽しくて……トラブルを笑いに変えたショーが……。
「……ま、マリア先生、やらないと……どうなります?」
「……映像には撮ってる。だから、それを見て……審査員の偏見で……評価する感じかしらね。……なるべく、平等に」
……理不尽だな。
(あたし達以外のチームはちゃんと評価するくせに)
なんでちゃんと見てくれてなかったの? 対応に追われたのわかるけど、そこは魔法使いならもうちょっと、こう、ちょちょっと……文句を言っても、再挑戦をするか、しないか、しか答えはない。
(再挑戦、した方がいいんだろうけど)
ミランダ様ならどうするかな。
あたしは考える。クレイジーが待つ。マリア先生もあたしの答えを待つ。あたしはかなり悩む。頭の中で考える。再挑戦した方が良い。でもあれ以上のものは出ない気がする。出るかもしれない。出なかったらただの間抜けだ。時間がない。クレイジー君のことを考えてするべきか。でも、いや、……どうしよう……。このまま時間だけが過ぎるんじゃないかと思い始めた時、奥から歩いてくるミランダ様の姿が見えた。その堂々とした魔法使いが目に入った瞬間――あたしの頭は呆気なく選択した。
「やりません」
クレイジーは口角を上げ、小刻みに頷いた。
「あれ以上のものは、で、出来ません」
マリア先生が頷いた。
「それでいいのね?」
「……映像を見て……決めてください」
「……ルーチェ、気持ちはわかるわ。本当に。……私も悔しいのよ」
「……」
「伝えてくるわ。……お疲れ様。二人とも。……個人的には……今までにない最高のショーだった」
マリア先生が歩き、ミランダ様と目を合わせ、そのまますれ違い、歩いていった。あたしはクレイジーに恐る恐る振り返る。目を合わせられず、彼の胸元を見て話し出す。
「……ごめん」
「ん? なんで謝るの?」
「……あれ以上のもの……出来ないと思ったから」
「……ん。俺っちもそう思った」
「……再挑戦したら、優勝できたと思う?」
「うん。できたと思う」
「……」
「って、俺っちが思ってるだけで、結果はわからない。奇策はいくらでもひらめくし、計算なんて簡単に出来るけど……それとこれとは話は別。審査員が決めることだし? 俺っちの頭が全て正しいとは限らない」
「……再挑戦……した方が良かったかな……」
「……いいや?」
クレイジーが肩をすくませた。
「やるって言ってたら、俺が断ってた」
「……」
「あれ以上のもん出ないっしょ。……魔法は最初で最後。ちょっと演出は変わっちゃったけど……あれ以上最高なもんは無理! へへっ!」
「……」
「いいよ。もう終わったんだよ。全部」
ミランダ様が足を止めた。クレイジーがあたしに近づいた。あたしが顔を上げると――頬にキスをされた。
「ありがとう。ルーチェ。……すごく楽しかった」
そう言って、クレイジーが笑顔であたしから離れる。
「病院行かなきゃ。タクシーつかまえてくる」
「あ、待って。クレイジー君、た、タクシー、お金かかるから!」
「大丈夫、大丈夫」
「み、み、ミランダ様!」
クレイジーが振り返った。そこでようやくミランダ様に気付いたように、手をひらひらと見せた。
「あー。ミランダちゃんだー。ういっーす!」
「……」
「ミランダ様、あの、今クレイジー君の家族が、あの、た、大変でっ、その、すみません、彼を病院まで送っていただけませんか?」
「……どこの病院だい?」
「エメラルド総合病院」
「ちょっと待ってな」
ミランダ様が振り返った。
「アンジェ、送っておやり」
「は!?」
歩いてきてたアンジェがピタッ! と固まった。
「どうせ暇だろ。送ってやんな」
「私、暇じゃありません」
「ほーう。そうかい」
「あーあ。冷たい先輩だっぴー」
「クソ男……!」
「く、クレイジー君! そんな言い方、駄目だよ! アンジェちゃんなんだよ!?」
「あのガキ嫌いなんだよ」
「ま、またそんなこと言って! そ、そんなんじゃ、振り向いてもらえないよ!?」
「は? 何の話?」
「だ、だから、アンジェちゃん!」
「え?」
「ほら、す、好きな……人!」
「……。……。あ、違う違う」
「……え、違うの?」
「あのガキなわけがない」
「え、そ、そうなの?」
「どうしたの!? 病院行くの!? 私、送ろうか!?」
アーニーが挙手した。
「クレイジー君! カモン!」
「あー、お前でいいわ。まだアーニーの方がマシ」
「あっ!?」
「アンジェちゃん! どうどう!」
「でも私、道わかんないから教えてね!」
「教える、教える。ありがとー」
「じゃあ行こう! クレイジー君! マッハだよ!」
「じゃ、これで失礼しまーす」
クレイジーがミランダ様に手を振った。
「じゃーね。ミランダちゃん」
そして、あたしを見た。
「じゃーね。ルーチェっぴ」
「……気をつけてね」
「うっすー」
アーニーとクレイジーが廊下の奥に消えた。あたしはため息を吐き、ミランダ様とアンジェの前に歩き出す。
「お、お兄さんが、心臓病で……本番前に発作が起きたみたいでして……間に合うといいけど……」
「……それは同情するけど……だからってあんな態度取る? まじで嫌だ。あいつ。嫌い!」
「あははは……(二人とも頭良いから相性良いと思うんだけどな……)」
「お前も終わったら病院行くからね」
「あ、はい……」
「怪我は大丈夫?」
「ありがとう。アンジェちゃん。大丈夫」
「……聞いたんだけど……さっきのやつ、審査対象に入らないんでしょ?」
「……うん。らしい」
「私、訴えてくる」
「やめときな。アンジェ。衝動的な行動は身を滅ぼすよ」
「だって、理不尽じゃないですか!」
「運がなかったって思うしかないよ」
ミランダ様が時計を見た。
「さて……そろそろかね」
「え、何がですか?」
「お前の副作用」
突然、凄まじい怒りが湧いてきた。
「理不尽だぁあああああああああ!!!!」
アンジェとミランダ様があたしを地面に押し倒した。廊下にいた人達が驚いてこっちを見て来る。だが、あたしは怒りと後に引けないパニックから、その場で暴れ始める。
「退いてくだしゃい!! 抗議しに、い、い、行ってやるんです!!」
「はいはい。そうだねー」
「クレイジー君のき、き、気持ちを考えろよ!! どんな想いで練習してきたと思ってんだよ!! あたしだって、あた、あたし、あたしだって! いっぱい練習したのに!!」
「そうだね。そうだねー」
「退けよぉぉおおおお!! 退きやがれぇええええ!! こんなの許されねえからなぁああああ!!」
「アンジェ!」
「はい!」
「ミランダ様!! あたし悔しいです!! こんなことがあっていいんですか!! 汚職だ!! 審査員全員グルなんだ!! 全員、出演者と寝てるぞー! 枕営業してるぞーー!!」
「ああ、ったく……」
「りーーーふーーーじーーーんーーーだーーーーー!!」
「そろそろ」
拳が降り掛かった。
「黙りな」
頭をぶん殴られた。あたしは力尽きる。アンジェがあたしを押さえる中、ミランダ様が小瓶の蓋を開け、あたしの顎を開け、無理矢理飲ませた。あたしの喉に魔力が流れていく。どんどん体の中を満たしていき――あたしははっと我に返った。
「戻ったかい?」
「……あたしは一体何を……」
「ほら、起きな」
「……ああ……なんだか……おかしな気分です……」
あたしは今、怒りっぽくなった老人の気持ちが理解できた気がした。そうか。こんな気持ちだったのか……。
「うっぷ」
「吐くんじゃないよ。魔力が無駄になる」
「う、ううう……」
「ルーチェ、楽屋行こう。立てる?」
「ありがとう……アンジェちゃん……うっぷ……」
「少し休んだ方がい……」
「ルーチェ?」
その声で、あたしの足が止まった。アンジェが振り返り、ミランダ様が振り返り――ゆっくりと、あたしが振り返った。
「あ、姉さんだ」
「ルーチェ!」
アビリィが走ってきて――その後ろから――見慣れた顔の女が歩いてきたのを見て――あたしは黙り――ただ睨んだ。ミランダ様が横目であたしを見た。
アビリィがはっとして、足を止めて、アンジェを見る。
「わあ! すごい! アンジェ・ワイズさんですね!!」
「えっ」
「テレビで見てます!」
「あ、それは……どうも」
「ルーチェ・ストピド姉さんの妹のアビリィ・ストピドです! 初めまして!」
「え、ルーチェの妹?」
「仲良しなんですか!? すげえー! 姉さん! すごいね!」
アビリィがはっとした。ミランダ様を見て、目を輝かせる。
「うわあ! ミランダ・ドロレスだ!!!」
「こんにちは」
女がミランダ様に声をかけた。
「ルーチェの母です」
「……これは初めまして。ストピドさん」
ミランダ様が笑顔で手を差し出した。
「ミランダ・ドロレスと申します」
「あ、なんか……テレビで見たことあります」
「ああ、ありがとうございます。……娘さんがちょっと体調を悪くされまして、運ぶところなんですよ」
「あらま、それは、ルーチェ、大丈夫な……」
「なんでいるの?」
低い声でママに訊く。
「呼んでないけど」
「あー、アビリィが連れてきてくれたの」
「SNSで! 魔法ダンスコンテストがあるって! 見たので! そのまま! ママと来ちゃいました!」
「……アビリィ、ちょっと後で……チャットする」
「姉さん! すごかったよ! でも猫が! 怖かった!」
「ルーチェ、見ないうちに大きくなったね。あんた今どこ住んでるの?」
「……どこでも良くない?」
「食べるものいる? いくらか送るけど」
「いらない」
「あ、そう?」
「平気だから」
「ふーん。……わかった」
「……」
「パパが心配してるよ。たまには帰っておいで」
(……どの口が言ってんだよ……)
「姉さん! 最後まで楽しんでくるね!」
「……ん。楽しんで。……アビリィ。ちょっと」
「うん?」
あたしは可愛いアビリィを抱きしめて、耳打ちした。
「大好きだから……二度とママを連れてこないで」
アビリィが眉を下げてあたしを見た。あたしはアビリィの頭を撫でて、ママに言った。
「したっけ」
「うん。したっけね。また連絡するね」
「……」
「それじゃあ……ドロレスさん、失礼します」
「ええ。どうも」
「アビリィ、行こう」
「……じゃあね、姉さん。……チャットするから」
アビリィとママが会場に向かって歩いていった。あたしはその背中を睨み、二人の姿が見えなくなって――心から思う。再挑戦しなくてよかった。
「……ルーチェ」
ミランダ様を見上げる。
「あんな言い方はないんじゃないかい?」
「……」
「……はあ。面倒くさいやつだね」
ミランダ様があたしの肩を抱き、楽屋に向かって歩き出す。
「アンジェ、席に戻ってな」
「私も行く」
「戻ってな。……ダニエル君を一人にするんじゃないよ」
「……今はセーレムがいるじゃん」
「戻りな。いいね」
「……はーい」
「ルーチェ、楽屋どこだい」
「……そこ」
あたしが言うと、ミランダ様が引っ張るようにあたしを楽屋に連れて行った。中に入り、椅子を引いてあたしを座らせ、向かいに椅子を引いてミランダ様が座り、あたしの顔を覗き込む。
「まだ副作用があるかね」
……あるかもしれませんね。
あたしは爪を弄る。
でも、ご迷惑にはなってません。
「……何がそんなに嫌なんだい?」
父と母の存在自体。
「虐待でもされてたのかい?」
いいえ。虐待はされてません。ずっと放置されてました。愛情を感じたことも数多くあります。お金だって払ってもらってました。そこは感謝してます。でも……だからって姉妹で比べますか? ナビリティはこうだったけどルーチェはこうだよねとか、ナビリティとルーチェもこうだったけど、アビリィの方が偉いよねとか、どこの基準で誰が偉いとか、頑張ってるとか、決めてるんですか!? あの人達はそういうことするんですよ! 助けられたお姉ちゃんのことだって中途半端な対応しかしなかった! お姉ちゃんが死んでから後悔しやがった! 学校のせいにしだした。自分達がもっと早く動けばお姉ちゃんが死ぬ必要なかったのに、仕事が忙しいとか、お金がないから働かないといけないんだとか、そんなに大変なら生活保護申請でも何でもすればいいのに、人の目が気になるからとかそんな言い訳べらべら並べて、生活基準を改善しようとしなかった! 結果お姉ちゃんは死んだ! パルフェクトにならないといけなくなった! 別人になるしかなくなった!! 娘を捨てたんですよ! じゃあそれからどうしたと思いますか!? アビリィをこれ以上なく可愛がり始めた。そしてあたしと比較し始めた。アビリィは優秀だから、アビリィは年が離れて可哀想だから、アビリィは頑張ってるから、アビリィ、アビリィ、アビリィ! あたしが発達障害持ってるなんて何一つ気づきやしなかった! ナビリティの件は仕方なかった。あの子病んでたから、ちょっと虚言癖もあったし、しょうがなかったのよ。ルーチェには魔法があるけど、アビリィには普通の人生があるから、そんなことを平気な顔して言うんですよ! そして今更になって帰っておいで、寂しいからなんてほざくんですよ! そんな人を、パパとか、ママとか、呼べますか!? あたしは……呼びたくないんですよ!!!!!!!
「……」
流石のミランダ様も黙った。あたしは息を切らす。ミランダ様が息を吐いた。あたしは目をそらした。ミランダ様が手を伸ばした。
あたしの頭に触れた。
「……大人はね、時に、無意識で心にもないことをぽろっと言っちまう時がある。……本人達からしたら、それは大したことない言葉だから……すぐ忘れる。……周りもそう。小さなことは忘れる。……でもね、お前の記憶力は時におっかないくらいあるからね。誰も覚えてないくらい小さなことも覚えてるもんだから、その分、恨みが積りやすいんだろうね」
「……。……。……」
「……それは辛いね」
ミランダ様がゆっくりとあたしを抱きしめた。
「認められないって、辛いことだね」
自然と、あたしの目から涙がこぼれた。
「でもね、ルーチェ、娘が三人いたんだろう? 生活を見直すったって……情報がないんじゃ何も対応出来ないよ。ネットに書かれてることなんか9割嘘だし、ネットも最近普及し始めた頃だろ? それがない当時の環境で……役所に相談に行く暇もないほどご両親とも働いてくれていたんだろう? 家族を必死に守ろうとしてたんだ。それも立派な親の形だよ」
「……」
「お前も親になればわかるよ。きっとね」
「……ミランダ様はわかりますか?」
「わかるとは言えないけど……色んな家族を見てるからね、ヤミー魔術学校の入学費用も払ってくれたんだろう? お前が働き始めるまで留年してた授業料も。……子供の夢を応援してくれるなんて、それだけでも良い親じゃないかい」
「……」
「お前、そこは感謝しなきゃいけないよ。お前が呼びたくないご両親がお金を出してくれなきゃ、学校にだって通えてなかったんだから」
「……」
「2万ずつ仕送りしてるんだったっけね。……それは続けな。自分に投資してくれた分はちゃんと払った方が、お前もすっきりするだろ」
「……はい」
「……祖父母の墓参りには行きな。……実家に泊まるのが嫌なら、半日で帰ってくればいい」
「……うち、ここから遠いので。……すごく」
「……じゃ……私が迎えに行くよ」
「……」
「それならいいかい?」
「……はい」
ミランダ様は力いっぱいあたしを抱きしめてくれる。
ママはアビリィを抱きしめていたけど、ミランダ様は、あたしの頭をなでてくれる。抱きしめてくれる。話を聞いてくれる。――理解してくれる。
「……ミランダ様、もう少し……こうしてていいですか?」
「……今日だけだよ」
「……はい」
あたしは頬を赤らめさせ、ミランダ様を抱きしめて、不思議な花の匂いを堪能し――やっぱり涙を落とした。
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